失われた歌

有馬 礼

文字の大きさ
78 / 99
第4部 帝都地下神殿篇

13 師匠と弟子

しおりを挟む
「ヒューゴ!」

 セストがトンネルの先に向かって叫ぶ。
 応えるように、火球が暗闇を切り裂く。逆光の中、ヒューゴの影が浮かび上がる。炎の壁を破るように、黒い影が迫る。
 かつて見た光景に酷似した状況に、バルクは戦慄した。しかし考えるより早く身体が動いている。

『離脱』

 ヒューゴの眼前に影が迫る。視界が真っ黒に塗りつぶされ、黒い影が覆い被さってこようととする、その刹那。身体を強く引かれたのを感じた。
 気がつくと、バルクが隣に立っている。

「助かった。ありがとな」
 
 状況を理解し、傍らのバルクに言う。
 バルクにしては珍しく、肩で息をしながら目を見開いてヒューゴを凝視している。何か、恐ろしいものを見た後のように。

「間に合った……。もう、目の前で友だちが死ぬのを見るのはごめんだよ」

 そう言うとバルクはヒューゴから顔を逸らして、魔物に向き直る。地面をぬらぬらとした黒いスライムのようなものが這っている。その中心が盛り上がったと思うと、人の形を取った。

「えっ、お前今……」

「怪我をしてるならセストに治癒法を使ってもらって。そのくらいの時間稼ぎなら、僕1人で十分だ」

 ヒューゴの右上腕の服が裂けてそこから血が滲んでいるのを見て言う。
 突然現れたヒューゴに目をぱちぱちしていたセストは、我を取り戻し、ヒューゴに治癒法を施す。

「倒しても倒しても沸いてくる。キリがねえ。魔物も強くなってるし、どうなってんだ」

 セストの治癒を受けながらヒューゴはこぼす。

 ヒューゴとセストの前に立ち、バルクは魔物に向き合う。魔物は人型をしているが、その姿は簡単に描かれた記号としての人間のようだ。必要に応じて姿を変えるタイプか。同様の魔物に対峙したことがないではなかったが、混沌の中、極端に戦い方を制限されている状況では厳しいと言わざるを得ない。
 さて、どう戦うか。バルクは一瞬の思案の後、狼に姿を変えると魔物に迫った。その姿を見た魔物も、同様の巨大な狼に姿を変える。その喉元に狙いを定める。魔物もその牙を避けるように身を捻って応酬しようと口を開く。瞬時に人間に戻ると、魔物の口内に肩まで腕を突っ込み、ありったけの魔力を注入する。魔物は口を開いて身を捻った格好のままその場で凍りつき、そして、さらさらと、初めから砂でできていたかのように崩れた。後には奇妙なジェムが残された。それを回収する。

(ハンター協会はこれにいくらの買値をつけるのかな)

 金にならない仕事はしない、文字どおりの金の亡者、ハンター協会が、初めて見るこの奇妙なジェムをどう評価するのか、純粋に興味があった。

(さて、それにしても……。ほとんど捨て身の戦い方じゃ、いずれ破滅する。リコの封印があれば……)

 混沌の中では十分な強度を保てない様子だったが、一瞬でも足止めできれば時間稼ぎにはなる。しかし、この戦いの中にリコを連れてくるのは気が進まなかった。混沌の中では、いつもリコを守っている精霊たちも力を発揮できない。

(あるいは、闇の精霊か……)

 帝都で闇の要素を取り込んで力を増した闇の精霊は、「今ならあの来訪者も殺せる」と言っていた。その時はナナカ自身が闇の来訪者だと思っていたため今では状況が変わっている可能性はあるものの、来訪者と対等に渡りあえる存在として真っ先に思い浮かぶ。

 闇の奧がゆら、と揺れた気がした。しかしすぐにそれが思い込みでないことがわかる。人の形をした真っ黒な魔物が、ゆらゆらと揺れながら集団で距離を詰めてくる。

「これはこれは」

 不意にしわがれた声がした。3人は思わず振り返る。ジュイユが立っていた。

「師匠……! こんなとこ来て大丈夫なんすか?」

「師匠ではない」ジュイユは即座にヒューゴの言葉を否定する。「帝都に来たのは久しぶりだ。最後にここに来た時、私はまだ人間だった。……混沌の影響は受けているが、やはり元人間だからか、純粋な魔物ほどの影響はないな」

 ジュイユは骨張ったというよりは枯れ枝に近い手を握ったり開いたりした。

「とりあえず、あの魔物どもを片付ければいいんだろう?」

「ボッチのバリエーションのような魔物ですが、属性攻撃は至近距離からでないと効果がありません。気をつけてください」

 バルクが言う。ジュイユは口の端を吊り上げて笑うと、目深にかぶっていたフードを後ろに払いのけた。

「なるほど。それは滾るな」

 かつて並ぶものなき最強の魔術師、今は魔物の老人は心底楽しそうだった。そのただならぬ気配を感じているのか、魔物たちは一定の距離を保ったまま動こうとしない。
 ヒューゴのコールリングに通信が入る。

〈こちらフリート隊……誰かいるか……。負傷者多数……応援を頼む……〉

「バルクよ、セストを連れて行け。ここは私とヒューゴで片付ける」

 通信を聞いていたジュイユが言う。

「わかりました」

「俺が緊急で権限付与する。それでフリートに飛んでくれ」

 ヒューゴがバルクのコールリングに権限付与の操作をしている間に、ジュイユはゆらゆらと迫ってくる魔物たちに対峙する。

「私が人間だった頃には、帝都の地下神殿にこんな魔物はいなかったな」

 魔物たちはジュイユの存在に戸惑っているのか、一定の距離を空けたままこちらをうかがっている。

「来ないのか? ならば」

 ジュイユは右手を真横に薙ぐ。指先の軌跡に沿って生じた炎の刃が地面すれすれを飛ぶ。地下のトンネルを光と熱が満たす。魔物たちは口から混沌を吐き出して応戦する。しかしながら、ジュイユの放った炎は混沌でも完全に無効化されることはなかった。残った一部が魔物を襲う。炎に包まれて魔物は溶けるように消えた。続けて、第二撃、第三撃を放つ。混沌と炎のせめぎ合い。オレンジの光が明滅し、熱風が荒れ狂う。

「あの、師匠……。調子良く暴れてるところ悪いんすけど」

 バルクとセストをフリートに送り出したヒューゴがおずおずと言う。

「なんだ」

 興を削がれてジュイユが不機嫌な声を出す。

「メトロの設備、あんまり壊さないでもらえると」

「いちいち細かいことを言うな。私は魔物が地上に溢れ出して人間が何人死のうが、全く構わんのだぞ?」

「や、それはそれで困るんすけどね。できれば。できればでいいんで、穏便に済ませてもらえると」

「まったく、まだまだ四半人前の分際で注文の多い奴だ」

「きっ、厳しい」

「当然だ」

 しかし言葉とは裏腹に、ジュイユは楽しげだった。
 魔物が、大型の猿のように腕と脚の4本を使って駆ける。飛びかかってこようと跳躍した魔物に、ジュイユは拳を突き出す。魔物が炎に包まれ、解けて消えた。ヒューゴは自分に向かってくる魔物にブラスタを連射するが、混沌によって無効化されてしまう。

「詰めが甘いな、ヒューゴよ!」

 ジュイユの攻撃が魔物を次々と撃破する。

「もっと魔力を凝縮させろ」

「凝縮? どうやって」

 ヒューゴは飛びかかってきた魔物に向けて引き金を引くが、倒すまでには至らない。弾かれただけで、大してダメージを受けていなかった魔物をジュイユが葬る。

「やれ。できる」

「ええ? 厳しーな」

 ヒューゴは文句を言いながら次の魔物に狙いを定める。しかし、魔物たちはぴたりと動きを止めるとするすると後方に退却し始めた。

「なんだ、終わりか? つまらんな」

 ジュイユは物足りなさそうだった。

「いやもう、十分でしょ。戦闘狂ですか」

「ようやく気づいたのか」

「え、マジで?」

「そうでなければわざわざ魔物になどなるものか」

 ジュイユは黄緑色に発光する目でヒューゴを見ると、ニヤリと笑ってフードを被り直した。

「俺、フリートに行ってアイツらと合流します。師匠は先に戻っててください。人間に会うと面倒でしょ」

「ああ、そうするか」

 ジュイユは闇の奧を見たまま答えた。

「あ、でも師匠火属性だから、ここじゃ『離脱』使えないっすよね。送りますよ」

 思い出したように言うヒューゴをジュイユは鼻で笑った。

「私を誰だと思ってる。そんなものはとうの昔に対策済みだ」

 ジュイユがつま先でトン、と地面を叩くと、足元に混沌に似た色彩が一瞬広がり、次の瞬間ジュイユの姿がかき消えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

処理中です...