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単純な想い
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私は大体の伏兵を無力化した。この間、私は祈りながら動く以外にはなかった。ミュルの戦闘能力を以てしても片付けきれるかどうか、そこが問題であった。私がアサルトライフルのスコープを覗き、その場を確認すると、ミュルは死体の山に、形容などではない真の亡骸の山積みに座り肩で荒く息をしていた。その手には軍のものと思われるレシーバーが握られていたが、やがてそれを投げ捨てた。
そして彼女はこちらを見つけ、手招きをした。私は急いで駆け寄る。
「ミュルお姉様――」
その姿は壮絶だった。服は真っ赤に染まり、右腕は跡もなく、その両足からは所々白いものが見えていた。最早傷口からは血すら流れておらず、白い肌は青くなりつつあった。
「クロレ……ああ、これで逃げられるな……」
「そうです、逃げられます! さあ、肩を貸しますから――」
ミュルはかぶりを振った。
「いんや……その必要はないよ。さっきそいつのレシーバーからドタバタした音が聞こえてきたぜ。どうやらこっちに来てるみたいだ。私が思った以上に制圧できなかったのは焦ってたみたいだが……もうじき来る」
ミュルは左腕で器用に煙草を咥え、私に笑いかけた。
「クロレ……火はねえか」
「………………」
ライターで火を灯すと、あまりに弱々しい灯りが点った。
「ミュルお姉様。あなたが死ぬなら私も最期まで――」
「馬鹿を言うんじゃねえ。……お前はアイリスの気遣いを無駄にすんのか。きっとアイリスはお前にこう言ったはずだぜ。……『せめてクロレお姉様でも生き延びて、幸せに暮らしてください』……ってな」
事実であった。アイリスはこの顛末を恐らくは知っており、ミュルの死も予見していたのだろう。ミュルは煙を吐き出す。
「……クロレ。お前は殺しに染まりきっちゃいねえ。こんな稼業は畳んじまってよ……。隣国にでも亡命して穏やかに暮らせばいい。私には……どちらにせよ選べない未来さ」
「……そんな。私は、私は三人で……!」
三人で生きたかった。三人で昼下がりにお茶をして、他愛のない窓の外の景色を美しいとぼやいてみたり、海を見て綺麗だと吐きたかったのだ。私一人で生きたって意味などない。
しかし、その思いの丈をぶつけようにも喉が締まって何も話せなかった。頭ではミュルと別れなければならないことがはっきりと分かっていたのだ。
ミュルが優しく微笑んだ。
「分かってる、分かってるさ、クロレ」
ミュルはふと疎ましそうに遠くを見据えた。恐らく言っていた軍が来るのだろう。
「お別れの時間だ、クロレ。時間は稼ぐ。どうにか国外まで逃げろ。アイリスが見た未来なんだ、諦めなければ上手くいく」
ミュルは煙草を指に挟み、私を見つめる。やがて彼女は煙草を捨て、彼女は自らの相棒であるナイフを渡してきた。受け取ると彼女は満足そうに笑い、そして、
「……愛してるぜ、クロレ」
あのあたたかい言葉が、ずっと耳にこびりついている。
ミュルは迫り来る軍隊には目もくれず空を見上げていた。憎たらしいほどに平穏な空。ミュルがどれ程殺しを好いていようとも、姉妹を危険に晒すことだけはしたくなかった。形は違えど、ミュルもクロレのように平和な日常を望んでいたのだ。
だが三女のアイリスを失った。次女のクロレを守ることも能わない。ここで自分は終わりなのだ。そう思うと、もう三人の日常が訪れない事が悲しかった。
「……紅茶、断らなきゃよかったな」
アイリスの淹れてくれる茶を、まともに味わうことなんてなかった。それもまた惜しいことの一つであった。
ミュルはいくつかの後悔を数えながら、いくつも安全ピンが連なったワイヤーを引き上げた。
そして彼女はこちらを見つけ、手招きをした。私は急いで駆け寄る。
「ミュルお姉様――」
その姿は壮絶だった。服は真っ赤に染まり、右腕は跡もなく、その両足からは所々白いものが見えていた。最早傷口からは血すら流れておらず、白い肌は青くなりつつあった。
「クロレ……ああ、これで逃げられるな……」
「そうです、逃げられます! さあ、肩を貸しますから――」
ミュルはかぶりを振った。
「いんや……その必要はないよ。さっきそいつのレシーバーからドタバタした音が聞こえてきたぜ。どうやらこっちに来てるみたいだ。私が思った以上に制圧できなかったのは焦ってたみたいだが……もうじき来る」
ミュルは左腕で器用に煙草を咥え、私に笑いかけた。
「クロレ……火はねえか」
「………………」
ライターで火を灯すと、あまりに弱々しい灯りが点った。
「ミュルお姉様。あなたが死ぬなら私も最期まで――」
「馬鹿を言うんじゃねえ。……お前はアイリスの気遣いを無駄にすんのか。きっとアイリスはお前にこう言ったはずだぜ。……『せめてクロレお姉様でも生き延びて、幸せに暮らしてください』……ってな」
事実であった。アイリスはこの顛末を恐らくは知っており、ミュルの死も予見していたのだろう。ミュルは煙を吐き出す。
「……クロレ。お前は殺しに染まりきっちゃいねえ。こんな稼業は畳んじまってよ……。隣国にでも亡命して穏やかに暮らせばいい。私には……どちらにせよ選べない未来さ」
「……そんな。私は、私は三人で……!」
三人で生きたかった。三人で昼下がりにお茶をして、他愛のない窓の外の景色を美しいとぼやいてみたり、海を見て綺麗だと吐きたかったのだ。私一人で生きたって意味などない。
しかし、その思いの丈をぶつけようにも喉が締まって何も話せなかった。頭ではミュルと別れなければならないことがはっきりと分かっていたのだ。
ミュルが優しく微笑んだ。
「分かってる、分かってるさ、クロレ」
ミュルはふと疎ましそうに遠くを見据えた。恐らく言っていた軍が来るのだろう。
「お別れの時間だ、クロレ。時間は稼ぐ。どうにか国外まで逃げろ。アイリスが見た未来なんだ、諦めなければ上手くいく」
ミュルは煙草を指に挟み、私を見つめる。やがて彼女は煙草を捨て、彼女は自らの相棒であるナイフを渡してきた。受け取ると彼女は満足そうに笑い、そして、
「……愛してるぜ、クロレ」
あのあたたかい言葉が、ずっと耳にこびりついている。
ミュルは迫り来る軍隊には目もくれず空を見上げていた。憎たらしいほどに平穏な空。ミュルがどれ程殺しを好いていようとも、姉妹を危険に晒すことだけはしたくなかった。形は違えど、ミュルもクロレのように平和な日常を望んでいたのだ。
だが三女のアイリスを失った。次女のクロレを守ることも能わない。ここで自分は終わりなのだ。そう思うと、もう三人の日常が訪れない事が悲しかった。
「……紅茶、断らなきゃよかったな」
アイリスの淹れてくれる茶を、まともに味わうことなんてなかった。それもまた惜しいことの一つであった。
ミュルはいくつかの後悔を数えながら、いくつも安全ピンが連なったワイヤーを引き上げた。
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