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6話 未来に思いを馳せる
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「えっと……日が暮れても帰ってこなかったから、迎えにきたんだけど……」
亮太は気まずそうに言った。先ほどの会話を聞かれていたようだ。
鈴音も気恥ずかしくなり、亮太の顔が見れなかった。
「鈴ちゃん。その……話したいことはあるけど、とりあえず帰ろう。ここだと梅婆ちゃんに迷惑かけるし……」
「そ、そうだね。……梅婆ちゃん、話聞いてくれてありがとう」
「ああ。またいつでもおいで」
梅婆に見送られながら、鈴音達は帰宅した。道中、ふたりは一言も喋らなかった。
「鈴ちゃん、僕のことで悩んでるの?」
家について早々、亮太がそう切り出した。
一瞬だけ、鈴音はためらう。亮太の不穏に触れていいのかわからない。
だが、今のままでは互いに苦しいだけだ。
「最近の亮太、変だから。何かあったのかなって、心配になったの」
「そっか……そうだよね」
亮太は納得したように頷いた。彼も自覚があったようだ。
「心配かけてごめんね。近頃、いろんなことがあって、心が追いついてなかったんだ。……一番叶えたい願いがあるのに、自分の欲を抑えきれなくなったりして」
仕事の話だろうか。
引っ越してから亮太はずっと慌ただしくしている。余程大変なのだろう。
「頭の中がぐちゃぐちゃになってるんだ。……でも、そのうち全部解決するから。叶えたい願いだけは、必ず果たすから」
「よくわからないけど……亮太の願いが叶うよう応援してるよ」
「……ありがとう」
亮太はほっとしたように笑った。けれど、すぐに真剣な眼差しで鈴音を見た。
「鈴ちゃん、さっき、僕のためなら命を捨てられるって言ってたけど……それは絶対にやめてね」
その言葉には切実な響きがあった。
亮太の気持ちは痛いほどわかる。大切な人が自分のために命を犠牲にするのは想像するだけで苦しく、つらい。
ふと鈴音の胸に、亮太との別離を提案された時の恐怖が蘇った。強い渇望を伴う喪失感が胸をえぐる。
お堂で目覚めた時に感じたものと同じだ。あの時は亮太を失う悪夢でも見ていたのだろうか。
「それほど僕のことを想ってくれるのは嬉しいけど、自分のことも大切にして」
鈴音が頷くと、亮太は小指を差し出す。
「約束だよ」
指を絡めて誓うと、亮太は表情を和らげた。
「鈴ちゃん!」
家に帰ると、焦った様子の亮太が出迎えた。
「亮太、起きたんだね」
「ついさっき。鈴ちゃんが家のどこにもいなかったから、何かあったのかと思ったよ。散歩に行ってきたの?」
鈴音は首を横に振り、苦笑した。
「ううん。買い物に行く予定だったんだけど、財布を忘れちゃって。取りに戻ったの」
「……ひとりで外を歩くのは危ないよ。車が走ってるし」
子どもじゃないんだから。そう言いかけて、鈴音は口を閉じる。
亮太の顔は険しく、冗談を言っているようには見えなかったから。
「今度からは亮太に声をかけるね」
「うん。どんなに熟睡してても、起こしてね」
あの話し合いの後も、亮太は不安定になることが度々あった。
けれど、鈴音は以前のように思い悩むことはなくなった。
きっと亮太は鈴音以上に自分の変調に戸惑い、悩んでいる。それでも、彼はいずれ解決すると言った。
だから、鈴音は彼を信じて不安になるのをやめた。
「今から買い物行くんだよね? 僕も一緒に行くよ」
「うん。亮太もいるなら、少し多めに買おうかな」
「荷物持ちなら任せて」
そんな会話をしながら、亮太と共に家を出た。
「あ。水張りしてる。もうそんな時期なんだ」
鈴音は水の張られた田んぼに目を向けた。
幼い頃は毎年見ていたが、引っ越してからは盆と正月にしか帰省できなかったから、この光景を見るのは久しぶりだ。
「懐かしいね。昔、伯父の手伝いでしたことあったな」
「亮太、足すべらせて水浸しになってたよね」
「あれは伯父さんの長靴が大きくて転んじゃったんだよ。子どもだったから力がなかっただけで、今なら、もっと上手くやれるよ」
亮太は不服そうに答える。確かに、あの頃と違って逞しくなったから、テキパキと動けそうだ。
「ねえ、私たちもなにか育てない? 田んぼとかは無理だけど、家庭菜園でさ」
「いいね。この時期だと夏野菜あたりはどう?」
候補を次々と上げていく。それらを使った料理にまで話が広がる。
亮太と野菜を育て、収穫する未来を想像して、胸を弾ませた。
幸せだった。この日常が続いていくと思った。
あの悪夢を見るまでは。
亮太は気まずそうに言った。先ほどの会話を聞かれていたようだ。
鈴音も気恥ずかしくなり、亮太の顔が見れなかった。
「鈴ちゃん。その……話したいことはあるけど、とりあえず帰ろう。ここだと梅婆ちゃんに迷惑かけるし……」
「そ、そうだね。……梅婆ちゃん、話聞いてくれてありがとう」
「ああ。またいつでもおいで」
梅婆に見送られながら、鈴音達は帰宅した。道中、ふたりは一言も喋らなかった。
「鈴ちゃん、僕のことで悩んでるの?」
家について早々、亮太がそう切り出した。
一瞬だけ、鈴音はためらう。亮太の不穏に触れていいのかわからない。
だが、今のままでは互いに苦しいだけだ。
「最近の亮太、変だから。何かあったのかなって、心配になったの」
「そっか……そうだよね」
亮太は納得したように頷いた。彼も自覚があったようだ。
「心配かけてごめんね。近頃、いろんなことがあって、心が追いついてなかったんだ。……一番叶えたい願いがあるのに、自分の欲を抑えきれなくなったりして」
仕事の話だろうか。
引っ越してから亮太はずっと慌ただしくしている。余程大変なのだろう。
「頭の中がぐちゃぐちゃになってるんだ。……でも、そのうち全部解決するから。叶えたい願いだけは、必ず果たすから」
「よくわからないけど……亮太の願いが叶うよう応援してるよ」
「……ありがとう」
亮太はほっとしたように笑った。けれど、すぐに真剣な眼差しで鈴音を見た。
「鈴ちゃん、さっき、僕のためなら命を捨てられるって言ってたけど……それは絶対にやめてね」
その言葉には切実な響きがあった。
亮太の気持ちは痛いほどわかる。大切な人が自分のために命を犠牲にするのは想像するだけで苦しく、つらい。
ふと鈴音の胸に、亮太との別離を提案された時の恐怖が蘇った。強い渇望を伴う喪失感が胸をえぐる。
お堂で目覚めた時に感じたものと同じだ。あの時は亮太を失う悪夢でも見ていたのだろうか。
「それほど僕のことを想ってくれるのは嬉しいけど、自分のことも大切にして」
鈴音が頷くと、亮太は小指を差し出す。
「約束だよ」
指を絡めて誓うと、亮太は表情を和らげた。
「鈴ちゃん!」
家に帰ると、焦った様子の亮太が出迎えた。
「亮太、起きたんだね」
「ついさっき。鈴ちゃんが家のどこにもいなかったから、何かあったのかと思ったよ。散歩に行ってきたの?」
鈴音は首を横に振り、苦笑した。
「ううん。買い物に行く予定だったんだけど、財布を忘れちゃって。取りに戻ったの」
「……ひとりで外を歩くのは危ないよ。車が走ってるし」
子どもじゃないんだから。そう言いかけて、鈴音は口を閉じる。
亮太の顔は険しく、冗談を言っているようには見えなかったから。
「今度からは亮太に声をかけるね」
「うん。どんなに熟睡してても、起こしてね」
あの話し合いの後も、亮太は不安定になることが度々あった。
けれど、鈴音は以前のように思い悩むことはなくなった。
きっと亮太は鈴音以上に自分の変調に戸惑い、悩んでいる。それでも、彼はいずれ解決すると言った。
だから、鈴音は彼を信じて不安になるのをやめた。
「今から買い物行くんだよね? 僕も一緒に行くよ」
「うん。亮太もいるなら、少し多めに買おうかな」
「荷物持ちなら任せて」
そんな会話をしながら、亮太と共に家を出た。
「あ。水張りしてる。もうそんな時期なんだ」
鈴音は水の張られた田んぼに目を向けた。
幼い頃は毎年見ていたが、引っ越してからは盆と正月にしか帰省できなかったから、この光景を見るのは久しぶりだ。
「懐かしいね。昔、伯父の手伝いでしたことあったな」
「亮太、足すべらせて水浸しになってたよね」
「あれは伯父さんの長靴が大きくて転んじゃったんだよ。子どもだったから力がなかっただけで、今なら、もっと上手くやれるよ」
亮太は不服そうに答える。確かに、あの頃と違って逞しくなったから、テキパキと動けそうだ。
「ねえ、私たちもなにか育てない? 田んぼとかは無理だけど、家庭菜園でさ」
「いいね。この時期だと夏野菜あたりはどう?」
候補を次々と上げていく。それらを使った料理にまで話が広がる。
亮太と野菜を育て、収穫する未来を想像して、胸を弾ませた。
幸せだった。この日常が続いていくと思った。
あの悪夢を見るまでは。
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