塔の悪魔は天を仰ぐ

あやさと六花

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16話 継承争い

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 ベネディクトを取り上げた産婆は既にこの世にいない。前王妃の死後、あとを追うように儚くなってしまった。

 だが、彼女は死の間際、自分の息子に手紙を残していた。自分が犯してしまった大罪を告白し、前王妃に許しを請う手紙を。

 これを明らかにしたのはモーガン伯爵だ。
 産婆は前王妃の家に連なる者で前王妃と懇意にしていた。だから、隠れ住んでいた産婆の息子の居場所もどうにか見つけ出すことができた。
 息子は手紙で母の所業を知り、その罪の深さに恐れ慄いた。既にその頃には国王と王妃は婚姻しており、報復を恐れて母の罪を公にすることはできなかった。

 今回、王妃が故人となり、モーガン伯爵が身の安全を保証してくれたため、罪を白日の元に晒す決心がついたそうだ。

 モーガン家にあった産婆の手紙や王宮の貴族が個人的にやりとりしていた産婆との手紙から筆跡鑑定を行い、手紙は本物だと証明された。

「ですから、直ちにベネディクトを塔からだし、相応の身分に戻すべきでしょう」

 モーガン伯爵の要求は至極当然のものだ。
 ベネディクトはすぐさま塔から出され、彼だけの宮殿をあてがわれた。使用人も一掃するべきだとのモーガン伯爵の主張が通り、王太子の侍女ではなく、モーガン伯爵が推薦する者に変えられた。

 そして、浮上したのが後継者問題だ。
 既にエリザベスが王太子だが、それはベネディクトが悪魔憑きだとされていたからだ。本来であれば、第一王子であるベネディクトが王太子になっていたはずだ。
 今からでも王太子をベネディクトにするべきではないかとの声が上がっており、連日議会が開かれた。

「殿下、今日はお休みになられたほうが……」

 具合の悪そうなエリザベスはジェシカの提案に、首を横に振る。

「これくらい、たいしたことはないわ」
「ですが、顔色が悪いです。無理をして倒れられては元も子もありませんよ。今日の予定は明日以降にまわしても支障はありませんから」
「……そうね。そうしてちょうだい」

 ジェシカの説得に、エリザベスは折れた。寝室で横になり、ジェシカ以外の侍女は下げさせた。

「王太子の座をお兄様に渡すことがこんなに難しいだなんて、思わなかったわ」

 エリザベスは大きなため息をついた。ひどく疲労の滲んだ声だ。

 ベネディクトの真実が明かされると、エリザベスはすぐに国王に王太子の座を退くことを申し出た。
 だが、国王は難色を示した。幼い頃から王太子教育に励んできたエリザベスの優秀さは誰よりも国王が知っていた。彼女が王になれば、国は更に発展するだろう。
 
 ベネディクトは愛する前王妃との子で、これまでの不遇を思えば、よい待遇を与えてやりたかった。しかし、王太子は彼には荷が重すぎると判断した。
 独学で学んでいたとはいえ、ベネディクトは必要な教育を一切受けていない。普通の貴族であれば良いが、国王となると話は違ってくる。

 エリザベスがいる以上、無理にベネディクトを王太子にすることはない。それが、国王の決断だった。

 また、他にもエリザベスを邪魔する者たちがいた。

「叔父様たちが本当にうるさいのよ。元々わたくしがつくはずのなかった地位だというのに、欲をかくなんて。連座を免れただけでもありがたいと思わないといけないのに」

 王妃の実家ウィルソン家も、王太子の交代を強く反対していた。
 彼らは毎日のようにエリザベスに王太子のままでいるよう説得をしにきており、何度退けても食らいついてくるしつこさだ。間違いなく、彼らがエリザベスの一番の負担になっている。
 
 ウィルソン家は第一王子を悪魔憑きに貶めた王妃の血族ではあるが、銀山を有し莫大な富を築く有力貴族で、昔から国に貢献していた。
 エリザベスも幼い頃から国民のために力を尽くし、強い支持を受けていた王族だ。

 これまでの功績を考えると、王妃の罪をウィルソン家にまで背負わすべきではないとの意見が強かった。

「ベネディクト様は王太子の座を望んでいるとの噂がありましたが……」
「あくまで伝聞でしかないけれどね。モーガン伯爵がそう言っているだけで、お兄様が直接そうおっしゃったわけではない」

 モーガン伯爵が自身の都合の良いようにベネディクトの意見を捻じ曲げている。エリザベスを支持する者以外にも、そういう見方をされていた。

「お兄様に直接お聞きできればいいんだけれど……」

 ベネディクトは宮殿に移された直後、倒れたそうだ。長年の幽閉生活で体が弱り、開放されたことでそれまでの疲れが一気にでたらしい。

 国王が見舞ったそうだが、声も出ず、床に臥せっていたと聞いている。ひどく疲弊していたと。医師には命に関わるものではなく、療養すれば回復すると診断された。
 ベネディクトの意志は倒れる直前に聞いたとモーガン伯爵は主張している。 

「一度でいいから、お見舞いに行きたいわ」

 ぼつりとエリザベスが呟いた。
 モーガン伯爵はベネディクトの宮殿への立ち入りを国王以外に許していなかった。兄妹であろうとも、王妃の娘であるエリザベスは信用ならないと拒絶された。

「せめて、モーガン伯爵ではなく国王陛下が保護するべきでは……」
「最初はお父様もそうするつもりだったのだけれど、モーガン伯爵にたった一人の血縁者だからと訴えられて折れてしまったそうよ」

 王妃の策略に気づかず、ベネディクトに不遇を強いてしまった負い目があった国王は、自分がいつでも見舞いに行けること、国王付きの侍従を何人かつけることを条件に、モーガン伯爵に任せることにした。
 
「……ベネディクト様は本当にご無事なんでしょうか。モーガン伯爵は信用できません」
 
 モーガン伯爵は実の兄を殺した疑惑がある。血の繋がりがあろうとも、自分の利益のためなら平気で利用するのがモーガン伯爵という男だ。

「そうね……。お父様付きの侍従の話では、お兄様の待遇はとても手厚いそうだけれど、相手はあのモーガン卿だもの」

 モーガン伯爵にとってはベネディクトは権力を握るうえで必要不可欠だ。命に関わるような状況に追い込むことはないだろう。
 だが――
  
「ベネディクト様は王位を望んではいらっしゃいませんでした」

 本人も興味がないと言っていたし、ここ数か月、側で見てきてその意志はないことがうかがえた。
 このままではベネディクトは望まない争いに巻き込まれるのではないかとジェシカは危惧していた。

「それは出生の秘密を知る前でしょう? 本当は悪魔憑きではなかったと、王太子になるはずだったと認識なさった今では意見が変わっているかもしれないわ」

 そうなのだろうかと、ジェシカは視線を落とした。
 エリザベスの言うことも一理あると思ったが、ジェシカは納得しきれない。

「ねえ、お前ならお兄様の気持ちがわかるのではないかしら? 本来ならば自分のものだった地位を下の兄弟に奪われる気持ちが」

 ジェシカの脳裏に、ユージーンの姿が浮かぶ。
 ジェシカが血の滲むような努力で手に入れた後継者の座を、男に生まれたというだけで与えられた弟。

『後継者教育って、思っていた以上に難しいんですね。成し遂げられるか心配です』

 何も知らず、無邪気に笑う弟を見た時に湧いた感情がジェシカの胸によぎった。

「ベネディクト様に、お会いしたいです。殿下、許可をいただけませんか」 

 エリザベスは目を丸くした。自分に何かを願ったことがなかったジェシカが初めて頼み事をしたからか、それとも後継者争いを激化させかねない無謀なことをしようとしているからか。
 エリザベスの腹心であるジェシカがベネディクトに近づいたのがバレれば、モーガン伯爵は激しく反発するだろう。

 しばらくの思案の後、エリザベスは頷いた。

「お兄様が心配だもの。わたくしがお会いするのが許されないのなら、わたくしの目であるお前が行かなくてはね」
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