叶えられない願い事

あやさと六花

文字の大きさ
9 / 11

9話 崩壊する世界

しおりを挟む
 山道はしばらく人の往来がないせいか、草が生い茂っていた。だが、歩けないほどではない。

 梅婆は亮太を足止めしてくれるだろうが、いつ彼が家に戻ってくるかわからない。鈴音が家にいないことに気づいたら、亮太はお堂を調べるだろう。
 その前に、やり遂げなければならない。

 鈴音は歩を早めた。辿り着いたお堂は、先日見た時と変わりなく、静謐な空気に満ちている。
 その奥の祭壇には壱様の御神体である鏡が鎮座していた。

 鈴音はそっと鏡を手にした。そして、じっと見つめる。

 幼い頃から大事に手入れしてきた鏡。離れてしまうのが悲しくて、街へ進学するのを迷ったくらい大切なもの。
 だが、亮太を救うためなら、躊躇なく壊すことができる。

 鏡を眺めていると、そこに映った鈴音の顔に違和感を覚えた。よく見ると、その顔は少しやつれている。
 鏡は真実を映すと聞く。ならば、これが今の鈴音の真の姿、死顔なのだろうか。

「……思ったより、綺麗な死顔」

 つぶやいて、そんなことを考えている暇はないと思い直す。
 鏡を振り上げる。心の中で何度も壱様に謝罪をしながら、床に叩きつけた。

 鏡は大きな音を立てて壊れた。美しい鏡面がひび割れている。

 その途端、景色が薄らいでいくのを感じた。
 成功したのだろう。時期に、この幻の世界は壊れる。

 亮太は、悲しむだろうか。鈴音のことを想い、壱様に願ってこの世界を作ってもらったのに、他ならぬ鈴音が壊してしまった。
 
「――鈴ちゃん」

 静かな声だった。その声音からは感情を読み取れない。
 鈴音はゆっくりと振り向いた。

 お堂の入口に立っている亮太は、鈴音を見つめていた。崩壊していく世界に動じることなく、穏やかな笑顔を浮かべて。

「愛してるよ。……どうか、幸せに」





 目を開けると、むき出しの木の板でできた天井が見えた。
 体を起こしてあたりを見渡す。お堂にいるようだ。

「さっきまでのは夢だったの……?」

 だが、祭壇の鏡を見て、鈴音は息を呑んだ。
 鏡にヒビが入っている。先程、鈴音が割った時にできたヒビと全く同じのものだ。

 矢も盾もたまらず、鈴音はお堂を飛び出した。

 あの出来事がすべて本当にあったことなら、何故自分は今もこうして生きているのだろう。鏡は壊れ、虚幻の世界がなくなったのなら、死者である自分は存在していないはずなのに。

 恐ろしい予想が頭をよぎる。それを否定したくて、鈴音は足を早めた。

 家に着き、扉を開ける。出迎えはなかった。
 ばくばくと逸る鼓動の音を聞きながら、鈴音は自室へ向かう。

 ドアを開いて、目に飛び込んできたものに、鈴音は言葉を失った。

 ――そこには、亮太の遺影が置かれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

離れて後悔するのは、あなたの方

翠月るるな
恋愛
順風満帆だったはずの凛子の人生。それがいつしか狂い始める──緩やかに、転がるように。 岡本財閥が経営する会社グループのひとつに、 医療に長けた会社があった。その中の遺伝子調査部門でコウノトリプロジェクトが始まる。 財閥の跡取り息子である岡本省吾は、いち早くそのプロジェクトを利用し、もっとも遺伝的に相性の良いとされた日和凛子を妻とした。 だが、その結婚は彼女にとって良い選択ではなかった。 結婚してから粗雑な扱いを受ける凛子。夫の省吾に見え隠れする女の気配……相手が分かっていながら、我慢する日々。 しかしそれは、一つの計画の為だった。 そう。彼女が残した最後の贈り物(プレゼント)、それを知った省吾の後悔とは──とあるプロジェクトに翻弄された人々のストーリー。

悪役令嬢と氷の騎士兄弟

飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。 彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。 クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。 悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...