失われた歌

有馬 礼

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第4部 帝都地下神殿篇

16 ただ愛しているということ

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 リコはバルクとセストと一緒に、泉のほとりに立っていた。

〈ドラゴン……〉

 リコが呼びかけると、水面が揺れて、するりとドラゴンが姿を表した。

「よう、どうした?」

 ドラゴンはぴかぴか光る黄色の目でリコを、バルクを、そしてセストを見た。

〈わたしたち今、帝都の混沌の中で、完全均衡の魂を探してるの〉

「おう、らしいな。骸骨に聞いて知ってるよ」

 骸骨とはもちろんヴィラントのことだ。そう言いながらも、ドラゴンの目はセストを見ている。

「あの、俺が何か……」

 いたたまれず、セストは遠慮がちに言う。

「いや、完全均衡の魂を見つけたのは光の来訪者だって骸骨が言うから、もしかしてレイフかと思ってたんだが……、違うな」

「……そうですか」

 全く自分の責任ではないが、どことなく申し訳ない気分になる。

〈生まれ変わりはあるの? 竜は生まれ変わった魂がわかるの?〉

 リコは前のめりになって尋ねるが、ドラゴンの返事はそっけないものだった。

「さあな。こいつがこいつの生まれ変わりだ、と明らかに分かったことはない。しかし、レイフの魂が目の前にいればわかる。いや、わかるはずだ、と俺は信じてる。それに……」

 ドラゴンは一呼吸置いて、ゆっくりと言った。

「アールトが言ってた。『生まれ変わりがあるのなら、今度はただの男と女として一緒にいよう』とレイフと約束したと。レイフは来訪者だ。来訪者の約束は絶対だ。レイフは、この世界でアールトの魂を探しているはずなんだ。いや、もう既に見つけているかもしれないけどな」

 ドラゴンは鼻から長く息を吐き出して、目を閉じた。

〈黄金皇帝の精霊が、今も帝都の地下にいるのは、知ってる……?〉

 リコの静かな問いかけにドラゴンは閉じていた目をカッと開く。

「なんだと?」

〈わたしは、会ってない。でも、ヒューゴの同僚の人たちが見たって。金色の鎧を着た騎士〉

「アールト、あいつ……」

 ドラゴンは再び目を閉じた。

「死んでなお、レイフの願いを叶え続けてるってのか」

「レイフの願いっていうのは?」

 バルクが訊く。

「腐った魂が生まれない世の中を作ってほしい、それが、レイフが唯一アールトに願ったことだそうだ」

 あいつは十分よくやったと思うよ、そうひとりごちて、ドラゴンは立ちあがった。皮膜の張った翼を広げる。

「結局、あいつも俺も、ずっと追い続けている。ああ、ついでにあの骸骨もな」

 ドラゴンは翼を打ち振ると、空に舞いあがった。ドラゴンの羽ばたきで枯葉と砂埃が舞う。

〈黄金皇帝が、国土を広げるだけでなく国民の教育や福祉に力を入れた、っていうのは、レイフがそう願ったからなのかな〉

「そうなのかもしれないね。黄金皇帝も、普通の男だったんだね。まあ、好きな女の子のためとはいえ、死んでなお帝都を守ってるっていうのは、さすがに普通じゃないけど」

 バルクは肩をすくめた。

「死んでなお帝都を守っている黄金皇帝が、この混沌の原因になってるなんてことは、あるんだろうか」

 セストは純粋な疑問を口にする。

「本人が意図せずそうなってしまっている可能性は、否定できないんじゃないかな。……精霊っていうのは、精霊使いが死んだ後も残り続けるものなの?」

 バルクはリコの方に顔を向ける。

〈多くはないけど、ある。でも、普通は、だんだんと力を失って、自然に還っていくものなの。身体と同じ。……黄金皇帝を、探さなきゃ〉

「帝都に戻ろう」

 セストが言うが、リコはにっこり笑った。

〈バルクとわたしはね。セストは、もう少しここにいたら? 風とナナカが来るよ。帝都に戻るときは、風に送ってもらえばいいよ〉

 リコはバルクを見上げる。恋人たちは、微笑みあった。

「じゃ、後で」

 バルクがリコの肩に手を置くと、2人はかき消えた。『離脱』だ。泉に1人残されたセストは枯れ草の上に腰を下ろした。
 リコが来ると言うのだから本当にナナカと風の精霊は来るのだろう、とぼんやり考えていると、人が駆けてくる軽い足音が微かに聞こえた。そちらを振り返る。

「さ、着いた。良かったわね、セスト導師と会えて」

 鎧の姿のままの風の精霊がナナカを伴って現れた。風の精霊の方では、ここにセストがいることがわかっていたのだろう。
 塔から走ってきたのか、ナナカは上気した頬で、はあはあと何度か深呼吸して息を整えた。数回息を整えるだけで、すぐに呼吸は普段どおりの落ち着きを取り戻す。胸元に浮かんだ汗が光っている。
 風は「ソアさん」に姿を変えると、エプロンに挟んだタオルを抜いて、ナナカの汗を拭ってやった。ナナカは大人しくされるがままになっている。
 ポケットから給水ボトルを出すと、ナナカに渡して飲むように指示する。ナナカは素直に従った。白い喉が動いて、口の端から水がこぼれる。その様子からセストは目を引き剥がした。

「ナナカはどんな様子だった?」

「変わらずよ。良くも悪くもね。今、魔物たちがトレーニング用の弓をあれこれ調整してるわ」

「ありがとう、本当に……。なんて言ったらいいのか」

「ナナカを連れて帰ってきて。お礼はその後よ。みんな、ナナカに『会える』のを楽しみにしてるの」

 風はもう一度ナナカの首元と額の汗を拭った。

「ナナカは、完全均衡の魂を持ちながらどうやって生きてきたのかしら。セスト導師に見つけてもらえて、本当によかったわね、あなた。1人で寂しかったでしょう」

 「ソアさん」の風は、慈しむようにナナカの頬を撫でる。

「リコも、バルクが現れるまでは、遠ざけられて生きてきたひとりぼっちの女の子だった。でも、リコには私たちがいた。精霊と、魔物が。でも、この子には誰もいなかったのよね……」

 風はナナカの手から空になったボトルを取った。

「そこを、闇の来訪者につけ込まれた」

 セストがぽつりと言う。風はセストの顔を振り仰いだ。

「闇の来訪者は、ずっと、ナナカの精神的な支柱だった。多分だけど。彼がナナカを利用するために近づいてきたのだとしても、ナナカにとっては唯一、自分を認識してくれる恋人だったんだと思う」

 セストの独り言のような言葉に、風は僅かに目を見開く。

「俺がナナカを見つけたことは、本当に正しかったのか、今でも自信がないんだ。俺が現れなければ、ナナカは今も彼と幸せに生きていたんじゃないか。世界に混沌が溢れて大変なことになったとしても、ナナカにはそんなこと全く関係なく彼と幸せでいられたんじゃないだろうか」

「セスト導師」風は少し強い口調で言って、セストの手を取った。「信じなさい。ナナカを。そして自分自身を。この子を愛している自分自身を信じなさい。何かのためじゃなくナナカを愛している自分を、あなたはもっと信じるべきだわ」

 そうして風は、セストにナナカの手を握らせた。

「ありがとう……」

 俯いたセストの頬を、涙がひとすじ走り落ちた。

「だから、お礼はまだ早いわ。なんとしてもナナカを取り戻すの。そして、自分の気持ちが本当だったと証明して見せて」

――セスト。

 ナナカが呼ぶ声がする。悲しげな、寂しげな声。あの時自分の名を呼んだナナカを、セストは信じた。

(ナナカ。もう一度見つける。必ず)

 セストは空いた方の手でナナカを抱き寄せた。

「行きなさい、セスト導師。砂漠の中から一粒の砂金を見つけるようなことだけど、あなたはきっとやり遂げるわ。あなたは来訪者で、なんと言っても、ただナナカを愛しているんだから」
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