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10話 真実
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鈴音の幸せが壊れたのは、美しい五月晴れの日だった。
ウェディングドレスの試着をし、帰りに駅前のカレー屋でテイクアウトをして行く予定だった。
そう。あの横断歩道を渡れば、そのカレー屋につくはずだったのだ。
けれど、一台の暴走車が、それを妨害した。
車道側の信号は赤にも関わらず、その車はまっすぐに横断歩道を渡っていた鈴音たちに向かってきていた。みるみるうちに距離が縮まっていき、逃げる暇などなかった。
「――鈴ちゃん!」
亮太の叫び声とともに、突き飛ばされる衝撃。地面に倒れた鈴音が顔を上げた時、少し離れた場所に亮太が倒れているのが見えた。
「亮――」
名を呼びかけた声が詰まる。
動かない亮太から、血が流れていく。その勢いは留まることを知らず、あっという間に血の海ができていく。
耳をつんざくような絶叫が、自分の口から出ていることに、鈴音は最初気づかなかった。
「いや……亮太! 亮太……!」
どれほど叫んでも、応えが返ってくることはなかった。
それからの記憶は曖昧だ。
街に引越していた亮太の両親の支えもあり、どうにか喪主を務めることはできた。
けれど、生活はボロボロだった。
車の運転手も死亡したと聞き、慰謝料も振り込まれたそうだが、鈴音にはどうでもいいことだった。
「亮太……亮太」
遺影を抱きしめ、泣きじゃくる鈴音を、友人たちは慰めた。それでも、鈴音の心が癒えることはない。
「環境を変えたらどう? まだあの家は残しているから、田舎で過ごしてみるのもいいかもしれないわ」
海外から駆けつけた両親の提案を受け入れたのは、疲れきっていたからだ。
あの事故の現場から少しでも遠ざかりたいという気持ちもあった。
両親たちは同行することを申し出てくれたが、鈴音は断った。今は、同情すらも鈴音には負担だったから。
ひとりで、ただ亮太を偲びたかった。
「両家は今あの田舎の人たちと交流は薄れててな、まだ亮太の死を伝えてない。だから、変に慰められることはないだろう」
交流が薄くなっていたのは事実だが、こうなることを見越して、両家は亮太の死を伝えなかったのだろうと頭の片隅で思った。
亮太の遺影を抱え、故郷に戻ってきた。
懐かしい道を歩く。亮太の遺影を連れていきたかったが、自室に置いていくことにした。村人に見られれば、詮索されるだろうから。
色鮮やかなハナミズキが咲く川辺、お小遣いを握って立ち寄った商店、今は空き家となった梅婆ちゃん家。
想い出のある場所をひとつひとつ訪ね、最後についたのは壱様のお堂だった。
お堂は少し埃っぽかった。最後に掃除したのが半年以上前だから仕方がない。
軋む床を歩きながら、近づく。初めて訪れた時、励ますように手を繋いだ亮太はもういない。
祭壇に飾られた鏡は、相変わらず綺麗だった。
長年手入れしていた鏡。選んだ者の願いを叶えてくれるという壱様。
「壱様……私、どうしても叶えたい願いがあるの」
涙声で聞き取りにくくても、壱様は叶えてくれるだろうか。
よく聞こえるようにと、震える手で鏡を手に取る。
「私……亮太と一緒にいたいの……っ。ずっと苦しくて……全部忘れて、昔みたいに、亮太と暮したいの……」
ぽたりと涙が鏡に落ちた時、応えるように鏡面から放たれた光が、鈴音を包みこんだ。
ウェディングドレスの試着をし、帰りに駅前のカレー屋でテイクアウトをして行く予定だった。
そう。あの横断歩道を渡れば、そのカレー屋につくはずだったのだ。
けれど、一台の暴走車が、それを妨害した。
車道側の信号は赤にも関わらず、その車はまっすぐに横断歩道を渡っていた鈴音たちに向かってきていた。みるみるうちに距離が縮まっていき、逃げる暇などなかった。
「――鈴ちゃん!」
亮太の叫び声とともに、突き飛ばされる衝撃。地面に倒れた鈴音が顔を上げた時、少し離れた場所に亮太が倒れているのが見えた。
「亮――」
名を呼びかけた声が詰まる。
動かない亮太から、血が流れていく。その勢いは留まることを知らず、あっという間に血の海ができていく。
耳をつんざくような絶叫が、自分の口から出ていることに、鈴音は最初気づかなかった。
「いや……亮太! 亮太……!」
どれほど叫んでも、応えが返ってくることはなかった。
それからの記憶は曖昧だ。
街に引越していた亮太の両親の支えもあり、どうにか喪主を務めることはできた。
けれど、生活はボロボロだった。
車の運転手も死亡したと聞き、慰謝料も振り込まれたそうだが、鈴音にはどうでもいいことだった。
「亮太……亮太」
遺影を抱きしめ、泣きじゃくる鈴音を、友人たちは慰めた。それでも、鈴音の心が癒えることはない。
「環境を変えたらどう? まだあの家は残しているから、田舎で過ごしてみるのもいいかもしれないわ」
海外から駆けつけた両親の提案を受け入れたのは、疲れきっていたからだ。
あの事故の現場から少しでも遠ざかりたいという気持ちもあった。
両親たちは同行することを申し出てくれたが、鈴音は断った。今は、同情すらも鈴音には負担だったから。
ひとりで、ただ亮太を偲びたかった。
「両家は今あの田舎の人たちと交流は薄れててな、まだ亮太の死を伝えてない。だから、変に慰められることはないだろう」
交流が薄くなっていたのは事実だが、こうなることを見越して、両家は亮太の死を伝えなかったのだろうと頭の片隅で思った。
亮太の遺影を抱え、故郷に戻ってきた。
懐かしい道を歩く。亮太の遺影を連れていきたかったが、自室に置いていくことにした。村人に見られれば、詮索されるだろうから。
色鮮やかなハナミズキが咲く川辺、お小遣いを握って立ち寄った商店、今は空き家となった梅婆ちゃん家。
想い出のある場所をひとつひとつ訪ね、最後についたのは壱様のお堂だった。
お堂は少し埃っぽかった。最後に掃除したのが半年以上前だから仕方がない。
軋む床を歩きながら、近づく。初めて訪れた時、励ますように手を繋いだ亮太はもういない。
祭壇に飾られた鏡は、相変わらず綺麗だった。
長年手入れしていた鏡。選んだ者の願いを叶えてくれるという壱様。
「壱様……私、どうしても叶えたい願いがあるの」
涙声で聞き取りにくくても、壱様は叶えてくれるだろうか。
よく聞こえるようにと、震える手で鏡を手に取る。
「私……亮太と一緒にいたいの……っ。ずっと苦しくて……全部忘れて、昔みたいに、亮太と暮したいの……」
ぽたりと涙が鏡に落ちた時、応えるように鏡面から放たれた光が、鈴音を包みこんだ。
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