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8話 決断の時
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鈴音は言葉に詰まった。亮太のためならなんでもする覚悟はあるが、まさか壱様の御神体を破壊することだとは思わなかった。
「できないかい?」
「できるよ! できるけど……」
「なに、壱様も気にしないさ。あんたがそうしたいのなら、そうすればいい」
梅婆は壱様ではない。鈴音と同じ選ばれた者ではあるが、ただの参拝者のひとりだ。
なのに、何故だかその言葉はすんなりと受け入れられた。
「それに……この世界を壊すのはあんたにしかできない。あたしも、亮太も、したくともできないのさ」
梅婆の声が、悲しげにつぶやく。
亮太を救うには、この世界を助けるには、鈴音が決断せねばならない。それを憐れむような響きがあった。
「この世界は死者の想いのほうが強く反映される。生者の魂はまだ肉体と繋がっていて弱いからね。亮太は、あんたと一緒に過ごす日々を願っているが、何よりもあんたの幸せを望んでいる。この世界を壊したいとあんたが願うのなら、応援するだろう。……あまり時間はない。悠長にしていたら、生者は助からないよ」
「……わかった。ありがとう、梅婆ちゃん」
頑張りな、と梅婆の声援を受けながら、鈴音は梅婆の家をあとにした。
家へ向かいながら、鈴音は気持ちの整理をしていた。
今の亮太との生活は楽しい。とても幸せだ。
けれど、それが亮太の犠牲の上にあるのなら、終わらせなければならない。たとえ、亮太と離れることになったとしても。
「……大丈夫。できるわ」
「――何ができるの?」
背後から聞こえた声に、鈴音は鼓動が跳ねた。
だが、顔には出さず、平静を装って振り返る。
「亮太。今帰り?」
「うん。鈴ちゃんは散歩?」
「梅婆ちゃんのところに行ってたの。……たくさん買ったね」
亮太は両手にたくさんの荷物を持っていた。いつもの買い物の量ではない。
「ああ。田中さんとばったりあってね。家庭菜園を考えてるって言ったら、トマトの苗もらったんだ。あとで庭に植えよう」
にこにこしながら、亮太は苗の入ったレジ袋を持ち上げる。
トマトは先日育てようとふたりで決めたもののひとつだった。
「これ、すごく甘いらしいよ。実ったらサラダにして食べ――鈴ちゃん!? どうしたの?」
「え……」
気がつけば、泣いていた。次から次へと涙が溢れて止まらない。
「なにか、あったの……?」
鈴音は力なく笑うと、困惑する亮太を抱きしめた。
亮太の体温を感じる。彼は確かにここにいるのに。こうして鈴音と言葉を交わし、触れ合えているのに。全部、鏡の中の幻。それが、とても残酷に思えた。
「亮太。私、今すごく幸せなの」
亮太が抱きしめ返す。言葉はなくとも、その腕の強さが、彼の想いを示していた。
「私、亮太のことが好きだよ。ずっと、ずっと好き」
「僕も、鈴ちゃんが好きだよ。誰よりも、何よりも大切なんだ」
亮太も、泣いていた。
彼も苦しんでいる。望んだはずの未来を得ても、彼は幸せにはなれない。
終わらせよう。鈴音は心から強く思った。
その日は、亮太と手を繋いで眠った。そのおかげか、悪夢を見ることもなく、ぐっすりと眠ることができた。
翌朝、鈴音はどうやって亮太に気づかれずに壱様のお堂に行こうか悩んだ。
以前お堂に行こうとした時は、亮太に気づかれ止められた。同じ轍を踏むわけにはいかない。
「亮太、梅婆ちゃんが話があるから今日来てくれって言ってたよ」
「梅婆ちゃんが?」
「そう。こっち戻ってからまだ一回しか会ってないんでしょう? 寂しがってたよ。今からちょっと顔見せて、戻ってきたらトマト植えよう」
亮太は少し考えていたが、やがて頷いた。
「そうするよ。僕が戻ってくるまで、待っててね。先に植えないでよ」
「わかってる。ちゃんと、亮太を待ってるから」
「約束だよ」
亮太は梅婆の家へと向かった。
笑顔で彼を見送ったあと、鈴音は目を伏せた。
「……ごめんね」
亮太との約束は守れない。これが最後の別れとなると悲しかったが、下手に動いて彼に勘付かれるわけにはいかない。
鈴音は沈みそうになる気持ちを振り切って、家を出た。
「できないかい?」
「できるよ! できるけど……」
「なに、壱様も気にしないさ。あんたがそうしたいのなら、そうすればいい」
梅婆は壱様ではない。鈴音と同じ選ばれた者ではあるが、ただの参拝者のひとりだ。
なのに、何故だかその言葉はすんなりと受け入れられた。
「それに……この世界を壊すのはあんたにしかできない。あたしも、亮太も、したくともできないのさ」
梅婆の声が、悲しげにつぶやく。
亮太を救うには、この世界を助けるには、鈴音が決断せねばならない。それを憐れむような響きがあった。
「この世界は死者の想いのほうが強く反映される。生者の魂はまだ肉体と繋がっていて弱いからね。亮太は、あんたと一緒に過ごす日々を願っているが、何よりもあんたの幸せを望んでいる。この世界を壊したいとあんたが願うのなら、応援するだろう。……あまり時間はない。悠長にしていたら、生者は助からないよ」
「……わかった。ありがとう、梅婆ちゃん」
頑張りな、と梅婆の声援を受けながら、鈴音は梅婆の家をあとにした。
家へ向かいながら、鈴音は気持ちの整理をしていた。
今の亮太との生活は楽しい。とても幸せだ。
けれど、それが亮太の犠牲の上にあるのなら、終わらせなければならない。たとえ、亮太と離れることになったとしても。
「……大丈夫。できるわ」
「――何ができるの?」
背後から聞こえた声に、鈴音は鼓動が跳ねた。
だが、顔には出さず、平静を装って振り返る。
「亮太。今帰り?」
「うん。鈴ちゃんは散歩?」
「梅婆ちゃんのところに行ってたの。……たくさん買ったね」
亮太は両手にたくさんの荷物を持っていた。いつもの買い物の量ではない。
「ああ。田中さんとばったりあってね。家庭菜園を考えてるって言ったら、トマトの苗もらったんだ。あとで庭に植えよう」
にこにこしながら、亮太は苗の入ったレジ袋を持ち上げる。
トマトは先日育てようとふたりで決めたもののひとつだった。
「これ、すごく甘いらしいよ。実ったらサラダにして食べ――鈴ちゃん!? どうしたの?」
「え……」
気がつけば、泣いていた。次から次へと涙が溢れて止まらない。
「なにか、あったの……?」
鈴音は力なく笑うと、困惑する亮太を抱きしめた。
亮太の体温を感じる。彼は確かにここにいるのに。こうして鈴音と言葉を交わし、触れ合えているのに。全部、鏡の中の幻。それが、とても残酷に思えた。
「亮太。私、今すごく幸せなの」
亮太が抱きしめ返す。言葉はなくとも、その腕の強さが、彼の想いを示していた。
「私、亮太のことが好きだよ。ずっと、ずっと好き」
「僕も、鈴ちゃんが好きだよ。誰よりも、何よりも大切なんだ」
亮太も、泣いていた。
彼も苦しんでいる。望んだはずの未来を得ても、彼は幸せにはなれない。
終わらせよう。鈴音は心から強く思った。
その日は、亮太と手を繋いで眠った。そのおかげか、悪夢を見ることもなく、ぐっすりと眠ることができた。
翌朝、鈴音はどうやって亮太に気づかれずに壱様のお堂に行こうか悩んだ。
以前お堂に行こうとした時は、亮太に気づかれ止められた。同じ轍を踏むわけにはいかない。
「亮太、梅婆ちゃんが話があるから今日来てくれって言ってたよ」
「梅婆ちゃんが?」
「そう。こっち戻ってからまだ一回しか会ってないんでしょう? 寂しがってたよ。今からちょっと顔見せて、戻ってきたらトマト植えよう」
亮太は少し考えていたが、やがて頷いた。
「そうするよ。僕が戻ってくるまで、待っててね。先に植えないでよ」
「わかってる。ちゃんと、亮太を待ってるから」
「約束だよ」
亮太は梅婆の家へと向かった。
笑顔で彼を見送ったあと、鈴音は目を伏せた。
「……ごめんね」
亮太との約束は守れない。これが最後の別れとなると悲しかったが、下手に動いて彼に勘付かれるわけにはいかない。
鈴音は沈みそうになる気持ちを振り切って、家を出た。
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