10 / 11
10話 真実
しおりを挟む
鈴音の幸せが壊れたのは、美しい五月晴れの日だった。
ウェディングドレスの試着をし、帰りに駅前のカレー屋でテイクアウトをして行く予定だった。
そう。あの横断歩道を渡れば、そのカレー屋につくはずだったのだ。
けれど、一台の暴走車が、それを妨害した。
車道側の信号は赤にも関わらず、その車はまっすぐに横断歩道を渡っていた鈴音たちに向かってきていた。みるみるうちに距離が縮まっていき、逃げる暇などなかった。
「――鈴ちゃん!」
亮太の叫び声とともに、突き飛ばされる衝撃。地面に倒れた鈴音が顔を上げた時、少し離れた場所に亮太が倒れているのが見えた。
「亮――」
名を呼びかけた声が詰まる。
動かない亮太から、血が流れていく。その勢いは留まることを知らず、あっという間に血の海ができていく。
耳をつんざくような絶叫が、自分の口から出ていることに、鈴音は最初気づかなかった。
「いや……亮太! 亮太……!」
どれほど叫んでも、応えが返ってくることはなかった。
それからの記憶は曖昧だ。
街に引越していた亮太の両親の支えもあり、どうにか喪主を務めることはできた。
けれど、生活はボロボロだった。
車の運転手も死亡したと聞き、慰謝料も振り込まれたそうだが、鈴音にはどうでもいいことだった。
「亮太……亮太」
遺影を抱きしめ、泣きじゃくる鈴音を、友人たちは慰めた。それでも、鈴音の心が癒えることはない。
「環境を変えたらどう? まだあの家は残しているから、田舎で過ごしてみるのもいいかもしれないわ」
海外から駆けつけた両親の提案を受け入れたのは、疲れきっていたからだ。
あの事故の現場から少しでも遠ざかりたいという気持ちもあった。
両親たちは同行することを申し出てくれたが、鈴音は断った。今は、同情すらも鈴音には負担だったから。
ひとりで、ただ亮太を偲びたかった。
「両家は今あの田舎の人たちと交流は薄れててな、まだ亮太の死を伝えてない。だから、変に慰められることはないだろう」
交流が薄くなっていたのは事実だが、こうなることを見越して、両家は亮太の死を伝えなかったのだろうと頭の片隅で思った。
亮太の遺影を抱え、故郷に戻ってきた。
懐かしい道を歩く。亮太の遺影を連れていきたかったが、自室に置いていくことにした。村人に見られれば、詮索されるだろうから。
色鮮やかなハナミズキが咲く川辺、お小遣いを握って立ち寄った商店、今は空き家となった梅婆ちゃん家。
想い出のある場所をひとつひとつ訪ね、最後についたのは壱様のお堂だった。
お堂は少し埃っぽかった。最後に掃除したのが半年以上前だから仕方がない。
軋む床を歩きながら、近づく。初めて訪れた時、励ますように手を繋いだ亮太はもういない。
祭壇に飾られた鏡は、相変わらず綺麗だった。
長年手入れしていた鏡。選んだ者の願いを叶えてくれるという壱様。
「壱様……私、どうしても叶えたい願いがあるの」
涙声で聞き取りにくくても、壱様は叶えてくれるだろうか。
よく聞こえるようにと、震える手で鏡を手に取る。
「私……亮太と一緒にいたいの……っ。ずっと苦しくて……全部忘れて、昔みたいに、亮太と暮したいの……」
ぽたりと涙が鏡に落ちた時、応えるように鏡面から放たれた光が、鈴音を包みこんだ。
ウェディングドレスの試着をし、帰りに駅前のカレー屋でテイクアウトをして行く予定だった。
そう。あの横断歩道を渡れば、そのカレー屋につくはずだったのだ。
けれど、一台の暴走車が、それを妨害した。
車道側の信号は赤にも関わらず、その車はまっすぐに横断歩道を渡っていた鈴音たちに向かってきていた。みるみるうちに距離が縮まっていき、逃げる暇などなかった。
「――鈴ちゃん!」
亮太の叫び声とともに、突き飛ばされる衝撃。地面に倒れた鈴音が顔を上げた時、少し離れた場所に亮太が倒れているのが見えた。
「亮――」
名を呼びかけた声が詰まる。
動かない亮太から、血が流れていく。その勢いは留まることを知らず、あっという間に血の海ができていく。
耳をつんざくような絶叫が、自分の口から出ていることに、鈴音は最初気づかなかった。
「いや……亮太! 亮太……!」
どれほど叫んでも、応えが返ってくることはなかった。
それからの記憶は曖昧だ。
街に引越していた亮太の両親の支えもあり、どうにか喪主を務めることはできた。
けれど、生活はボロボロだった。
車の運転手も死亡したと聞き、慰謝料も振り込まれたそうだが、鈴音にはどうでもいいことだった。
「亮太……亮太」
遺影を抱きしめ、泣きじゃくる鈴音を、友人たちは慰めた。それでも、鈴音の心が癒えることはない。
「環境を変えたらどう? まだあの家は残しているから、田舎で過ごしてみるのもいいかもしれないわ」
海外から駆けつけた両親の提案を受け入れたのは、疲れきっていたからだ。
あの事故の現場から少しでも遠ざかりたいという気持ちもあった。
両親たちは同行することを申し出てくれたが、鈴音は断った。今は、同情すらも鈴音には負担だったから。
ひとりで、ただ亮太を偲びたかった。
「両家は今あの田舎の人たちと交流は薄れててな、まだ亮太の死を伝えてない。だから、変に慰められることはないだろう」
交流が薄くなっていたのは事実だが、こうなることを見越して、両家は亮太の死を伝えなかったのだろうと頭の片隅で思った。
亮太の遺影を抱え、故郷に戻ってきた。
懐かしい道を歩く。亮太の遺影を連れていきたかったが、自室に置いていくことにした。村人に見られれば、詮索されるだろうから。
色鮮やかなハナミズキが咲く川辺、お小遣いを握って立ち寄った商店、今は空き家となった梅婆ちゃん家。
想い出のある場所をひとつひとつ訪ね、最後についたのは壱様のお堂だった。
お堂は少し埃っぽかった。最後に掃除したのが半年以上前だから仕方がない。
軋む床を歩きながら、近づく。初めて訪れた時、励ますように手を繋いだ亮太はもういない。
祭壇に飾られた鏡は、相変わらず綺麗だった。
長年手入れしていた鏡。選んだ者の願いを叶えてくれるという壱様。
「壱様……私、どうしても叶えたい願いがあるの」
涙声で聞き取りにくくても、壱様は叶えてくれるだろうか。
よく聞こえるようにと、震える手で鏡を手に取る。
「私……亮太と一緒にいたいの……っ。ずっと苦しくて……全部忘れて、昔みたいに、亮太と暮したいの……」
ぽたりと涙が鏡に落ちた時、応えるように鏡面から放たれた光が、鈴音を包みこんだ。
1
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました
有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。
魔力が弱い私には、価値がないという現実。
泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。
そこで目覚めた彼は、私を見て言った。
「やっと見つけた。私の番よ」
彼の前でだけ、私の魔力は輝く。
奪われた尊厳、歪められた運命。
すべてを取り戻した先にあるのは……
佳子の恋路 ― 四十路、二つの世界を生きる
MisakiNonagase
恋愛
新塚佳子(よしこ)45歳。平凡な主婦として、家族のために自分を後回しにしてきた。 平穏だが色のない日常に空いた心の隙間に、ある日、一人の男が入り込む。
それは、スマホの画面越しに始まった、甘く危険な**「劇薬」**のような恋だった。
若き男・裕也との出会いは、佳子に「女」としての輝きを取り戻させるが、同時にそれは彼女を深いトラウマと「呪い」の淵へと突き落とすことになる。心身ともにボロボロになった佳子の前に現れたのは、推し活を通じて知り合った、一回り以上年下の青年・駿平だった。
裕也が与えた「毒」を、駿平の「光」が溶かしていく。 しかし、独占できない若き恋人には、結婚を約束した「彼女」の存在があった――。
過去の呪縛を断ち切り、46歳を迎えた佳子がたどり着いたのは、不倫でも浮気でもない、**「定義なき絆」**という名の新たな沼。
夫・謙介の無邪気な歩み寄りに罪悪感を抱きながらも、彼女の存在を知りながらも、佳子は日曜日の昼下がり、秘密の部屋へと足を向ける。
「家庭を壊さず、誰にもバレず、ただこの幸せを墓場まで持っていく」
完璧な二重生活を誓った主婦が、情愛の果てに見る景色とは。 円熟の四十路を迎えた女性の、切なくも艶やかな「再生と背徳」の物語。
奏でる甘い日々に溺れてほしい
恋文春奈
恋愛
私は真夜中にお屋敷を抜け出した 奏音と執事の律に溺愛される日々 抜け出さなかったら出会えなかった運命の人に… あなたと秘密で真夜中に出会えた関係から始まる…! 「俺は有咲の王子様」 「有咲、大好きだよ…結婚を前提に俺と付き合ってください」 二階堂奏音 イケメン隠れピアニスト×藤原有咲 素直な美人お嬢様
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる