偽りから始まる恋

あやさと六花

文字の大きさ
1 / 8

一日目 アシュトン・ガザードの失態

しおりを挟む
 アシュトン・ガザードは人生最大とも言える過ちを犯してしまった。

「ガザード様、よろしければ少しお話ししませんか?」
 
 吊り目がちの目を伏せ、ほんのり頬を赤く染めてそうアシュトンを誘ったのは、ひとつ年上の子爵令嬢、レイチェル・ハリスだ。
 漆黒の髪に茶の目を持ち、真面目で冷静沈着、友人の令嬢たちとは親しげに会話をするのに男性には無愛想の根っからの男嫌いと噂されている。これまで舞踏会で何度か挨拶を交わしたことはあるが、親しく会話をしたことなどない。
 彼女の態度から好かれていないことはわかっていたので、あまり関わらないようにしていた。

 今日の舞踏会でも彼女とこうして話をするなど想像もしていなかった。次代のガザード子爵として、アシュトンは社交や結婚相手を探すために、気合いを入れて参加しただけなのに。

(まさか、こんなことになるとは……)
 
 レイチェルの手にあるワイングラスを見やる。あれはアシュトンが飲むはずだった、惚れ薬入りのものだ。飲んだ直後に見た相手に惚れるため、誰の前で飲むか非常に悩んでいた。
 そんな時に咳をしているレイチェルを見かけ、咄嗟にまだ口をつけてないからと考えなしに渡してしまった。
 
 惚れ薬。明らかに胡散臭いそれをアシュトンにくれたのは、腐れ縁の友人バートだ。先日、薬師のご婦人を助けたお礼にもらったらしい。
 安全性は高く、実際にバートが婚約者の前で飲んだが、問題はなかったとのこと。一層婚約者を好きになったので、効果はあるそうだ。
 しかし、あの男は前から婚約者にベタ惚れしているので、ただの錯覚だと思うが。
 
 せいぜい滋養強壮程度の効果しかないだろう。そう呆れながらも惚れ薬を飲もうとしたのは、心のどこかで恋に憧れる気持ちがあったから。

 この国の貴族社会は、付添の者を同行させ純潔を守れば婚約前の恋愛は認められている。家格が釣り合っていれば、恋人と婚約し結婚に至ることもある。
 アシュトンの友人にもそうして婚約した者も多く、友人たちの幸せそうな様子を見ていると、一度くらいは恋をしてみたくなったのだ。
 
「……無理ならば、良いのですが」
 
 悲しそうに眉を下げるレイチェルに、アシュトンは慌てて口を開いた。

「わかりました。……少し、テラスに出ましょうか」
 
 レイチェルの顔が綻び、アシュトンの胸が痛んだ。彼女はきっと恋した相手と幸せなひとときを過ごせると思っているはずだ。
 
 テラスにはひとけがなく、聞かれたくない話をするにはちょうど良い。
 アシュトンはレイチェルに洗いざらい打ち明けた。

 惚れ薬に頼ろうとしたことはアシュトンにとって墓場に持っていきたいほど恥ずかしいことだった。
 しかし、巻き込んだ以上話すべきだ。それに、真面目なレイチェルなら他言することはないだろうと信頼できたのも大きい。
 
「では、私の今のこの恋心は薬で作られたということですか?」
「はい。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません。効果は一週間ほどでなくなります」

 そうですかと返事をするレイチェルの声音は明らかに沈んでいた。自分の恋心が偽りだったと知ってがっかりしたのだろう。

「何か、お詫びをいたします。僕にできることでしたら何でもおっしゃってください」
「……でしたら、恋人としてデートをしてくださいませんか?」
 
 アシュトンは驚いてレイチェルを見返す。嘘の感情を植え付けた相手とデートをしたいものだろうか。
 アシュトンの疑問を察したのか、レイチェルは恥ずかしそうに微笑んだ。
 
「私、今まで恋をしたことがなかったんです。誰かに大きく心を動かされたこともなくて。だから、たとえ嘘だとしてもこの状況が楽しいんです」
 
 惚れ薬まで飲んで恋をしたかったアシュトンにはレイチェルの気持ちが理解できた。

(もしかしたら、彼女も恋に憧れていたのだろうか?)

 レイチェルは色恋には興味がなさそうに見えた。だが、周囲に気取らせないように隠していただけなのかもしれない。
 アシュトンだって、恋に憧れていることを誰にも言ったことはない。何故か、友人たちにはバレてしまってはいるが。
 
「効果がきれるまでで構いません。それまでどうか恋人になっていただけませんか?」

 彼女の申し出に躊躇うことなく頷いたのは、贖罪の念だけでなく、彼女の思いに共感したのもあったからだろう。

「僕で良ければ、喜んで努めさせていただきます」

 こうして、アシュトンは一週間の間、レイチェルと恋人として過ごすことになったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

契約婚のはずが、腹黒王太子様に溺愛されているようです

星月りあ
恋愛
「契約結婚しませんか? 愛を求めたりいたしませんので」 そう告げられた王太子は面白そうに笑った。 目が覚めると公爵令嬢リリカ・エバルディに転生していた主人公。ファンタジー好きの彼女は喜んだが、この国には一つ大きな問題があった。それは紅茶しかないということ。日本茶好きの彼女からしたら大問題である。 そんな中、王宮で日本茶に似た茶葉を育てているらしいとの情報を得る。そして、リリカは美味しいお茶を求め、王太子に契約結婚を申し出た。王太子はこれまで数多くの婚約を断ってきたため女性嫌いとも言われる人物。 そう、これはそのためだけのただの契約結婚だった。 それなのに 「君は面白いね」「僕から逃げられるとでも?」 なぜか興味をもたれて、いつしか溺愛ムードに突入していく……。

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

【近日削除予定】男装令嬢クリスティーナのお見合い結婚

日夏
恋愛
前世が男性の、男装令嬢クリスティーナのお見合い話。 ※2026.1.25 追記※ お読みいただきありがとうございます。 短編としてUPしていますが、文字数足らずのため近日削除予定です。 詳細は、近況ボードにて。

奏でる甘い日々に溺れてほしい

恋文春奈
恋愛
私は真夜中にお屋敷を抜け出した 奏音と執事の律に溺愛される日々 抜け出さなかったら出会えなかった運命の人に… あなたと秘密で真夜中に出会えた関係から始まる…! 「俺は有咲の王子様」 「有咲、大好きだよ…結婚を前提に俺と付き合ってください」 二階堂奏音 イケメン隠れピアニスト×藤原有咲 素直な美人お嬢様

あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~【after story】

けいこ
恋愛
あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~ のafter storyです。 よろしくお願い致しますm(_ _)m

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!

翠月るるな
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。 侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。 そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。 私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。 この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。 それでは次の結婚は望めない。 その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。

処理中です...