塔の悪魔は天を仰ぐ

あやさと六花

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17話 新たな幽閉地

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 豪奢なベッドに横たわったベネディクトは、ぼんやりと天井を見ていた。
 ひどい倦怠感が体にまとわりついていて、起き上がる気力もなかった。喉は焼け付くように痛く、声が出せない。

(なにか、盛られたな)

 そう判断したが、今更どうすることもできない。
 王妃に盛られ続けていたような致死性のある毒ではないだろう。
 ベネディクトはモーガン伯爵の有益な駒だ。命の危険のある薬は避けるはずだろう。おそらく、一時的に身体の自由を奪うだけのものだ。

(あのタイプの毒ならまだ耐性があったのに)

 おかげでまともに起き上がることもできないと、気だるげに視線を周囲に巡らせる。
 これまで見たこともないほど質の良い寝具や家具が揃えられた部屋だった。
 ベネディクトのために新調した、王族に相応しいものらしい。

『ベネディクト、お前は悪魔憑きなどではなかった』

 二週間前、ベネディクトは突然塔からこの宮殿に連れてこられた。そこで待機していたモーガン伯爵は、状況を理解できないベネディクトに、出生の真実を告げた。

『王妃のせいで遠回りしてしまったが……お前が次の国王になるんだ』

 モーガン伯爵は微笑んだ。優しい笑みだった。
 
 ベネディクトはありがとうと頷いた。頼りになる叔父がいてくれて助かると。
 甥の殊勝な反応に、モーガン伯爵は喜んだ。これからは自分がベネディクトについている、何も心配することはないと励ました。

 今後、モーガン伯爵はベネディクトの後ろ盾となるつもりだろう。
 右も左も分からないベネディクトを導き、国王に王太子を変更するよう迫るに違いない。

 そう推測していたが、モーガン伯爵は無事にベネディクトを後継の座に据えるまで、ベネディクトの自由を封じることを選んだようだ。ベネディクトの飲食物に薬を盛り、病気だと偽装して。

(猜疑心の強い男のようだな。それとも、僕の演技が下手だったか?)

 モーガン伯爵はベネディクトの前では優しい叔父の顔をしていたが、ジェシカの前では傲慢で横柄な姿を見せていた。信用ならない人間だと察し、適当に彼の望む振る舞いをしたつもりだったが、甘かったようだ。
 
 ベネディクトが裏切るのかもしれないと警戒しているのか、まともな能力がないと露見するのを恐れているのか。
 どちらにせよ、ベネディクトにとっては良くない方向に事態が進んでいる。

 (ジェシカは、無事だろうか)

 ベネディクトはしばらく会っていない侍女に思いを馳せた。

 ジェシカは数ヶ月前、ベネディクトの人生に現れた不思議な侍女だった。
 ベネディクトは当初、彼女に冷たく接した。侍女は危険だとこれまでの経験で嫌と言うほど学んでいたからだ。

 だが、ジェシカはこれまでの侍女と違って、ベネディクトに負の感情を見せることは一切なかった。
 真摯にベネディクトに仕え、心からベネディクトを心配した。

『あんなに身を乗り出して、自害なさるおつもりですか!?』

 ベネディクトが飛び降りようとしているのだと勘違いをし、必死に止めようとしたジェシカの姿が過る。

 ベネディクトは死ぬつもりは毛頭なかった。
 けれど、あの瞬間、あの窓から飛び降りれないかと考えたのは事実だ。常に命の危険にさらされる状況に疲れ果てていたから。
 怪我はしたくなかったから、飛び降りるつもりはなかったが。

(いざ塔から出られても、不満は残るものだな……)

 昔から、塔から出ることができたら、穏やかに暮らすことができたら、それだけでいいと思っていた。
 悪魔憑きと嫌悪されようが、なんの地位も与えられなかろうが、構わなかった。

 けれど、実際にそのような状況下に置かれてもベネディクトは素直に喜べなかった。

 ジェシカがいないからだ。ベネディクトの傍にいた彼女の安否は不明のままだった。
 薬を飲まされる前にモーガン伯爵に尋ねたが、彼は「彼女はいるべき場所にいる」としか答えなかった。

 その場所がエリザベスの元ならば、問題ない。寂しいが、ベネディクトの杞憂で終わる。
 だが、もし牢などだったら? 

 モーガン伯爵はジェシカを敵視していた。
 ベネディクトの病はジェシカのせいだと冤罪を着せるのかもしれない。

 腹心のジェシカが王族に危害を加えた疑いがかけられたのなら、エリザベスも責を問われるはずだ。
 だが、先日見舞いに来た国王はそのような話を一切していなかった。
 エリザベスは立場が危うくなるような目にはあっていない。それなら、ジェシカも無事だろうか。

 エリザベスは王太子だ。国王が愛した前王妃の娘であり、国民からの信も篤い。
 政敵とはいえ、そんな彼女を無理に引きずり落として反感を買うより、ベネディクトの正当性を訴えたほうがいいと判断したのかもしれない。
 国王が釘を差した可能性もある。

 いや、楽観的に考えすぎかもしれないとベネディクトは自身の考えを否定する。

 あの国王はあまり当てにできないだろう。
 彼はベネディクトに労りの言葉をかけた。その言動に深い愛情を感じたが、彼は声の出せないベネディクトが目で助けを乞うていたのに、全く気づかなかった。
 それどころか、ベネディクトの必死の訴えを、親に会えた喜びを伝えているのだと誤解までしていた。
 
 そもそも王妃の暗躍にも気づかずベネディクトを悪魔憑きとして幽閉した男だ。期待するだけ無駄だったのかもしれない。
 自力でどうにかするしかないだろう。

 だが、ベネディクトには打つ手がない。
 薬を抜こうと飲食を断っても、無理に食べさせられるだろう。それに抵抗するだけの力もない。
 モーガン伯爵が薬を盛らなくなるのを待つしかないのだろうか。

「……?」

 ふいに、カタリと音が聞こえた。
 疑問に思い、耳を澄ませるが、聞こえるのは静寂のみ。気の所為だったのだろうか。

 そう思った時だった。

「――ベネディクト様」
「!」

 聞き慣れた声に、ベネディクトは目を見開いた。

 この声は、まさか。

「良かった、こちらにいらしたんですね。お怪我などはございませんか?」

 寝台にかけより、心配そうにこちらを見つめるのは、ベネディクトが案じて止まないジェシカだった。
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