失われた歌

有馬 礼

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第2部 帝都ローグ篇

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〈バルクの気持ち、言ってくれて嬉しかった〉
 唇を柔らかく触れ合わせる。
 バルクはリコの胸に顔をうずめる。
「恥ずかしい。全然大人になれない。きみに、甘えてばっかりで」
〈わたしに?〉
 驚きを隠せない。
〈わたしこそ…。バルクは穏やかで、クールで、でも優しくて、いつも笑ってて、なんでも受け止めてくれて、真剣に話を聞いてくれて、いつもわたしのことを考えてくれて、甘えてばっかりだなぁって。だから、バルクもやきもち妬くんだってわかって、ちょっと嬉しかったの。もっとバルクの気持ち、見せて。水の魂の人。狼の魂の人。…わたしの特別な人〉
 リコはバルクの髪をかきあげる。
「…神獣を封印した日」バルクはリコの胸に顔をうずめたまま言う。「塔に帰ってきて、きみが魔物たちを癒したり抱き合ったりしてるのを見ていて、ああ、これが、『あなたたちみんなを。そして1人ひとりを』ってことなのか、と思って、目が離せなかった…。無条件に愛し愛されてるところを見て、心が、ざわざわした。ただでさえ疲れていたのに、きみは惜しげもなく自分を魔物たちに分け与えてた。僕の踏み込めない世界だった。きみと魔物たちのこれまでを考えれば、当然のことなのに。僕はここでは新参者だって、わかっているのに、疎外感を感じて、切なかった」
 リコは驚いて、身体をずらして、バルクの顔を見た。少し目が赤い。泣いてる? 頬を撫でる。
〈ごめんなさい…。わたしにとっては当たり前のことだったから、あなたがそんなふうに感じてたなんて…。考えもしなかった。ごめんなさい、気づかなくて〉
 バルクはもう一度、リコの胸に顔をうずめて、首を振る。
「謝らないで。きみはそのままでいて。前にルーが言ってた。優しいのはリコだって。リコの力を感じるところにいると、優しい気持ちになるって。きみは、そのままでいてほしいんだ。変わらないで。僕のこれは、どう言い訳したって、嫉妬だから」
〈ありがとう。魔物たちは、わたしの大切な家族なの〉
「うん、わかってる。頭では」
 バルクは首を伸ばして、リコにくちづける。わかっているのに、時々苦しい。でもこの苦しみも、自分で選んだものだ。
「僕は、結構面倒臭いんだ。嫌になる?」
 リコは笑って首を振った。
〈ううん。それで嫌になってたら〉リコはバルクの肩を押してくるりと仰向けにさせると、のしかかるようにして顔の両側に肘をつき、顔を近づける。〈わたしはどうなるの?〉
「え?」
 リコの柔らかい髪が顔に落ちかかる。リコの目が、初めて見る鋭い光を帯びる。狼の眼。この眼の名前、知ってる。嫉妬。いつの間に、こんな表情をするようになっていたのだろう。
〈ねえ、バルクは、初めて好きになった人はどんな人? 何ていう名前? 何歳の時? その人に、告白した? 手繋いだ? キスした? どんなところが好きだった? 初めてセックスしたのは? 相手は初恋の人? 初めてをあげるほど好きだったのに、どうして今一緒にいないの? 今まで恋人は何人いた? 忘れられない人はいる? 何ていう名前? その人と、わたしとするようなこと、した? その人に、わたしに言うのと同じこと言った? その人として、わたしとしてないこと、ある? どんなこと?〉
 答える暇を与えず、矢継ぎ早に質問を浴びせる。
〈って、訊いていいと思う?ってジュイユに言ったら〉
 リコの表情が、ふっと和らぐ。いつものリコだ。バルクは少しほっとする。
〈やめとけって。過去の、本人にも変えられない話を聞いても、何もいいことないからって。もっと苦しくなるだけだからって〉
 リコは身体を移動させ、バルクの胸に頭を載せた。バルクの胸を枕にして横になり、目を閉じて、ため息をつく。バルクはリコの腰の窪みに手を載せた。
「きみが聞きたいなら、洗いざらい白状する。でも、また今度でいい?」
 過去は過去でしかなかったし、彼女たちには幸せでいてもらいたいと切に願っているけれど、今この時間に入りこんできてほしくなかった。
 リコは目を閉じたままうなずいた。
〈聖域で亡くなったパーティに、女の人がいたことも、本当はちょっとショックだったの。なんとなく、男の人だけだと思ってたから〉
 ジェムハンター協会で抹消登録した時に、名前を確認したのでわかったのだろう。ジェムハンターの女性もそれなりにいるので、男女混合のパーティは珍しくない。
「そうか。言っておけばよかったね」
〈彼女は恋人?〉
 その質問には簡単に答えられる。
「ううん、違う。リアナは、同じパーティのグレイのことが好きだった。グレイがパーティに入ってきた時から、ずっと。今思えば、彼をパーティに誘おうって言ったのは、リアナだった気がするな。もしかしたら、一目惚れだったのかも。2人は恋人同士になって、そして、一緒に死んだ」
 バルクとリコはそれぞれに、亡くなった恋人たちのことを思った。
「でも」バルクはリコの頭を自分の肩にずらす。腕枕して、抱き寄せる。「ジュイユ師に、そんな相談してたんだね」
〈いけなかった?〉
「いや、意外だなと思って」
 どちらかというと、ジュイユが恋愛相談に付き合っていることが。
〈なぜか、ジュイユには最初から見抜かれてて。なんでわかるんだろう。だから、つい色々話しちゃって。バルクが運びこまれてきた時ね、最初はわたしが看るって言ったけど、ジュイユに「男にそんなふうに触るな」って叱られて。わたしだって、バルクのお世話したかった。水飲ませてあげたり、包帯替えてあげたりしたかったのに、「心を見せるな、話すな」って言われてた〉
 生死の境を彷徨っている間に、どんなふうに触れられていたんだろう。気になる。今度やってもらおう、と先の楽しみを作る。
「はじめ口をきいてくれなかったのは、ジュイユ師の指示だったんだね」
〈そう。わたしは、話がしたくて仕方なかったのに。毎日顔が見たい、会いにきて、って言いたかったのに。バルクがわたしに挨拶したいって言ってるって聞いて、すごくすごく嬉しかった。やっと近くで会えると思って。なのに。ずっと見張ってるんだもん〉
 その時のことを思い出して、リコはぷんぷん怒った。バルクに抱きついて身体を押しつけ、何度も大きく息をして、感情をやり過ごす。
 初めての面会の時、ジュイユは確かにずっと部屋にいた。当然こちらを監視していると思っていたが、まさか、逆だったとは。リコは真剣に腹を立てていて、いけないと思いつつ笑ってしまう。
「…まあ、ジュイユ師の心配は、妥当だよね」
〈なんで〉
 リコは怒った顔のまま、バルクを見る。
「だって、僕がどんな人間かもわからないのに」
〈わかるよ〉
 リコはちょっと頭を上げて、バルクの語尾にかぶせて、強い調子で言う。
〈わかる。魂を見れば、わかる…〉
 バルクの肩に頬ずりする。
 バルクは両腕でしっかりリコを抱き寄せて、くちづけた。愛しい。特別な人。唯一無二の人。
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