失われた歌

有馬 礼

文字の大きさ
76 / 99
第4部 帝都地下神殿篇

11 仕切られた箱

しおりを挟む
 塔に戻ると、魔物が続々と集まってきた。みな、またリコがしばらく塔を離れることを知って無事を祈りにきたのだ。リコはその1体ずつに声をかけ、抱きしめていた。バルクはジュイユ、ヴィラントと話をしている。
 塔に一度戻ると聞いて同行したセストは、その輪の中に入ることができずにいる。そこに緑色の鎧、風の精霊が話しかけてきた。

「あなたたちが帝都にいる間、ナナカは私が見てるわ。私たちは精霊だから本来性別なんてないけど、女のなりした私の方がセスト導師は安心でしょ」

「ありがとう」

「ナナカはさっき魔物たちが朝の運動に連れ出したんだけど、もうすぐ戻ってくると思うわ」

 セストが頼んだとおり彼らがナナカに接してくれていることを知って少しほっとする。

「噂をすれば」

 塔の大きな扉が開いて、直立するウサギのような2体のファミリアに続き、ナナカが入ってきた。相変わらずその目は開かれているが何も見てはいない。
 ファミリアがキィキィと甲高い声で何事か風の精霊に話しては飛び跳ねる。

「へえ、さすが、ハンターをやってた子は違うわね。じゃ、汗流しましょ」

 そう言うと風は、恰幅の良い中年の女性に姿を変えた。セストはその一瞬の変貌に目をしばたかせる。

「さ、ついてきて、ナナカ」

 「ソアさん」に姿を変えた風は、ナナカを促して階段に向かった。

「セスト」

 それを待っていたようにバルクがセストに声をかける。

「僕は魔物たちを一度帝都に連れて行って、また戻ってくるよ。あとちょっとお願いがあるんだけど、きみ、結界術できる?」

「得意じゃないけど、一応」

 結界術や魔物除けは、シシェンが得意だったな、とセストは既に懐かしい顔を思い出す。どうしているだろう。連絡してみよう。

「じゃ、後で声をかけるよ。一緒に来てもらいたい」

「……わかった」

「セスト、お前さんは」元人間だというジュイユがいつの間にかそばにいる。「自分がいつ光の来訪者だと気づいた?」

「……つい最近、と言っていいと思います。収穫祭の少し前です」

「その時の話を詳しく聞かせてもらいたいんだが」

 ジュイユの白眼のない黄緑色に光る眼で真っ直ぐに見られてセストはたじろぐ。

「構いませんが……」

 そういえば初めて会った時、ジュイユは擬似的な光や闇を作り出す魔術の研究をしていると言っていた。その参考にしたいのかもしれない。

「立ち話もなんだな。移動しよう」

 ジュイユがそう言った刹那、風景が変わっている。最上階の食堂だった。
 
「それで」

 ジュイユは適当な椅子に腰掛ける。セストもそれに倣ってジュイユの向かいに腰掛けた。

「きっかけは何だったね?」

「……きっかけ、と思えるような出来事はありませんでした。ただ、朝目が覚めると、知らない世界にいるような気がしました。そうだ。歌がなくなっている、と思って」

「歌?」

 ジュイユが怪訝そうに言う。

「はい。別に俺は特別に歌が好きだとか、音楽が好きだっていうわけじゃないのに、不思議で」

「その『歌』がどんなものかは、思い出せるかね?」

「いえ……。具体的には。ただ、喜びの歌だった、という感覚はあります。自分とそれ以外の区別もなく、全てはひとつで、ただ、存在することを喜んでいる、そういう歌だったと」

「なるほどな……」

 ジュイユは腕を組んで、背もたれに枯れ木のような身体を預けた。

「『歌』というのは、比喩的な、概念的な表現なのだろう。この世界ではそう表現するしかない、ということだ。光が世界の4つの要素を包括することを考えれば、頷ける。4つに仕切られた箱を上から見ているようなものだ。この世界にいる我々はその仕切られた箱の中にいる存在にすぎない。上位の概念をそのままに表現することはできんからな」

「来訪者は、その仕切りを取り外そうとしている、ということでしょうか」

「そうだな。その理解で差し支えなかろうと思う。帝都で自然発生的に生まれた混沌を思えば、いずれ、悠久の時の後には全ての要素は混合されるのかもしれないと、最近私は考えている。来訪者は、単にそれを加速させようとしているだけなのかもしれないと。しかしいずれにせよ、今はその時ではないことは確かだ」

 セストはジュイユの言葉に頷いた。

「そしてお前さんとナナカが出会った。仕組まれていたようにな。光の側でも、対抗策を取っているのかもしれんな。我々の知りえないところで」

「……」

 セストは考えこむ。もしそうだとして。ナナカと自分が意図的に引きあわされたのだとして。自分が彼女に対して抱いているこの感情は作りものだろうか。否。もしそうなるように高位の存在が自分たちを操っていたとしても、これが仕向けられたことだったとしても、あの日々でナナカに対して抱いた感情は、セストにとっては本物だった。自分が彼女を、彼女が自分を愛していることには、何の関係もない。

「やっぱりセスト導師のそばがいいわよね。一緒に食事にしましょ」

 ソアさんの風に連れられたナナカが食堂に入ってきた。

「さ、ここに座って」

 ナナカは風の指示どおり、セストの隣の席に掛ける。

「あら、髪がちょっと目にかかってきちゃってるわね。あとで切りましょうか」

 風はナナカの伸びてきた前髪を指でよけてやる。母と娘のようだとセストは思う。一度、廃坑で飛ばし屋の順番を待ちながらナナカの家族について尋ねたことがある。しかしナナカは、「元気でいる……と思う」と言っただけで、口を閉ざしてしまった。それ以上尋ねることは憚られ、そのままになっている。
 真っ直ぐに背筋を伸ばして、しかし俯きがちにテーブルの一点に視線を落としているナナカの横顔を見る。確かに、俯くと前髪が目にかかってきていた。

「ジーとルーが言ってたんだけど、今日、泉まで行って、そこでドラゴンに会ったんですって。さすがのドラゴンも話聞いてびっくりしてたらしいわ」

「そりゃ、そうだろうな」

 ジュイユが言う。

「そうそう、ドラゴンが、セスト導師に会いたいって言ってたそうよ。行ってあげて」

「ドラゴン?」

「そう。あ、この守護者の森に大きい泉があるんだけど、そこに住んでる竜よ。竜は会ったことある?」

「いや……」

 平和な田舎町ルブラのすぐ近くにこんな世界があったことを、セストは全く知らなかった。この森が守護者の森と呼ばれていることは知っていたが、守護者が本当に存在することをまず知らなかった。この辺りは魔物の被害が極めて少ない、平和なところだと院長が言っていたことを思い出す。それはおそらく、リコや、彼女に付き従っている魔物たちに関係があることなのだろう。そして竜。最早伝説となっている幻の存在。
 セストが思わず考えこんでいるところに、ファミリアのジーとルーがワゴンを押して入ってきた。
 2体は甲高く鳴きながら、ナナカの前に食事を並べる。湯気を立てているパン、鶏肉のソテー、たっぷりの野菜サラダ。

「さ、どうぞ。食べてね」

 風はナナカの手を取ってフォークを握らせた。ナナカは黙々と食べ始める。
 その横顔をじっと見ていたセストの前にも、同じ食事が並べられた。

「セスト導師もご飯食べてって」

「あ、どうもありがとう……」

「リコとバルクも呼ばなきゃ」

 それを聞いて、右耳の欠けたファミリアがキイキイと何ごとかを言う。

「あ、そうなの? バルクの分はあとで作って貰えば良かったわね。シェフに叱られちゃう。……まあ、仕方ないか」

 精霊と魔物の会話を聞くともなしに聞きながら、セストは食事を続けるナナカを見る。その視線に気づいてナナカがこちらを向いてくれるのではないかという、彼の期待はしかし、裏切られた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

処理中です...