偽りから始まる恋

あやさと六花

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二日目 初デートに浮かれる

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 ハリス子爵家の応接間で、アシュトンは緊張を和らげるべく、大きく深呼吸をした。
 髪は乱れてないか、服装は問題ないか、何度も確認する。

「大丈夫……だよな?」

 出かける前、従者たちに相談に乗ってもらい、散々悩んだ末に服装を決めた。貴族令息として身だしなみに気を使うのは当然のことだが、今日は絶対に失敗できないため気合を入れていた。
 なにせ、デートなのだ。それも人生最初のデートだ。
 かっこ悪い男が相手役ではレイチェルに申し訳がない。

 本来であればレイチェルが好きそうな格好をしたかったのだが、彼女の好みがわからなかった。

 自分では悪くないとは思うのだが、レイチェルも同じように思ってくれるとは限らない。
 そもそも、彼女はアシュトンの服装に興味などないのかもしれない。
 舞踏会で、アシュトンがどれだけ気合を入れた服装をしようとも、レイチェルは仏頂面か引きつった笑顔を浮かべるだけだったから。

「僕ひとりが、空回りしてるだけかもしれないな……」

 少し悲しくなったその時、扉を開く音が聞こえた。

「ガザード様。お待ちしておりました」

 レイチェルが室内に入ってくる。いつも通り、彼女の服装や仕草は品があり、完璧だった。
 だがーー

「お会いできて嬉しいです」

 その笑みはいつもの愛想笑いとは違い、温かみのあるものだった。心からアシュトンと会うのを楽しみにしていたのだと感じられる笑みだ。

「……ガザード様?」

 心配そうにこちらを見上げるレイチェルの声に、アシュトンは慌てて背筋を伸ばした。

「いえ。こちらこそ、お会いできるのを楽しみにしていました」
「昨日の今日で申し訳ございません。どうしても、一日でも多くお会いしたくて……」

 惚れ薬の効果は一週間。それまでにできるだけたくさん思い出を作りたいというのがレイチェルの希望だった。
 だから、アシュトンも予定を変更して、極力レイチェルの希望に沿うことにした。

「ちょうど空いてたので気にしないでください。……今日の予定なのですが、歌劇はお好きですか?」

 アシュトンはチケットを二枚取り出した。
 最近人気の演目だ。取るのは難しく、ダメ元でバートに相談したところ、快く譲ってくれた。
 今回の成果を彼に報告する義務と引き換えにという交換条件がついたが。

 あの男はアシュトンの失態を完全に面白がっており、デートに関する知識を教えてくれたが、どこまで信じていいのかわからない。
 これまでこっそり本などで蓄積した知識と照らし合わせて活かしていくしかない。
 
「まあ、この演目、見てみたかったんです! 友人が先日見たそうですが、絶対に見たほうがいいと言ってて……とても楽しみです」
「……そうですか。では、行きましょうか」

 アシュトンはエスコートのために腕を差し出す。ぎこちない動きだ。けれど、レイチェルは嬉しそうに微笑むと手を添えた。




「素晴らしかったですね」

 レイチェルは満足そうにため息をついた。
 それにアシュトンは同意するが、正直なところ、隣のレイチェルが気になって歌劇どころではなかった。

「ガザード様?」
「あ……。すみません、つい浸ってしまって……」
「ふふ。ガザード様も楽しめたようで、嬉しいです」
 
 レイチェルはふわりと微笑んだ。アシュトンはその可愛らしさに一瞬目を奪われる。
 
 だが、すぐに気持ちを切り替える。今は初デートだ。ぼんやりしてばかりでは格好がつかない。

 アシュトンは姿勢を正すと、レイチェルに向き直る。

「ちょうど時間ですし、屋敷にお送りします」

 本当は晩餐を共にしたいところだが、アシュトンはデート初心者だ。歌劇だけでもいっぱいいっぱいだったのに、晩餐も、となると何かしらやらかさない自信はない。

(それに……晩餐は本当に愛する人とがいいだろうし)

 恋人同士が晩餐をとるのは既に婚約済みか婚約直前の関係の時が多い。いくら恋人の気持ちを味わいたいからと言っても、晩餐は相思相愛の相手とするべきだろう。

 アシュトンは礼儀正しく、格好良く見えるように意識しながらレイチェルをエスコートし、ハリス子爵家まで送り届けた。

「今日はありがとうございました。本当に楽しかったです」
「こちらこそ。では、また明日」

 レイチェルとお付きの侍女に見送られ、アシュトンは帰路についた。
 ひとり馬車に揺られながら、今日のデートを思い出す。

 美しく着飾りアシュトンの前に現れたレイチェル、優しく笑みを浮かべるレイチェル、キラキラとした目でいかにヴァイオリニストの腕が良かったかを語るレイチェル。

(……最高の初デートだった)

 アシュトンはしみじみと噛み締める。
 恋人役を持ちかけられた時、自分に務まるのかと不安に思ったが、この調子ならばやっていけそうだ。

「明日も、楽しみだな」

 アシュトンは胸を弾ませながら、明日のプランをもう一度見直すのだった。
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