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9話 崩壊する世界
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山道はしばらく人の往来がないせいか、草が生い茂っていた。だが、歩けないほどではない。
梅婆は亮太を足止めしてくれるだろうが、いつ彼が家に戻ってくるかわからない。鈴音が家にいないことに気づいたら、亮太はお堂を調べるだろう。
その前に、やり遂げなければならない。
鈴音は歩を早めた。辿り着いたお堂は、先日見た時と変わりなく、静謐な空気に満ちている。
その奥の祭壇には壱様の御神体である鏡が鎮座していた。
鈴音はそっと鏡を手にした。そして、じっと見つめる。
幼い頃から大事に手入れしてきた鏡。離れてしまうのが悲しくて、街へ進学するのを迷ったくらい大切なもの。
だが、亮太を救うためなら、躊躇なく壊すことができる。
鏡を眺めていると、そこに映った鈴音の顔に違和感を覚えた。よく見ると、その顔は少しやつれている。
鏡は真実を映すと聞く。ならば、これが今の鈴音の真の姿、死顔なのだろうか。
「……思ったより、綺麗な死顔」
つぶやいて、そんなことを考えている暇はないと思い直す。
鏡を振り上げる。心の中で何度も壱様に謝罪をしながら、床に叩きつけた。
鏡は大きな音を立てて壊れた。美しい鏡面がひび割れている。
その途端、景色が薄らいでいくのを感じた。
成功したのだろう。時期に、この幻の世界は壊れる。
亮太は、悲しむだろうか。鈴音のことを想い、壱様に願ってこの世界を作ってもらったのに、他ならぬ鈴音が壊してしまった。
「――鈴ちゃん」
静かな声だった。その声音からは感情を読み取れない。
鈴音はゆっくりと振り向いた。
お堂の入口に立っている亮太は、鈴音を見つめていた。崩壊していく世界に動じることなく、穏やかな笑顔を浮かべて。
「愛してるよ。……どうか、幸せに」
目を開けると、むき出しの木の板でできた天井が見えた。
体を起こしてあたりを見渡す。お堂にいるようだ。
「さっきまでのは夢だったの……?」
だが、祭壇の鏡を見て、鈴音は息を呑んだ。
鏡にヒビが入っている。先程、鈴音が割った時にできたヒビと全く同じのものだ。
矢も盾もたまらず、鈴音はお堂を飛び出した。
あの出来事がすべて本当にあったことなら、何故自分は今もこうして生きているのだろう。鏡は壊れ、虚幻の世界がなくなったのなら、死者である自分は存在していないはずなのに。
恐ろしい予想が頭をよぎる。それを否定したくて、鈴音は足を早めた。
家に着き、扉を開ける。出迎えはなかった。
ばくばくと逸る鼓動の音を聞きながら、鈴音は自室へ向かう。
ドアを開いて、目に飛び込んできたものに、鈴音は言葉を失った。
――そこには、亮太の遺影が置かれていた。
梅婆は亮太を足止めしてくれるだろうが、いつ彼が家に戻ってくるかわからない。鈴音が家にいないことに気づいたら、亮太はお堂を調べるだろう。
その前に、やり遂げなければならない。
鈴音は歩を早めた。辿り着いたお堂は、先日見た時と変わりなく、静謐な空気に満ちている。
その奥の祭壇には壱様の御神体である鏡が鎮座していた。
鈴音はそっと鏡を手にした。そして、じっと見つめる。
幼い頃から大事に手入れしてきた鏡。離れてしまうのが悲しくて、街へ進学するのを迷ったくらい大切なもの。
だが、亮太を救うためなら、躊躇なく壊すことができる。
鏡を眺めていると、そこに映った鈴音の顔に違和感を覚えた。よく見ると、その顔は少しやつれている。
鏡は真実を映すと聞く。ならば、これが今の鈴音の真の姿、死顔なのだろうか。
「……思ったより、綺麗な死顔」
つぶやいて、そんなことを考えている暇はないと思い直す。
鏡を振り上げる。心の中で何度も壱様に謝罪をしながら、床に叩きつけた。
鏡は大きな音を立てて壊れた。美しい鏡面がひび割れている。
その途端、景色が薄らいでいくのを感じた。
成功したのだろう。時期に、この幻の世界は壊れる。
亮太は、悲しむだろうか。鈴音のことを想い、壱様に願ってこの世界を作ってもらったのに、他ならぬ鈴音が壊してしまった。
「――鈴ちゃん」
静かな声だった。その声音からは感情を読み取れない。
鈴音はゆっくりと振り向いた。
お堂の入口に立っている亮太は、鈴音を見つめていた。崩壊していく世界に動じることなく、穏やかな笑顔を浮かべて。
「愛してるよ。……どうか、幸せに」
目を開けると、むき出しの木の板でできた天井が見えた。
体を起こしてあたりを見渡す。お堂にいるようだ。
「さっきまでのは夢だったの……?」
だが、祭壇の鏡を見て、鈴音は息を呑んだ。
鏡にヒビが入っている。先程、鈴音が割った時にできたヒビと全く同じのものだ。
矢も盾もたまらず、鈴音はお堂を飛び出した。
あの出来事がすべて本当にあったことなら、何故自分は今もこうして生きているのだろう。鏡は壊れ、虚幻の世界がなくなったのなら、死者である自分は存在していないはずなのに。
恐ろしい予想が頭をよぎる。それを否定したくて、鈴音は足を早めた。
家に着き、扉を開ける。出迎えはなかった。
ばくばくと逸る鼓動の音を聞きながら、鈴音は自室へ向かう。
ドアを開いて、目に飛び込んできたものに、鈴音は言葉を失った。
――そこには、亮太の遺影が置かれていた。
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