塔の悪魔は天を仰ぐ

あやさと六花

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19話 告白

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「ここにいたのね、ジェシカ」
 
 静寂に満ちた室内に、凛とした声が響いた。
 ジェシカが振り返ると、エリザベスが部屋の入り口に立っていた。二日ぶりに見る主の姿に、ジェシカは近づいて挨拶をしようとした。
 
「いいわ、そのままで。……お前、休んでいないそうね」

 エリザベスは心配そうにジェシカを見やる。
 
「忠実なのはいいことだけれど、少しは自分のことも労りなさい。お前が休もうとしないと、アネットが心配していたわよ」
「……はい。申し訳ございません」
「まあ、お前の気持ちはわかるけれど。……お兄様は、まだ目を覚されないのね」
 
 エリザベスは部屋の中央に置かれたベッドに目を向ける。そこにはベネディクトが眠っていた。
 モーガン伯爵から逃れるため、ジェシカを抱えて窓から飛び降りたベネディクトは数日経った今も眠り続けている。
 
「医師の話では、昏睡状態は一時的なもので、時期に目を覚ますだろうとのことです」
「そう。……こちらも大方、目処がついてきたわ」
 
 モーガン伯爵のことだと、ジェシカは察した。
 
 あの日、ベネディクトたちが飛び降りた音を聞きつけて、国王の護衛たちが様子を見に来た。
 飛び降りた直後はまだ意識があったベネディクトは、遅れて駆けつけた国王にモーガン伯爵の悪行を簡潔に伝え、意識を失った。投薬の影響や心身の衰弱のせいだろうと医師は推測した。
 
 悪事が露見したモーガン伯爵はすぐさま捕えられ、徹底的な調査をされていた。ベネディクトの証言や実際に使用された薬物も発見され、処刑は免れないだろうとのことだった。
 
 ここ数日、エリザベスはモーガン伯爵の処遇を決めるため、会議に追われていたらしい。
 
 その間、王城はかなりの騒ぎだった。
 ジェシカはベネディクトがこの部屋に運ばれてから付きっきりで看病していたため、全てアネットからの伝聞でしか知らなかったが。
 
「モーガン伯爵は処刑、モーガン家はとり潰しになるわ」
 
 モーガン伯爵家は長く続いた家系だ。かつての戦争で国や王族に貢献してきたこともあった。
 だが、王族に毒を盛った以上、避けられない結末だろう。
 
「ついでに、前モーガン伯爵の事故の件も再調査が入ることになったの」
「無事に事実が判明するといいですね」
「ええ」
 
 エリザベスは頷くと、包帯の巻かれたベネディクトの腕に視線を向けた。
 
「お兄様の怪我は腕の打撲だけのようね。二階とはいえ、飛び降りてそれで済んだのは幸いかしら」
「……幸いでしょうか」
 
 溢れてしまった声はひどく沈んでいた。
 常にない落ち込んだジェシカの様子に、エリザベスは目を瞬かせる。理由を問うているのだ。
 ジェシカは姿勢を正し、エリザベスをまっすぐに見据える。
 
「私はベネディクト様をお救いするために宮殿に忍び込んだというのに、逆に助けられた上、このような怪我を負わせてしまいました」
 
 本来であれば、ジェシカが下敷きになるべきだったのだ。
 悔恨の念に胸を痛ませながら、ジェシカは頭を下げた。
 
「申し訳ございません、殿下。いかようにも処分なさってください」
「何を言っているの。お前はわたくしの望み通り、幽閉されていたお兄様をモーガン伯爵から助けたでしょう。わたくしはむしろ、お前に褒美でもやろうと考えていたのよ」
 
 エリザベスは、色々考えているから楽しみにしていなさいと鷹揚に笑った。
 それでも顔色が晴れないジェシカに、エリザベスは優しく微笑んだ。
 
「何より、お前を守ったのはお兄様の意思でしょう。わたくしはそれを尊重したいの。負い目に感じないでちょうだい。お兄様も悲しむわ」
「……はい、殿下」
 
 確かに、ベネディクトが目を覚ました時に暗い顔をしていたら、心配させるだけだろう。
 ベネディクトは優しい人だから、自分のことよりもジェシカのことを気にかけるに違いない。
 
「お兄様がいつ目を覚まされるかはわからないけれど……もし目を覚ましたら、わたくしに秘密裏に伝えなさい」

 エリザベスはそう告げると、立ち去った。

 

 ひとり残されたジェシカは、眠り続けているベネディクトに目を落とす。
 モーガン伯爵に囚われていた頃よりは顔色は良くなっている。
 
「ベネディクト様、どうか早く目を覚まされてください」

 ベネディクトの穏やかな笑顔が瞼の裏に浮かぶ。明るい笑い声がジェシカの耳に蘇る。
 
 鬱屈な雰囲気の塔は、そこにベネディクトがいるだけで落ち着ける空間になった。閉塞された場所でも、ふたりで未来を語り合えば希望が持てた。

 あの日々が恋しい。彼とまたああしてともに過ごしたかった。

「……一緒に南方の地に行くと約束したではありませんか」

 花祭りに参加して、海岸を歩こうと。珍しい砂のある着心地を楽しんで、ベネディクトが転んだら助けると話していたのに。

 たとえ叶わぬ夢だとわかっていても、ベネディクトと花送りを見たいと強く思っていた。その理由は、もうジェシカにはわかっている。

「もし私が好きだとお伝えしたら、ベネディクト様はどんな反応をなさるのかしら」

 これまで一切そんな感情を見せていなかったから、きっと驚くだろう。目を丸くしたベネディクトの様子が頭に浮かんで、ジェシカは口元を綻ばせた。

 ふいに、開け放たれた窓から強い風が部屋に吹き込む。
 換気のために開けていたのだが、このままではベネディクトが体を冷やすかもしれない。

 閉じようと窓に近づいた時、背後から声が聞こえた。

「ーーとても喜ぶよ」
「え」

 振り向くと、ベネディクトと目があった。

「べ、ベネディクト様……いつから起きて……」
「ついさっき。……君が『したいことがある』と言ってたあたりかな」
「そう、ですか……」

 まさか、そこまでしっかり聞かれていたとは思わなかった。

「ジェシカ。こっちにきて」
「は、はい……」

 呼ばれるまま、ジェシカはベネディクトのベッドに近づく。羞恥で顔が熱い。
 ベネディクトが微かに笑う気配がした。

「そんなあからさまに視線をそらさなくても」
「……申し訳ございません」
「まあ、気持ちはわからないでもないけど。……僕も同じだから」

 驚いて顔を上げると、ベネディクトと目が合った。はにかむ彼の耳は赤く染まっている。
 ひとつ咳をして、ベネディクトはジェシカをまっすぐに見つめた。
 
「ジェシカ、僕も君が好きだよ」
 
 ジェシカの心臓が高鳴る。ますます顔が赤くなるのを感じた。

「い、いつからですか……?」
「結婚の話題を持ち出した頃にはもう意識してたと思う」
「そんなに前から……?」

 気がつかなかったと、ジェシカは目を白黒させる。
 
「君は僕をそういう対象では見てなかったからね。僕の立場や君の性格上のことでもあるだろうけど……以前の僕はあまりに貧弱だったから、気持ちを伝えるにも、まず少しでも異性としてみてもらえるようにならないといけないと思って。こっそり体づくりに励んでたんだよ」

 言われてみれば、とジェシカは思い返す。
 モーガン伯爵から逃げる時に、ベネディクトはジェシカを難なく抱き上げていた。薬のせいか、多少のふらつきはあったが、ジェシカを抱き上げられなかった頃とは大違いだ。

「だから、最近肉料理のリクエストが多かったんですね」
「そう。最初はきつかったけど、おかげで大分体格も良くなったよ」

 ベネディクトは朗らかに笑い、だから、と言葉を続けた。

「僕と一緒になってくれないか」

 その誘いに、ジェシカは笑顔で頷いた。
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