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1話 目覚め
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なにかに強く引き寄せられるような感覚がして、鈴音は目を覚ました。
ぼやけた視界には見慣れない天井が映っている。むき出しの木板で作られた天井だ。
ここはどこだろうと不思議に思い体を起こすと、頬に伝うものがあった。指で触れて確認する。
「涙……?」
何故、泣いているのだろう。
自分が泣いていると認識した途端、胸をえぐるような深い喪失感が押し寄せる。失ったものを強く求める渇望感に、鈴音は胸を抑えた。
「どうして……」
何故、こんな気持ちになるのだろう。
戸惑いながら記憶を探ろうとしていると、扉を開く音が聞こえた。
「鈴ちゃん! 良かった……ここにいたんだね」
「亮太」
息を切らし、室内に入ってきたのは夫であり幼馴染でもある亮太だ。急いで走ってきたのだろう、いつもは整えられている茶の髪が乱れている。
「先に家に帰ってるって言ってたのにいないから、どこに行ったのかと心配したんだよ。……鈴ちゃん、本当に壱様が好きなんだね」
「壱様……」
辺りを見回すと、右手に祭壇が見えた。年季を感じるそれに飾られているのは、綺麗に磨き上げられた鏡だった。
鈴音はその鏡に見覚えがある。この鏡を手入れするのは幼い頃から鈴音たちの習慣だったから。
「ここ、お堂だったの」
「そうだよ。……鈴ちゃん、もしかして寝起き?」
亮太が鈴音の顔をしげしげと覗き込む。普段はしっかりしている鈴音がぼんやりしているのが珍しいのだろう。
「そうみたい。なにか、夢を見てた気がするの。どんな夢かはよく思い出せないんだけど、なんだか……」
「――それより、もうじき日が暮れるし、早く帰ろう?」
亮太が手を差し伸べた。
鈴音は意外に思い、彼を見上げる。長い付き合いになるが、彼が鈴音の話を遮ることはこれまで一度もなかったから。
違和感はそれだけではない。何故か亮太の手を取ることがためらわれるのだ。
これまで、彼とは何度も手を繋いで来たというのに。
「鈴ちゃん?」
「え……あ、ごめん。ぼーっとしてて」
「調子悪そうだね。夕飯は僕が作るから、鈴ちゃんは休んでて」
「そこまでじゃないから大丈夫。亮太は今日仕事だったでしょ? 私が作るよ」
「でも……」
「いいから」
差し出された手を握り、まだ納得してない様子の亮太の手を引いて歩き始めた。
足を進める度にぎしぎしと床板が軋む。幼い頃、始めてこの音を聞いた時はひどく恐ろしかった。でも強がって、同じように怯える亮太を励ますように手を引いた。
こんな山奥に隠すように建てられてるのだから、きっと素敵な宝物があるはずだと。
「あれから十七年経つんだね」
「十七年……ああ、僕らが壱様のお堂を見つけてから?」
「そう」
コンビニすらもない田舎では娯楽はもっぱら自然の中で遊ぶことだった。同い年であり、幼少の頃から一緒育った鈴音と亮太は山や川で遊ぶのが日課だった。
鈴音の七歳の誕生日直前、なにかに導かれるように、このお堂を見つけた。探検ごっこだと称してお堂を調べ回り、壱様を知った。
扉の前まで来て、鈴音は後ろを振り返る。
お堂の奥にある祭壇に飾られた鏡――壱様を見る。
壱様はこの地域一帯の水神様だ。かつては村のみんなにも慕われ、参拝者も多かったが、時代とともに忘れられていった。親や祖父母に聞いても大抵の者は知らず、村長の梅婆だけがその存在を知っていた。
『あたしはこの通り足腰が悪くてもう参拝はできん。あんたらも壱様に選ばれたのさ。いいかい、鈴音、亮太。壱様を大事にしなさい。そうすれば――』
「……鈴ちゃん?」
亮太の声で、鈴音は我に返る。
「やっばり、今日は調子がおかしいよ。疲れてるんだろうし、家に帰ったら休んでて」
「……そう、だね」
さすがにぼんやりしすぎたことを自覚した鈴音は、亮太の提案を素直に受け入れた。
亮太に手を引かれながら、鈴音はもう一度祭壇を振り返った。
そこにあるのは馴染み深い大切な鏡。なのに、どうしてか見知らぬものに感じられた。
ぼやけた視界には見慣れない天井が映っている。むき出しの木板で作られた天井だ。
ここはどこだろうと不思議に思い体を起こすと、頬に伝うものがあった。指で触れて確認する。
「涙……?」
何故、泣いているのだろう。
自分が泣いていると認識した途端、胸をえぐるような深い喪失感が押し寄せる。失ったものを強く求める渇望感に、鈴音は胸を抑えた。
「どうして……」
何故、こんな気持ちになるのだろう。
戸惑いながら記憶を探ろうとしていると、扉を開く音が聞こえた。
「鈴ちゃん! 良かった……ここにいたんだね」
「亮太」
息を切らし、室内に入ってきたのは夫であり幼馴染でもある亮太だ。急いで走ってきたのだろう、いつもは整えられている茶の髪が乱れている。
「先に家に帰ってるって言ってたのにいないから、どこに行ったのかと心配したんだよ。……鈴ちゃん、本当に壱様が好きなんだね」
「壱様……」
辺りを見回すと、右手に祭壇が見えた。年季を感じるそれに飾られているのは、綺麗に磨き上げられた鏡だった。
鈴音はその鏡に見覚えがある。この鏡を手入れするのは幼い頃から鈴音たちの習慣だったから。
「ここ、お堂だったの」
「そうだよ。……鈴ちゃん、もしかして寝起き?」
亮太が鈴音の顔をしげしげと覗き込む。普段はしっかりしている鈴音がぼんやりしているのが珍しいのだろう。
「そうみたい。なにか、夢を見てた気がするの。どんな夢かはよく思い出せないんだけど、なんだか……」
「――それより、もうじき日が暮れるし、早く帰ろう?」
亮太が手を差し伸べた。
鈴音は意外に思い、彼を見上げる。長い付き合いになるが、彼が鈴音の話を遮ることはこれまで一度もなかったから。
違和感はそれだけではない。何故か亮太の手を取ることがためらわれるのだ。
これまで、彼とは何度も手を繋いで来たというのに。
「鈴ちゃん?」
「え……あ、ごめん。ぼーっとしてて」
「調子悪そうだね。夕飯は僕が作るから、鈴ちゃんは休んでて」
「そこまでじゃないから大丈夫。亮太は今日仕事だったでしょ? 私が作るよ」
「でも……」
「いいから」
差し出された手を握り、まだ納得してない様子の亮太の手を引いて歩き始めた。
足を進める度にぎしぎしと床板が軋む。幼い頃、始めてこの音を聞いた時はひどく恐ろしかった。でも強がって、同じように怯える亮太を励ますように手を引いた。
こんな山奥に隠すように建てられてるのだから、きっと素敵な宝物があるはずだと。
「あれから十七年経つんだね」
「十七年……ああ、僕らが壱様のお堂を見つけてから?」
「そう」
コンビニすらもない田舎では娯楽はもっぱら自然の中で遊ぶことだった。同い年であり、幼少の頃から一緒育った鈴音と亮太は山や川で遊ぶのが日課だった。
鈴音の七歳の誕生日直前、なにかに導かれるように、このお堂を見つけた。探検ごっこだと称してお堂を調べ回り、壱様を知った。
扉の前まで来て、鈴音は後ろを振り返る。
お堂の奥にある祭壇に飾られた鏡――壱様を見る。
壱様はこの地域一帯の水神様だ。かつては村のみんなにも慕われ、参拝者も多かったが、時代とともに忘れられていった。親や祖父母に聞いても大抵の者は知らず、村長の梅婆だけがその存在を知っていた。
『あたしはこの通り足腰が悪くてもう参拝はできん。あんたらも壱様に選ばれたのさ。いいかい、鈴音、亮太。壱様を大事にしなさい。そうすれば――』
「……鈴ちゃん?」
亮太の声で、鈴音は我に返る。
「やっばり、今日は調子がおかしいよ。疲れてるんだろうし、家に帰ったら休んでて」
「……そう、だね」
さすがにぼんやりしすぎたことを自覚した鈴音は、亮太の提案を素直に受け入れた。
亮太に手を引かれながら、鈴音はもう一度祭壇を振り返った。
そこにあるのは馴染み深い大切な鏡。なのに、どうしてか見知らぬものに感じられた。
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