叶えられない願い事

あやさと六花

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7話 虚幻

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 街は平日でも人で賑わっていた。
 共に有給をとった鈴音と亮太は、はぐれないように手を繋いで歩いていた。

「ウェディングドレス、やっぱりあれにして良かった」
「すごく似合ってたね。式が楽しみだよ」

 ウェディングドレスの試着を終えた鈴音は、ご機嫌だった。
 結婚式の準備も着々と進んでおり、籍も無事に入れることができた。新居のマンションには来週引っ越し予定だ。

 すべてが順調だった。幸せを噛み締めながら、鈴音は横断歩道の前に立つ。

 車通りの多い場所で、なかなか信号は青にならない。ここは直線上の道のためか、時々スピードを出す車も多く、ひやりとする場面を目撃したこともあった。

 信号が青になる。鈴音たちは横断歩道を渡り始めた。
 だが、その時、誰かの悲鳴が聞こえた。

 鈴音は顔を上げる。一台の車が、猛スピードでこちらに近づいてくるのが見えた。

「――鈴ちゃん!」

 亮太の叫び声。迫りくる車。強い衝撃が体に走った。

 何が起きたかわからない鈴音の視界に、真っ赤な血が広がっていく。




 目が覚めた時、鈴音は不思議と冷静だった。
 どこかで分かっていたからかもしれない。今の幸せな日々が、虚幻であることを。
 
 先程見た夢を反芻する。ひどく生々しい夢だった。
 いいや。あれは夢ではない。過去の記憶だ。
 あの悲劇は実際に起こったものだと、鈴音は確信している。

 あの時、自分は車に引かれて死んだのだろう。ひどい出血量だった。あれでは助からないだろう。

 それなら、何故自分はここに存在しているのだろう。
 思いつく理由はひとつしかない。

 ――壱様だ。

 壱様が、亮太の願いを叶えたのだ。
 きっと、彼は鈴音と一緒にいたいと願ったのだろう。鈴音の死を受け入れられず、迎えるはずだった未来を望んだ。

 死者は生き返らないのがこの世の理だ。無理に捻じ曲げれば、歪みが生じる。
 亮太が不安定になっているのもそのせいだろう。

 自分は既に死んでいる。亮太を苦しめてまで、傍にいてはならない。どんなに亮太と一緒にいたいと願っていたとしても。

 鈴音はじっとしていられず、起き上がった。

「――鈴ちゃん?」

 かけられた声に、びくりと体が震えた。

「大丈夫? 顔色が悪いけど……」

 隣で眠っていた亮太が心配そうに鈴音を見ている。労るような声音だが、その目は注意深く鈴音の様子を伺っている。

 亮太に、過去を思い出したことをバレてはいけない。そう直感した。

「ちょっと怖い夢見て。ほら、この前見たホラー映画のやつ。あれが夢に出てきて……」
「ああ、あのかなり怖かったやつ? 鈴ちゃん、あのあとコメディ映画見まくって忘れようとしてたね」
「そうそう。まさか夢に出てくるなんて思わなくて……」

 しばらく雑談をし、朝になるまでもう一眠りしようと再び就寝した。

 次に目を覚ました時には、亮太はいつも通りに戻っていた。鈴音も何事もなかったかのように振る舞うことができた。
 

 仕事の気分転換も兼ねて亮太が買い物に行くのを見届けた鈴音は、梅婆の家を訪れた。
 彼女なら鈴音の疑問の答えを持っているような気がしたからだ。

「そうだね、あたしはどうしてこうなったのか知っているよ」

 鈴音を迎え入れた梅婆は、鈴音の話を聞いたあと、静かに語り始めた。

「あんたの予想通り、今のこの状況は壱様によるものさ。壱様が、選んだ者の願いに応えたんだよ」
「壱様は、人を生き返らせることができるの?」
「まさか。いくらなんでもそんなことできやしない。だが、望む世界を見せてやることはできる。現実で死者と生者が共に生きることはできないが、虚幻の中なら可能なんだ」

 虚幻。聞き覚えのある言葉に、鈴音は目を瞬かせた。

「ここは……鏡の中なの?」
「そう。この世界は壱様の作り上げた虚構の世界。死者の魂と生者の魂を御神体の鏡に取り込んだのさ」
「生者の魂って……その間、肉体はどうなってるの?」
「眠っているよ。ただ、いつまでもそのままだと、やがて死ぬだろうけどね」
「そんな……!」

 鈴音は血の気が引くのを感じた。自分のせいで亮太が死ぬなど、絶対に嫌だ。

「生者本人が望んだことだ。それに、好きな者同士一緒にいれるなら、いいことじゃないか」
「いいわけない! どうにか……どうにかできないの?」

 梅婆はじっと鈴音を見つめた。今の幸せを失ってまで叶えたいのかと問われている気がした。
 しばらく無言で見つめ合ったあと、梅婆は重い口を開いた。

「なら、御神体を壊すんだ」
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