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1話 出会い
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「君が、新しい侍女か」
少し掠れた凛々しい声が、部屋の扉を開けたジェシカにかけられた。
顔を上げると、椅子に座った青年が睨むようにジェシカを見ている。
その青年は骨と皮だけかと思うほど細く、顔色が悪い。薄暗くてジメジメとした室内の雰囲気と相まって、物語で語られる悪魔を思わせる。
だが、彼の髪は淡い金色で、瞳は濃い青色をしている。王族の血を表すその色彩に、ジェシカは背筋を伸ばした。
「はい。本日より、ベネディクト様のお世話をさせていただきます、ジェシカ・ステイプルズと申します」
「ステイプルズ……ステイプルズ子爵家か。北方に領地がある武人の家系のはず。そこの第一子か」
「ご存じなんですか?」
驚くジェシカに、青年ーーベネディクト・アンダーソンは皮肉げに口を歪めた。
「意外か? 幽閉された王家の忌み子が外の世界を知っているのは」
「いえ。ただ、我が家は大した功績もなく、さして有名でもないので……」
「ふん。古い歴史を持つ子爵家なら知っていて当然だと思うが」
ベネディクトはそれだけ言うと、ジェシカに興味を失ったのか、開いたまま机の上に置いていた本を読み始めた。
明らかに歓迎されていない。だが、彼の立場ならばそれも仕方ないだろう。
ジェシカは邪魔にならないようにと部屋の隅で待機する。
ジェシカの仕事はベネディクトの身の回りの世話だ。
通常ならば、ベネディクトと同性の従僕がつけられるが、以前中性的な外見の彼に変な気を起こした者がいたため、侍女がつけられるようになった。
忌み子とはいえ、王族は王族だ。その尊厳が汚されるようなことはあってはならないと、ジェシカをベネディクト付きに任命した主が語っていたことを思い出す。
ジェシカは本を読むベネディクトに目を向けた。
こけた頬に、隈のこびりついた目元。退廃的なその姿は『悪魔憑き』の呼び名に相応しい。
だが、その姿は恐ろしさと同時にどこか美しくも感じられる。
元々ベネディクトの造形が整っているからだろうか。それとも、悪魔憑きの持つ危うさに惹かれてしまうのだろうか。
だから、王族であっても軽んじてしまう者が出るのか。呪いを受けるかもしれないのに、手を出してしまったのか。
ジェシカには理解できなかった。彼の美しさに目を引かれはするが、それだけだ。仕えるべき主を害するなど不遜なことは考えすらしない。
そして、それは大半の使用人も同じだろう。
ベネディクトの使用人は厳重な身元調査を受けた王族の使用人から選ばれることが多い。
従僕の時は国王が、侍女に変わってからは王妃が選んでいた。
ベネディクトが生まれて二十七年経つが、問題を起こしたのは件の従僕ひとりのみ。
悪魔憑きのベネディクトに内心恐怖を覚える者もいるだろうが、みんな職務を真面目に果たしているのだろう。
不意にベネディクトの眉に皺がよる。本の内容が不快なのだろうかと思ったジェシカに、鋭い声がかけられた。
「なぜ、そこに突っ立ってるんだ?」
「ご用がないようでしたので、控えておりました」
「なら、あっちにいればいいだろう」
ベネディクトは本に目を向けたまま、部屋の隅をさす。
そこには小さな扉があった。使用人の控え室だろう。
通常、侍女は用事がない時はそこで待機しているものだが、この塔の控室は扉が壊れていて使えないと聞いていた。
だが、ベネディクトが入れということは、部屋は使えるのだろう。
「申し訳ございません。あちらの方で待機しております」
「そんな体たらくで、よく僕の侍女になろうと思ったな」
呆れたように吐き捨てるベネディクトに再度謝罪し、ジェシカは控室に移動した。
扉は問題なく開閉できた。いつの間にか修理をしたようだ。
中においてある質素な椅子に座り、ジェシカは大きく息を吐いた。初日から失態を犯してしまった。
ただでさえ警戒されているのに、さらに印象を悪くしてしまっただろう。今後で挽回しなければ。
幸い、ジェシカはお茶を淹れるのに自信がある。給仕を頼まれた時、侍女として問題ないことを示すことができるはずだ。
だが、その日、ジェシカは給仕の腕を振るうことができなかった。
ベネディクトが一度もジェシカを呼ばなかったからだ。ジェシカのその日の仕事はベネディクトの夕食を運び、下げることだけだった。
「明日の朝までここには近づくな」
そう厳命したベネディクトに彼の部屋から叩き出され、ジェシカは与えられた自室に戻った。
「覚悟はしていたとはいえ……かなり手ごわそうね。それでも、とにかくできることをやるしかないわ」
塔に幽閉されている王家の忌み子ベネディクト。
彼が王位を望んでいるのか探ることが、ジェシカに与えられた使命なのだから。
少し掠れた凛々しい声が、部屋の扉を開けたジェシカにかけられた。
顔を上げると、椅子に座った青年が睨むようにジェシカを見ている。
その青年は骨と皮だけかと思うほど細く、顔色が悪い。薄暗くてジメジメとした室内の雰囲気と相まって、物語で語られる悪魔を思わせる。
だが、彼の髪は淡い金色で、瞳は濃い青色をしている。王族の血を表すその色彩に、ジェシカは背筋を伸ばした。
「はい。本日より、ベネディクト様のお世話をさせていただきます、ジェシカ・ステイプルズと申します」
「ステイプルズ……ステイプルズ子爵家か。北方に領地がある武人の家系のはず。そこの第一子か」
「ご存じなんですか?」
驚くジェシカに、青年ーーベネディクト・アンダーソンは皮肉げに口を歪めた。
「意外か? 幽閉された王家の忌み子が外の世界を知っているのは」
「いえ。ただ、我が家は大した功績もなく、さして有名でもないので……」
「ふん。古い歴史を持つ子爵家なら知っていて当然だと思うが」
ベネディクトはそれだけ言うと、ジェシカに興味を失ったのか、開いたまま机の上に置いていた本を読み始めた。
明らかに歓迎されていない。だが、彼の立場ならばそれも仕方ないだろう。
ジェシカは邪魔にならないようにと部屋の隅で待機する。
ジェシカの仕事はベネディクトの身の回りの世話だ。
通常ならば、ベネディクトと同性の従僕がつけられるが、以前中性的な外見の彼に変な気を起こした者がいたため、侍女がつけられるようになった。
忌み子とはいえ、王族は王族だ。その尊厳が汚されるようなことはあってはならないと、ジェシカをベネディクト付きに任命した主が語っていたことを思い出す。
ジェシカは本を読むベネディクトに目を向けた。
こけた頬に、隈のこびりついた目元。退廃的なその姿は『悪魔憑き』の呼び名に相応しい。
だが、その姿は恐ろしさと同時にどこか美しくも感じられる。
元々ベネディクトの造形が整っているからだろうか。それとも、悪魔憑きの持つ危うさに惹かれてしまうのだろうか。
だから、王族であっても軽んじてしまう者が出るのか。呪いを受けるかもしれないのに、手を出してしまったのか。
ジェシカには理解できなかった。彼の美しさに目を引かれはするが、それだけだ。仕えるべき主を害するなど不遜なことは考えすらしない。
そして、それは大半の使用人も同じだろう。
ベネディクトの使用人は厳重な身元調査を受けた王族の使用人から選ばれることが多い。
従僕の時は国王が、侍女に変わってからは王妃が選んでいた。
ベネディクトが生まれて二十七年経つが、問題を起こしたのは件の従僕ひとりのみ。
悪魔憑きのベネディクトに内心恐怖を覚える者もいるだろうが、みんな職務を真面目に果たしているのだろう。
不意にベネディクトの眉に皺がよる。本の内容が不快なのだろうかと思ったジェシカに、鋭い声がかけられた。
「なぜ、そこに突っ立ってるんだ?」
「ご用がないようでしたので、控えておりました」
「なら、あっちにいればいいだろう」
ベネディクトは本に目を向けたまま、部屋の隅をさす。
そこには小さな扉があった。使用人の控え室だろう。
通常、侍女は用事がない時はそこで待機しているものだが、この塔の控室は扉が壊れていて使えないと聞いていた。
だが、ベネディクトが入れということは、部屋は使えるのだろう。
「申し訳ございません。あちらの方で待機しております」
「そんな体たらくで、よく僕の侍女になろうと思ったな」
呆れたように吐き捨てるベネディクトに再度謝罪し、ジェシカは控室に移動した。
扉は問題なく開閉できた。いつの間にか修理をしたようだ。
中においてある質素な椅子に座り、ジェシカは大きく息を吐いた。初日から失態を犯してしまった。
ただでさえ警戒されているのに、さらに印象を悪くしてしまっただろう。今後で挽回しなければ。
幸い、ジェシカはお茶を淹れるのに自信がある。給仕を頼まれた時、侍女として問題ないことを示すことができるはずだ。
だが、その日、ジェシカは給仕の腕を振るうことができなかった。
ベネディクトが一度もジェシカを呼ばなかったからだ。ジェシカのその日の仕事はベネディクトの夕食を運び、下げることだけだった。
「明日の朝までここには近づくな」
そう厳命したベネディクトに彼の部屋から叩き出され、ジェシカは与えられた自室に戻った。
「覚悟はしていたとはいえ……かなり手ごわそうね。それでも、とにかくできることをやるしかないわ」
塔に幽閉されている王家の忌み子ベネディクト。
彼が王位を望んでいるのか探ることが、ジェシカに与えられた使命なのだから。
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