叶えられない願い事

あやさと六花

文字の大きさ
1 / 11

1話 目覚め

しおりを挟む
 なにかに強く引き寄せられるような感覚がして、鈴音は目を覚ました。

 ぼやけた視界には見慣れない天井が映っている。むき出しの木板で作られた天井だ。
 ここはどこだろうと不思議に思い体を起こすと、頬に伝うものがあった。指で触れて確認する。

「涙……?」

 何故、泣いているのだろう。
 自分が泣いていると認識した途端、胸をえぐるような深い喪失感が押し寄せる。失ったものを強く求める渇望感に、鈴音は胸を抑えた。

「どうして……」

 何故、こんな気持ちになるのだろう。
 戸惑いながら記憶を探ろうとしていると、扉を開く音が聞こえた。

「鈴ちゃん! 良かった……ここにいたんだね」
「亮太」

 息を切らし、室内に入ってきたのは夫であり幼馴染でもある亮太だ。急いで走ってきたのだろう、いつもは整えられている茶の髪が乱れている。

「先に家に帰ってるって言ってたのにいないから、どこに行ったのかと心配したんだよ。……鈴ちゃん、本当に壱様が好きなんだね」
「壱様……」

 辺りを見回すと、右手に祭壇が見えた。年季を感じるそれに飾られているのは、綺麗に磨き上げられた鏡だった。
 鈴音はその鏡に見覚えがある。この鏡を手入れするのは幼い頃から鈴音たちの習慣だったから。

「ここ、お堂だったの」
「そうだよ。……鈴ちゃん、もしかして寝起き?」

 亮太が鈴音の顔をしげしげと覗き込む。普段はしっかりしている鈴音がぼんやりしているのが珍しいのだろう。

「そうみたい。なにか、夢を見てた気がするの。どんな夢かはよく思い出せないんだけど、なんだか……」
「――それより、もうじき日が暮れるし、早く帰ろう?」

 亮太が手を差し伸べた。
 鈴音は意外に思い、彼を見上げる。長い付き合いになるが、彼が鈴音の話を遮ることはこれまで一度もなかったから。

 違和感はそれだけではない。何故か亮太の手を取ることがためらわれるのだ。
 これまで、彼とは何度も手を繋いで来たというのに。

「鈴ちゃん?」
「え……あ、ごめん。ぼーっとしてて」
「調子悪そうだね。夕飯は僕が作るから、鈴ちゃんは休んでて」
「そこまでじゃないから大丈夫。亮太は今日仕事だったでしょ? 私が作るよ」
「でも……」
「いいから」

 差し出された手を握り、まだ納得してない様子の亮太の手を引いて歩き始めた。

 足を進める度にぎしぎしと床板が軋む。幼い頃、始めてこの音を聞いた時はひどく恐ろしかった。でも強がって、同じように怯える亮太を励ますように手を引いた。
 こんな山奥に隠すように建てられてるのだから、きっと素敵な宝物があるはずだと。

「あれから十七年経つんだね」
「十七年……ああ、僕らが壱様のお堂を見つけてから?」
「そう」

 コンビニすらもない田舎では娯楽はもっぱら自然の中で遊ぶことだった。同い年であり、幼少の頃から一緒育った鈴音と亮太は山や川で遊ぶのが日課だった。

 鈴音の七歳の誕生日直前、なにかに導かれるように、このお堂を見つけた。探検ごっこだと称してお堂を調べ回り、壱様を知った。

 扉の前まで来て、鈴音は後ろを振り返る。
 お堂の奥にある祭壇に飾られた鏡――壱様を見る。

 壱様はこの地域一帯の水神様だ。かつては村のみんなにも慕われ、参拝者も多かったが、時代とともに忘れられていった。親や祖父母に聞いても大抵の者は知らず、村長の梅婆だけがその存在を知っていた。

『あたしはこの通り足腰が悪くてもう参拝はできん。あんたらも壱様に選ばれたのさ。いいかい、鈴音、亮太。壱様を大事にしなさい。そうすれば――』

「……鈴ちゃん?」

 亮太の声で、鈴音は我に返る。

「やっばり、今日は調子がおかしいよ。疲れてるんだろうし、家に帰ったら休んでて」
「……そう、だね」

 さすがにぼんやりしすぎたことを自覚した鈴音は、亮太の提案を素直に受け入れた。

 亮太に手を引かれながら、鈴音はもう一度祭壇を振り返った。
 そこにあるのは馴染み深い大切な鏡。なのに、どうしてか見知らぬものに感じられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

奏でる甘い日々に溺れてほしい

恋文春奈
恋愛
私は真夜中にお屋敷を抜け出した 奏音と執事の律に溺愛される日々 抜け出さなかったら出会えなかった運命の人に… あなたと秘密で真夜中に出会えた関係から始まる…! 「俺は有咲の王子様」 「有咲、大好きだよ…結婚を前提に俺と付き合ってください」 二階堂奏音 イケメン隠れピアニスト×藤原有咲 素直な美人お嬢様

堅物御曹司は真面目女子に秘密の恋をしている

花野未季
恋愛
真面目女子が、やはり真面目で堅物な御曹司と知り合う純愛もの。 サラッと読める短編です♪

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』

由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。 婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。 ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。 「君を嫌ったことなど、一度もない」 それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。 勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。

婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました

有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。 魔力が弱い私には、価値がないという現実。 泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。 そこで目覚めた彼は、私を見て言った。 「やっと見つけた。私の番よ」 彼の前でだけ、私の魔力は輝く。 奪われた尊厳、歪められた運命。 すべてを取り戻した先にあるのは……

愛のない契約結婚~絶対に離婚するつもりだったのに、年下CEOに愛されすぎておかしくなりそう~

cheeery
恋愛
「絶対に離婚してみせる」 大手商社で最年少課長を務める桐谷美和は、過去の裏切りにより心を閉ざし仕事に生きてきた。 周囲から「氷の女」と恐れられる彼女だったが、ある日実家の会社が倒産の危機に瀕してしまう。 必要な額は八千万円。絶望する美和に救いの手を差し伸べたのは、新人部下の四宮怜だった。 「8000万、すぐに用意する代わりに結婚してください」 彼の実の正体は財閥の御曹司であり、うちの新社長!? 父を救うため、契約結婚をしたのだけれど……。 「借金を返済したら即離婚よ」 望まない男との結婚なんて必要ない。 愛なんて、そんな不確かなものを信じる気はこれっぽっちもないの。 私の目標はこの男と離婚すること、だけ──。 「離婚?それは無理でしょうね」 「借金のことなら私がどうにか……」 「そうじゃない。断言しよう、キミは必ず僕を好きになるよ」 ふざけんな。 絶対に好きになんてなるもんか。 そう誓う美和だったが、始まった新婚生活は予想外の連続で……。 家での四宮は甘い言葉を囁く溺愛夫で……!? 「あなたが可愛すぎてダメだ」 隙あらば触れてくる彼に、頑なだった美和の心も次第に乱されていく。 絶対に離婚したい妻VS絶対に逃がさない夫。 契約から始まった二人の恋の行方は──。

処理中です...