『二十六時のアオイヒカリ』

まとめなな

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時間を撮るということ

第十八章 線路守の取引

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 若葉が萌える五月初旬。幽光ラインは正式開業から一ヶ月を過ぎ、町には連休の観光客が押し寄せていた。ホームの吹き抜けに初夏の光が降り注ぎ、青光フィルタ窓は翡翠色の影を床へ落とす。照人はカメラバッグを肩に、兄と茅乃、九条と共に最終列車の回送便に乗り込んだ。行き先は山奥の信号場――線路守・空が「決算交渉」を求めてきた場所だ。帳簿の年度替わりに合わせ、“時間の商品化”のルールを再設定するという。  

◆ 信号場の帳簿室  

 夜八時。無人信号場の詰所には木の長机と旧式信号レバーが一本だけ残る。白札が滑り、影となって空が姿を取る。  
 「観光による時間取引は想定を超えた利益を生んだが、過剰流通は崩壊を招く。年度上限を八割に抑える条項が必要」  
 兄は帳簿を開き数字を追う。「需要は伸びている。八割では赤字部門が出る。代替収益案を」  
 空は切符を置く。〈特別貨車一編成 “記憶原石”積載〉。観光客の落とし物やネガの死角に残る残像粒を結晶化した原石を線路守へ譲渡すれば、二割超過を黙認するという。  

◆ 記憶原石のリスク  

 「原石は深層記憶を含む。安易な換金は精神の空洞化を招く」と茅乃。  
 空はうなずく。「だから価値が高い。取捨選択が管理者の責務」。タイムリミットは十五分。  

◆ フィルム固形化・第三案  

 九条が望遠鏡型カメラを掲げる。「原石を撮影しネガへ封じ匿名結晶にする。これを渡せば個人被害ゼロ」  
 空は〈固形ネガ 一万コマ以内〉と記す。兄と照人は頷いた。  

◆ 撮影実験  

 貨車ヤードの半透明鉱石にライトを当てると昔の家並みがちらつく。望遠鏡カメラで一秒露光。鉱石は無色化し、カメラ内で銀無地ブロックが生成。匿名化成功。空は受け取り帳簿へホチキス留め。  

◆ 取引成立とアフターケア  

 帳簿に〈年度枠+二割 認可〉の赤印。空は白札へ戻り〈監査は半年後〉と残す。兄は「節度が試される」と呟き、照人は残光を見つめた。匿名でも誰かの温度が鼓動している。  

◆ 未来への備忘  

 茅乃はPCへ入力しつつ「線路守は共同作家だ」と言い、照人は〈映して守り、匿名で解放〉と書き添えた。汽笛が影の帳簿室にも届き、未来の線路は延びていく。  

◆ エピローグ一分前  

 深夜二十五時。兄は空車の貨車へ無色鉱石を一つ積み込む。「家族アルバムの空白かもしれない」。撮らずに抱えた時間を尊重しつつ、列車は未来へ動き出す。針は止まったままでも車輪は回り、写真家たちの帳簿にはまだ空白のフィルム番号が残る。  

◆ 余白のシーン  

 帰路、谷あいの高台で止まった時計を月へ翳すと針の影が月面で橙に発光。茅乃は「残すより抱えるほうが温かい瞬間もある」とシャッターを閉じ、九条は「映さない勇気は映す技術と同価値」と呟く。夜空の星座はレールのように連なり、未登録の色が脈打つ。それをいつ引き受けるか――来期の撮影計画は、もう始まっていた。
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