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5話 何より怖いのは
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鈴音が振り返ると、そこには険しい顔をした亮太が立っていた。
「亮太、どうして……」
「それはこっちの台詞だよ。危ないから壱様のところへは行かないほうがいいって言ったよね?」
亮太の声には静かな怒りが滲んでいる。
鈴音は恐怖に体がすくんだ。
何故、そこまで怒るのか鈴音には理解できない。けれど、あまり亮太を刺激しないほうがいいことはわかった。
「ごめん。癖で、つい足が向いちゃった」
「……そう。なら、仕方ないね」
亮太は冷静になったのか、申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「きつく言ってごめん。……本当に危ないから心配になって」
「大丈夫。わかってるから」
亮太は優しい。昔から、自分よりも他人のことを優先する。
だから、今のだって鈴音を思うあまりの言動なのだろう。
「心配かけちゃったね。次から気をつけるよ」
鈴音は笑顔を浮かべて、いつものように亮太の手を取る。
「仕事、余裕があるんだよね? 少し散歩しない?」
「……うん。川沿いのハナミズキが咲いてたから見に行きたい」
亮太が手を握り返す。その手が、わずかに震えている。
亮太も自分の感情に戸惑っているのだろう。もしかしたら、鈴音以上に恐怖を感じているのかもしれない。
「じゃあ、川に行こう。今の時期は風が涼しいからすごしやすいよ」
何事もないように話を続ける。亮太が不安がっている時ほど、強がって平静を装うのは鈴音の昔からの癖だ。
「昔、ハナミズキのことで喧嘩したの覚えてる?」
「覚えてるよ。僕が花に見えてるのは実は葉っぱだって言ったら、鈴ちゃんが違うって怒って」
「そうそう。あの時は本物だと信じてたものが偽物で、ショックだったんだよね」
「……騙された気持ちになった?」
「聞いた時はそうだったけど、ハナミズキを見たらそんなことどうでも良くなったよ。花でも葉っぱでも、私が好きなものに変わりはないから。こうして綺麗に咲いてくれれば、それでいい」
「……そう」
手を繋いだまま、ゆっくりと川辺を歩いた。
他愛もない話や昔話をしていると、最近の不安や戸惑いが薄らいでいくように感じた。
亮太も同じだったようで、家につく頃にはすっかり元気になっていた。
日々は穏やかに過ぎた。新婚生活は幸せだった。
しかし、時々ふとした時に恐怖や不安が顔をのぞかせることがある。鈴音は悩んだ。
やはり、亮太がおかしい。どうしたらいいのかと。
ひとりで抱え続けるのはつらく、誰かに相談したかった。
けれど、友人達も義理の家族も街にいて、気軽に会うことができない距離にいる。村の人達は親切だが、内密の相談はできない。
鈴音が頼れるのはひとりだけだった。
「なるほど。随分深刻な顔をしていると思ったら、それが理由かい」
鈴音の話を聞いた梅婆は納得したように頷いた。
「本人に何かあったのか聞きにくい雰囲気だし、怖くなるのはたまにだから……。疲れてるだけかもしれないし」
「でも、あんたは苦しいんだろう?」
「……うん。今の気持ちを伝えられないのも、亮太を怖いと思っちゃうのも、嫌で」
鈴音は俯いて、素直に気持ちを吐露した。ずっとひとりで抱え込んでいたからか、梅婆に話していると、気持ちが楽になってきた。
「亮太は臆病な子ではあったが、小さい頃から冷静で判断力のある子だった。自分に悪影響があると思ったら、すぐに切り離すことができる。人間関係でも勉強や仕事でもすぱっと断ち切れるだろう。……あんたのこと以外はね」
「……亮太がああなったのは、私が関係してるってこと?」
「あんたが悪いってことじゃないよ。ただ、あんたのことになるとあの子は余裕がなくなるんだよ。何よりあんたの幸せを願っているから。……それこそ、自分の命を引き換えにしてでもね」
鈴音は顔を上げた。梅婆は慈愛の籠った目で、鈴音を見ている。
「……今のあんたは亮太といればいるほど、追い詰められ疲弊していくように見える。そんな相手とずっと暮らしていけるかい? 離れるという選択もーー」
「絶対嫌っ!!」
大きな声が出たことに、鈴音は自分でも驚いた。
けれど、それよりも亮太との別離の恐ろしさの方が、鈴音の心を占めていた。
亮太から拒絶されているのなら、仕方ない。けれど、思い合っているのに何故離れなければいけないのか。
「怖くたって亮太は亮太だもの。つらい思いをしたとしても、一緒にいたい。私だって、亮太のためなら命を捨てたって構わないから」
「……そうかい。なら、是非ともその気持ちを本人にぶつけてやればいい」
「え……?」
鈴音は梅婆の視線の先を追って、後ろを振り向いた。
そこには亮太の姿があった。
「亮太、どうして……」
「それはこっちの台詞だよ。危ないから壱様のところへは行かないほうがいいって言ったよね?」
亮太の声には静かな怒りが滲んでいる。
鈴音は恐怖に体がすくんだ。
何故、そこまで怒るのか鈴音には理解できない。けれど、あまり亮太を刺激しないほうがいいことはわかった。
「ごめん。癖で、つい足が向いちゃった」
「……そう。なら、仕方ないね」
亮太は冷静になったのか、申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「きつく言ってごめん。……本当に危ないから心配になって」
「大丈夫。わかってるから」
亮太は優しい。昔から、自分よりも他人のことを優先する。
だから、今のだって鈴音を思うあまりの言動なのだろう。
「心配かけちゃったね。次から気をつけるよ」
鈴音は笑顔を浮かべて、いつものように亮太の手を取る。
「仕事、余裕があるんだよね? 少し散歩しない?」
「……うん。川沿いのハナミズキが咲いてたから見に行きたい」
亮太が手を握り返す。その手が、わずかに震えている。
亮太も自分の感情に戸惑っているのだろう。もしかしたら、鈴音以上に恐怖を感じているのかもしれない。
「じゃあ、川に行こう。今の時期は風が涼しいからすごしやすいよ」
何事もないように話を続ける。亮太が不安がっている時ほど、強がって平静を装うのは鈴音の昔からの癖だ。
「昔、ハナミズキのことで喧嘩したの覚えてる?」
「覚えてるよ。僕が花に見えてるのは実は葉っぱだって言ったら、鈴ちゃんが違うって怒って」
「そうそう。あの時は本物だと信じてたものが偽物で、ショックだったんだよね」
「……騙された気持ちになった?」
「聞いた時はそうだったけど、ハナミズキを見たらそんなことどうでも良くなったよ。花でも葉っぱでも、私が好きなものに変わりはないから。こうして綺麗に咲いてくれれば、それでいい」
「……そう」
手を繋いだまま、ゆっくりと川辺を歩いた。
他愛もない話や昔話をしていると、最近の不安や戸惑いが薄らいでいくように感じた。
亮太も同じだったようで、家につく頃にはすっかり元気になっていた。
日々は穏やかに過ぎた。新婚生活は幸せだった。
しかし、時々ふとした時に恐怖や不安が顔をのぞかせることがある。鈴音は悩んだ。
やはり、亮太がおかしい。どうしたらいいのかと。
ひとりで抱え続けるのはつらく、誰かに相談したかった。
けれど、友人達も義理の家族も街にいて、気軽に会うことができない距離にいる。村の人達は親切だが、内密の相談はできない。
鈴音が頼れるのはひとりだけだった。
「なるほど。随分深刻な顔をしていると思ったら、それが理由かい」
鈴音の話を聞いた梅婆は納得したように頷いた。
「本人に何かあったのか聞きにくい雰囲気だし、怖くなるのはたまにだから……。疲れてるだけかもしれないし」
「でも、あんたは苦しいんだろう?」
「……うん。今の気持ちを伝えられないのも、亮太を怖いと思っちゃうのも、嫌で」
鈴音は俯いて、素直に気持ちを吐露した。ずっとひとりで抱え込んでいたからか、梅婆に話していると、気持ちが楽になってきた。
「亮太は臆病な子ではあったが、小さい頃から冷静で判断力のある子だった。自分に悪影響があると思ったら、すぐに切り離すことができる。人間関係でも勉強や仕事でもすぱっと断ち切れるだろう。……あんたのこと以外はね」
「……亮太がああなったのは、私が関係してるってこと?」
「あんたが悪いってことじゃないよ。ただ、あんたのことになるとあの子は余裕がなくなるんだよ。何よりあんたの幸せを願っているから。……それこそ、自分の命を引き換えにしてでもね」
鈴音は顔を上げた。梅婆は慈愛の籠った目で、鈴音を見ている。
「……今のあんたは亮太といればいるほど、追い詰められ疲弊していくように見える。そんな相手とずっと暮らしていけるかい? 離れるという選択もーー」
「絶対嫌っ!!」
大きな声が出たことに、鈴音は自分でも驚いた。
けれど、それよりも亮太との別離の恐ろしさの方が、鈴音の心を占めていた。
亮太から拒絶されているのなら、仕方ない。けれど、思い合っているのに何故離れなければいけないのか。
「怖くたって亮太は亮太だもの。つらい思いをしたとしても、一緒にいたい。私だって、亮太のためなら命を捨てたって構わないから」
「……そうかい。なら、是非ともその気持ちを本人にぶつけてやればいい」
「え……?」
鈴音は梅婆の視線の先を追って、後ろを振り向いた。
そこには亮太の姿があった。
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