失われた歌

有馬 礼

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第4部 帝都地下神殿篇

8 甘美で一方的な空想

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 ファミリアたちが、ナナカの部屋はこれでいいか見てほしいと言うので、セストはナナカの手を引いて、リコとファミリアたちの後に続いた。
 石造りの塔はかなり古いものであると推測されたが、手入れが行き届いていて、また何度も補修された痕跡があった。

 案内されたのは、よく陽のあたる、小さな部屋だった。ベッドと小さなテーブルがあり、簡易なバスルームがついている。

〈この子たちが、ナナカは毎日どうやって生活してるのか教えてほしいって〉

 セストは簡単に寺院の1日を答える。本当は自分のリズムで生活させてやりたかったが、日常業務をこなしながらだと、どうしても手が足りず、自分たちに合わせて生活させるしかなかった。

「特に、散歩を必ずさせてあげてほしい。ずっと座ったり横になったままだと身体が弱ってしまうから。彼女は、すごく腕の良い弓使いなんだ。本当は弓を引くトレーニングもさせてあげたいんだけど、武器はコールリングの中だし、そもそも寺院の庭で武器を振り回すわけにもいかなくて」

 セストが言うと、2体のファミリアたちは何ごとか話しあっていた。

〈この子たちが、どれくらいの強さの弓かが分かれば、作ってあげられるんじゃないかって言ってるんだけど……〉

「ごめん、俺は、そういうのは疎くて、まったく……」

 セストは大きな身体を小さくして、しょんぼりした顔で答える。

〈そうだよね。僧侶さまなんだものね〉

 右耳の欠けたファミリアがリコに何かを言い、リコが頷いた。

〈トレーニングのメニューを考えてくれるって。幸いこの辺りは、走り回ったり弓を引いたりするスペースは充分にあるから〉

 リコが笑って言って、セストもつられて笑った。

〈待っててね〉リコは背の高いナナカの顔を見上げた。〈必ず見つけるから。セストを信じて、待ってて。ね、そうだよね?〉

 リコはセストを振り返る。セストは黙って頷いた。

〈……ナナカに会いたい?〉

 セストはまた黙って頷く。

「まだ言えてないことが、たくさんあるんだ」

〈そうなんだ……〉

 耳が欠けていないファミリアのジーがナナカの手を取って、窓際に連れて行った。外の風景を指差していて、案内をしているようだ。

「ナナカのこと、お願いしていいのかな」

 その様子から目を離さず、セストはナナカに言う。

〈もちろん。よければ、セストも今日は泊まって〉

 ジーがナナカの手を引いて、ベッドに掛けさせる。耳の欠けたファミリアのルーがジーに何ごとか話しかけ、2体はぴょんぴょん飛び跳ねて転がるように出ていった。

「ありがとう」

〈知らないところに連れてこられて疲れてるかもしれないから、少し休ませてあげて。わたしたちはさっきのところにいるね〉

 そう言い置いてナナカは部屋を出た。廊下で首からメジャーを下げたファミリアたちと行き当たる。


「ナナカの服を作ろうと思うんだ。ナナカは背が高いし、リコの服とは違う感じの服に挑戦しようと思って」

 ジーが飛び跳ねながら言う。

〈もうちょっと後でもいい? 2人にしてあげて。もうすぐわたしたち、また帝都に行くの。そうしたら、今みたいにずっと一緒にはいられなくなるから〉

「そっかぁ」

「わかったぁ」

 ファミリアたちは口々に返事をして、ぴょんぴょん飛び跳ねた。

〈ありがとう。お願いね〉

 リコはファミリアたちの額をそれぞれ撫でた。

 ナナカと部屋に残されたセストは、ナナカの隣に腰掛けた。

「聞いてたと思うけど、帝都に行くよ。きみを探しに」

 改めて口に出すと、離れがたくなる。セストはもう一度ナナカを抱き寄せる。しっかりと背中に腕を回して、ナナカの柔らかい薄茶色の髪を撫でた。

「本当は一緒に連れていきたい。ひとりにしてしまって、ごめん」

 ああでも、これでいいのかもしれない、とセストはナナカを抱きしめながら思う。ナナカを腕の中に閉じこめて、ほっそりした首筋に顔をうずめる。いけないと思いつつ自分を抑えられないこの歪な状況に、いつまで耐えられるか、まったく自信がなかった。こうしているとナナカが抱きしめ返してくれるのではないかと、甘美で一方的な空想に耽る。と、ナナカの身体が重くなった。見ると、ナナカはセストに身体を預けて眠っていた。僅かに開かれた唇に吸い寄せられそうになるのを堪えながら、セストはナナカをベッドにそっと横たえた。

 先程の広間に戻ると、ヒューゴとバルク、リコはこれからのことを話し合っていた。

「僕らは帝都にある、ハンター協会が持ってるアパルトマンにとりあえず移るよ。きみはどうする? もし、行くあてがないなら僕らのところに来てもらってもいいけど」

 バルクがセストに言う。

「大寺院の寮に空きがないか、院長に聞いてもらうよ。さすがにお邪魔するのは」

 彼らは気にしないのかもしれないが、恋人たちの空間に居候するのは辛い。無意識なのだろうが、自然に触れ合っている彼らは、今のセストには目の毒だった。そんなセストにヒューゴが言う。

「前みたいに俺んち来いよ。しばらく出ずっぱりだろうから、いちいち連絡する手間が省ける。あ、だいじょぶ、最近忙しくて女の子連れこむ暇ねーから」

〈もう、最低〉

 ヒューゴの軽口に、リコが冷たく応酬する。ヒューゴはそれを聞いて心底楽しそうに笑った。

「綺麗事だけじゃ、生きていけねーんだよ。な、バルク?」

 流れ弾を食らったバルクは眉間に皺を寄せる。

「僕を巻きこむの、やめてくれないかな」

〈バルクはそんなことしない!〉

 リコは本気で怒って言うが、ヒューゴは余裕でニヤニヤ笑っている。

「さあ、どうだかな?」

〈――っ!〉

 リコはヒューゴに食ってかかる代わりに、バルクの腕に抱きついて、顔を押しつける。バルクはあやすようにリコの頭を撫でた。

「もう、やめてくれないかな。ほんとに」

「その嫌がり方、さては心当たりあるな?」

「ないよ。食いちぎられたくなければ、いい加減黙ってもらえる?」

「はは、悪りぃ。それだけは勘弁」

 ヒューゴは全く意に介さない様子で、白い歯を見せて笑った。

「みんなー、食事の用意ができたわよー」

 風とシェフに続き、厨房を手伝っているムカデの魔物が、器用に身体の上半分を持ち上げながらワゴンを押してくる。

「やった、肉だ」

 ヒューゴが、ムカデが配膳してくれた、湯気を上げているステーキを前に嬉しそうに言う。

「ジーとルーが、あなたのためにお肉買ってきてって言うから、私、ルブラまで行ったのよ。感謝してほしいわ」

 風は腰に手を当てる。

「うまい、沁み渡る」

 適切な加減で焼き上げられたレアステーキは、噛み締めると口の中に肉の旨味が広がる。

「ルブラっていうと、もしかしてミシュさんの?」

 酒がほしい。飲むか? いや、呼び出しがかかるとヤバいから我慢する、のヒューゴとシェフのやりとりをよそに、セストは風に尋ねる。

「あ、セスト導師もミシュさん知ってるの?」

「寺院にも食材を納めてもらってる。ナナカも、ミシュさんにしばらくお世話になってたんだ」

「えっ、そうだったの? そういえば、買い物に行った時に、ご主人がミシュさんが寺院に行ってるって言ってたわ。ナナカのお世話に行ってたのね。……ナナカは?」

「眠ってる」

「疲れたのね。後で何か持ってってあげるわ」

〈風は、その時セストがいることに気がつかなかったの?〉

 リコが不思議そうに言う。

「うん? あー、『ソアさん』の時は、正体がバレないように、自分に膜を作るイメージで外に漏れる力を遮断してるのね。その副作用で、外からくる力も感じられないの。だからあの時、寺院に行ってセスト導師と会っていたとしても、正体はわからなかったと思うわ」

〈そうなんだ〉

「精霊使いと精霊って、一心同体のものなのかと思ってたけど、自分の精霊のことでもわからないことって、あるんだな」

 ヒューゴが言う。

〈わたしは、ずっと精霊を使役しているわけじゃないの。力を与えて繋がりを切っているから、わたしが眠っていても帝都に行っていても、精霊たちは全く関係なく活動できるんだよ〉

「ふうん、そういうもんなのか。や、俺の同僚が、リコのことをすごいすごいってずっと言っててさ。一回じっくり話してみたいって」

〈ええ……。恥ずかしい〉

「とっとと食え! 冷めちまうだろうが!!」

 シェフの雷が落ちて、リコは慌ててカトラリーを手に取った。
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