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第1章 おすすめはスプモーニ
第3話 忘れたふりの理由
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彼女は本当に覚えていないのか、それとも――。
その問いが、頭の中で何度も反響していた。
「おふたり、もうグラス空いてるね。次、何にする?」
向かいに座っていた北村が声をかけてきた。気づけば、スプモーニはもうほとんど残っていなかった。
「じゃあ、私はジントニックで」
志穂はそう言って、さらりとメニューを閉じた。
俺は同じものを頼もうとしたが、ふと口をつぐむ。
スプモーニ――彼女と過ごした唯一の夜、彼女が飲んでいたカクテル。
グレープフルーツの香りと、赤い液体のグラス。それが印象に残っている理由は、たぶん味のせいじゃない。
「……俺は、ハイボールで」
「あら、苦味に飽きた?」
冗談めかして笑う志穂に、「いえ、ちょっと喉が乾いて」と答えながら、視線をそらす。
忘れたくないのに、忘れたふりをするのは――思っていたより、難しい。
•
乾杯の音や、笑い声が店内に満ちていく中で、俺の心だけが少し浮いていた。
彼女の仕草、声の調子、表情。
一度きりの出会いにしては、ずっと鮮明に残っている。
あの夜、酔った勢いで誰かとキスしたとか、連絡先を交換したとか、そんな出来事があったわけじゃない。
ただ、カウンター越しに他愛のない話をして、スプモーニの色と香りを覚えているだけ。
でも、その記憶は妙に心地よく、少しだけ苦かった。
まるでこのカクテルみたいに。
•
「ちょっと、外の空気吸ってくる」
志穂がふいに立ち上がった。手にはスマホだけ。コートもバッグもそのまま置かれている。
「付き合おうか?」
そう言いかけて、やめた。
彼女は小さく首を振って、テーブルの端に視線を落としたまま言った。
「……すぐ戻るから、大丈夫」
そして、何かを隠すように笑って店の外へ出ていった。
その笑顔が、スプモーニの泡みたいに、消えてしまいそうで――俺は思わず、残ったグラスを見つめた。
グレープフルーツの香りだけが、まだそこに残っていた。
その問いが、頭の中で何度も反響していた。
「おふたり、もうグラス空いてるね。次、何にする?」
向かいに座っていた北村が声をかけてきた。気づけば、スプモーニはもうほとんど残っていなかった。
「じゃあ、私はジントニックで」
志穂はそう言って、さらりとメニューを閉じた。
俺は同じものを頼もうとしたが、ふと口をつぐむ。
スプモーニ――彼女と過ごした唯一の夜、彼女が飲んでいたカクテル。
グレープフルーツの香りと、赤い液体のグラス。それが印象に残っている理由は、たぶん味のせいじゃない。
「……俺は、ハイボールで」
「あら、苦味に飽きた?」
冗談めかして笑う志穂に、「いえ、ちょっと喉が乾いて」と答えながら、視線をそらす。
忘れたくないのに、忘れたふりをするのは――思っていたより、難しい。
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乾杯の音や、笑い声が店内に満ちていく中で、俺の心だけが少し浮いていた。
彼女の仕草、声の調子、表情。
一度きりの出会いにしては、ずっと鮮明に残っている。
あの夜、酔った勢いで誰かとキスしたとか、連絡先を交換したとか、そんな出来事があったわけじゃない。
ただ、カウンター越しに他愛のない話をして、スプモーニの色と香りを覚えているだけ。
でも、その記憶は妙に心地よく、少しだけ苦かった。
まるでこのカクテルみたいに。
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「ちょっと、外の空気吸ってくる」
志穂がふいに立ち上がった。手にはスマホだけ。コートもバッグもそのまま置かれている。
「付き合おうか?」
そう言いかけて、やめた。
彼女は小さく首を振って、テーブルの端に視線を落としたまま言った。
「……すぐ戻るから、大丈夫」
そして、何かを隠すように笑って店の外へ出ていった。
その笑顔が、スプモーニの泡みたいに、消えてしまいそうで――俺は思わず、残ったグラスを見つめた。
グレープフルーツの香りだけが、まだそこに残っていた。
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