失われた歌

有馬 礼

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第4部 帝都地下神殿篇

6 面倒な者たち

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「魂に別の存在が入り込む、というのは多分、あなたの言うとおりだと思う」

 セストがリコに言った。

〈心当たりがあるのね?〉

 リコはセストに話すよう促す。

「俺は、現実でも夢でもない、闇の来訪者が作ったと思われる仮想的な空間で彼に会った。その時はわからなかったけど、あの部屋は、ナナカの魂の象徴のようなものだったのかもしれない」

 セスト、とナナカが悲しげに名前を呼ぶのが聞こえて、目を開けるとそこにいた。何もない白い空間。白いベッドの上で絡み合う裸の男女。

〈闇の来訪者はそこで何をしていたの?〉

「それは……俺の口からは言えない。ナナカの名誉に関わることだから。古都の大僧侶は、その闇の来訪者を、光と闇の和合を目論んで、人の世の理を無視している者だとおっしゃってた」

「光と闇の和合……」

 それまで黙っていたバルクが呟く。ちらりとヒューゴがバルクの方を見た。

「いや、帝都の地下にある混沌は、まさにそれだな、と思って」

「どういうことだ?」

 ヒューゴが尋ねる。

「光と闇は全ての属性を同時に持つ、真逆の存在だ。光と闇を足しあわせたら、何もなくなってしまうんじゃないかと思っていたけど、実はそうじゃないのかもしれない、と思って。光と闇を合わせてできるものはゼロじゃなくて、全ての属性を持ちながら、何の属性も持たない状態なんじゃないかな。まさに、帝都の混沌だよ」

「この社会がひっくり返るな」

 ヒューゴが呻く。

「そこに、ナナカの完全均衡の魂はどう関わってくるんだろうか」

 セストがおずおずと尋ねた。

〈魂の属性というは〉

 リコの言葉に全員が彼女の方を見る。

〈魂の力の方向性や大きさを決めるものなの。言い換えれば、その魂の限界を。でも、完全均衡の魂には、それがない。限界がない。だから、混沌と結びつけば、無限に混沌を増やすことができる……。この世界から属性が消えて、全てがひとつに混ざりあわさるまで……。そんなのは、絶対にだめ。止めなきゃ〉

「社会どころの話じゃなかったか」

「それでも、まず最初の出来事として社会の混乱が起こるのは間違いない。それに最前線で当たるのはきみたちだろうね」

「黙って見てるわけにはいかねーか」

 バルクの言葉に、ヒューゴはため息まじりに腕を組んだ。

〈セストは〉リコは真っ直ぐにセストを見た。〈ナナカを愛しているの?〉

 またこの質問だ。セストは戸惑う。

「俺は……」

〈もし、ナナカを愛しているのなら、彼女を救うためにわたしたちを手伝って。もし彼女に同情しているだけなら、ナナカはわたしが、精霊使いの守護者が預かる。あなたの役目はここでおしまい〉

 リコの、意図の感じられない、表情を欠いた目で見つめられてセストは一瞬言葉につまるが、しっかりと言い切った。

「俺は、彼女を愛している。彼女を救うために、俺の方こそ、あなた方の力を貸してもらいたい」

 ヒューゴが立ち上がって、にやにやしながら、ばん、と平手でセストの背中を叩いた。

「しょーがねーな、そういうことならよ」

「ありがとう。感謝する……」

「や、ほんとはよ、俺の方が頼みに来たんだよ」

「頼み?」

 セストは傍に立つヒューゴを見あげた。

「バルクとリコがメトロの闇の過集中を解除してくれて、しばらく平和だったんだけど、ここ数日で急激に状況が悪化しててよ。俺たち刑事だけじゃ対処できない、もう一回帝都に来てほしいって。けど今の話の流れから想像するに、この闇の要素の急激な上昇には、ナナカと、その闇の来訪者が絡んでると見て間違いないんだろう。そういうことだよな?」

 ヒューゴはリコの方を見る。

〈ウィンーウィンの関係〉

 リコはバルクを見上げた。

「……仕方ないな」

 バルクは肩をすくめた。

〈闇の来訪者は、身体から魂が長い時間引き離されていれば、いずれ衰弱して死んでしまうことは、分かっていると思う。身体が死ねば、魂も世にとどまってはいられない。限りある時間を最大限に使うつもりなのは、間違いない〉

「セスト、すぐにでも帝都に向かいなさい」

 黙っていた院長が口を開いた。

「ここは大丈夫だ。テオと私で何とかするよ」

「ありがとうございます。でも、ナナカは……」

〈彼女のことはわたしに心当たりがある。もし心配なら、見にきて〉

「それがいい。あいつら世話好きだからな」

 ヒューゴが白い歯を見せて笑った。


***


「いらっしゃい、待ってたわ」

 バルクの「離脱」で塔に戻ると、風が現れた。

「その子が『そう』なのね」

 風がバイザーに隠された顔をナナカに向ける。
 地下の厨房からジーとルーが駆けあがってきて、ヒューゴに飛びついた。

「よ、久しぶり。元気だったか?」

 突然現れた魔物にセストは驚いて思わず身体を固くするが、ヒューゴは笑って2体の魔物の頭をぐりぐりと撫でている。

「彼らは精霊使いの守護者につき従ってる魔物たちだよ。ここにはたくさんいるけど、心配いらない」

 バルクがセストに言う。

〈従えてるかな……?〉

 リコが首を捻った。

「あなたは……?」

 セストが風に尋ねる。

「私は風。リコの精霊」

「精霊!?」

 セストは驚愕する。人の姿をとる精霊を見たのは初めてだった。

「そう。あとで他のも来ると思うわ」

「リコは精霊使いの守護者だからね。他の3つの要素の精霊もいる」

 バルクが補足する。
 
「そうか、闇の属性の持ち主だから……」

 知識として知ってはいても、普段交流のない精霊使いの実態はセストも詳しくは知らなかった。精霊使いたちは寺院の教義に帰依しない。

「ねえ今日は泊まるんでしょ?」

 ジーがヒューゴの手を引っ張って言う。

〈今日は泊まるのかって〉

 リコが通訳する。

「や、そうしたいんだけどよ、今忙しいんだ。悪いな。今日ここに来るのも、同僚にカバーしてもらってようやく時間が取れたんだよ」

「ちゃんと食べてる?」

 ルーが首を傾げて尋ねる。

〈ちゃんと食べてる?〉

「うーん、ちゃんとは食ってねえな。栄養バーで済ませてる」

「だめだよちゃんと食べなきゃ」

 ルーは足で石の床を打った。

〈ちゃんと食べなきゃだめだよって〉

「はは、わかったよ。お前らくらいだな、俺の心配してくれるの」

「立ち話もなんだから、移動するわよ」

 風が声をかけると風景が切り替わる。最上階の食堂に移動した。それに合わせるように、ジュイユも現れる。どうみても魔物の老人だったが、他のメンバーがあまりにも平然としているので、セストは驚くこともできずにただただ戸惑う。

「最近ここに来るのは」ジュイユがしわがれた声で言う。「面倒な者ばかりだな」

 様々な姿をした魔物たちが、わらわらと塔中の椅子を集めて持ってきた。何とか数は足りたようだ。セストはナナカを椅子に掛けさせようとしたが、ガタついていたため自分がその椅子に座ることにして、ナナカを安定した方の椅子に掛けさせた。

〈ジュイユ、完全均衡の魂の人に会ったことある?〉

「完全均衡だと?」

〈そう。彼女が〉

 リコがナナカを示す。ナナカは相変わらず曖昧に視線を床に向けているだけで、自分の名前が呼ばれても何の意思も示さなかった。
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