失われた歌

有馬 礼

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第4部 帝都地下神殿篇

17 擬似精霊

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 帝都のアパルトマンに戻ると、一息つく間もなくヒューゴから着信がある。

「今どこ?」

 バルクが応答するなり鋭く尋ねる。

〈トルヴだ。来られるか〉

「すぐ行く。セストがいないんだけど、負傷者の状況は?」

〈まだ大丈夫だが、時間の問題だな……〉

 通話を聞いているリコがバルクの二の腕に触れる。

〈風に伝えたよ。すぐこっちに来ると思う〉

 バルクは頷いてヒューゴに向かって言う。

「セストもすぐに合流する。僕が先にトルヴに行くよ。僕とリコ、それぞれに権限付与してもらいたい」

〈わかった、頼む〉

 そこで通話は途切れ、即座にバルクとリコのコールリングにそれぞれ権限付与された旨の通知がある。

〈気をつけて〉

「きみが来る前に片付くよう祈ってるよ」

 バルクとリコは触れあわせるだけのキスをして別れた。

「さて、私たちも行くとするか」

「そういたしましょう。さ、ボッチ。行きますよ」

 やる気をみなぎらせるジュイユとヴィラントにリコは戸惑う。

〈待って、行くってどこに?〉

「トルヴだ」

 ジュイユはなぜ当然のことを言うのか理解しかねるといった風に答える。

〈何のために……〉

「では逆に訊くが、この祭りに乗るのに理由や目的が必要かね?」

 ジュイユはニヤリと笑って、ヴィラントとボッチを伴って消えた。

〈えっと……?〉

「好きにやらせておきなさい、戦闘狂のじいさんの思考は我々凡人の理解の範疇を超えてますよ」

 少年の水の精霊がリコの傍に現れて、眼鏡のブリッジを中指で押しあげながら慰めるように言った。

「魔物だと言っても、彼らをどうこうできる者はいないんですから」

〈それはそうだけど……〉

 リコは戸惑いを隠せない。

「あー、行っちまったか。リコ、ヒューゴに会ったら、メシいるか訊いといてくれねえ?」

 シェフが鎧をガチャガチャさせながらキッチンから出てきた。

「いるよ! リコ、いらないって言っても、連れてきてよ!?」

「うんうん!」

 ヒューゴのことが大好きなジーとルーが跳ね回る。

〈あ、うん……〉

 リコは2体の勢いに押されて思わず返事をする。そこにセストを伴った風が現れた。

「お待たせ!」

〈セスト、聞いてると思うけど、トルヴに一緒に行ってほしいの〉

「うん、そのために来た」

 リコがトルヴのポートを呼び出すと、すぐに応答がある。

「気をつけてね」

 風がリコとセストに言う。

〈行ってきます〉

 リコはセストの肘のあたりにそっと触れると、トルヴのポートに『離脱』した。

「じゃあね、水。ママ、もう行かなきゃならないの」

 風がふざけて、金属のグローブに覆われた手でいつもより低いところにある水の頭を撫でる。

「誰がママですか。さっさと行きなさいよ」

 水は鬱陶しそうにその手を払いのける。

「あはははは、じゃーねー」

 笑い声を残して風は姿を消した。


***


 以前も使った廊下を通り抜けて保安用のトンネルに出ると、そこは戦闘の只中だった。暗闇から飛び出してくる人型の魔物を盾で弾き飛ばす。刑事たちは、お互いの背中を守りあうように円陣になって魔物に対峙していた。あるいは、そのような形に追い込まれてしまったのかもしれない。いや、よく見ると、中心には倒れている者がいる。負傷者を守っているのだ。
 バルクは刑事たちを取り囲んでいる魔物の外縁から片付けにかかる。1体ずつ凍らせ、引き裂く。ヒューゴの放つ一際鮮やかな火が呼応するように閃く。しかし、魔物の数に対して近接攻撃しか意味をなさないここでは、間怠っこしい戦いにしかならない。

〈バルク!〉

 恋人の「声」が耳朶を打つ。

「セスト導師、負傷者がいる!」

 リコと共に現れたセストの姿を認めた男性の刑事が悲痛に叫ぶ。バルクは狼に姿を変えると、セストの行く手を塞ぐ魔物に体当たりして弾き飛ばす。しかし、すぐにその道は塞がってしまう。キリがない。
 セストは合掌した。

「天地を統べるものの御名みなにおいて命ずる。魂を持たぬものよ、退け」

 トンネル内を圧倒的な光が照らし出すが、不思議と眩しさは感じない。物理的な光ではない。
 魔物は、あるものは溶けて消え、あるものはセストから大きく飛び退った。使ったのは、一定時間魔物を近づけない単なる魔物除けの法術だったが、今のセストが使うとそれは十分に攻撃として作用した。
 セストは負傷者に駆け寄ると治癒法を施す。

「ヒューゴ」

 バルクが暗闇の向こうを警戒しているヒューゴに呼びかける。

「このトンネルのもっと先に行きたい。いいかな」

「ああ、俺も行く」

〈ジュイユとヴィラントが〉リコはバルクの隣に並んだ。〈来てるはずなの〉

「師匠と骨が? 面倒なこと起こしてくれなきゃいいけどな」

 言葉とは裏腹に、ヒューゴは楽しそうだった。

〈この祭りに乗るのに理由がいるのかとか言って……〉

「ほんと、マジモンの戦闘狂だなぁ師匠は」

 リコがはっとした表情でバルクのジャケットの袖を引く。

〈バルク、この先……! 闇が……〉

「行こう。悪いけどきみら走ってきて」

 バルクはそれだけ言うと巨大な狼に姿を変える。伏せたその背にひらりとリコが乗った。2人はあっという間に薄暗い闇の向こうに駆けていく。

「マジかよ」

「あっという間に見えなくなった……」

 呆気に取られているセストの背中をヒューゴが叩く。

「しゃーねーな。俺たちは、2本の脚で地道に行くか」



〈あの人たち、何やってるの……〉

 リコがバルクの背にぴたりと身を伏せたまま言う。

〈腐った魂を、わざと集めてる……〉

 物理的な暗闇よりもなお濃い闇。その中を蠢く魂の群れ。

〈ジュイユ! ヴィラント!〉

 珍しくリコが感情あらわに2体の名を呼ぶ。

「おや、リコ様。ご機嫌麗しう」

 ヴィラントが芝居がかった仕草で腰を折る。

〈これはどういうこと?〉

「闇の来訪者を探すんだろう?」

 ジュイユが腐った魂に釣られて集まってきた魔物を撃退しながら言う。

「あるいは黄金皇帝か。どっちか出てくるだろ」

 ジュイユの炎に捕らえられた魔物が溶けるように消える。

〈だからって……!〉

「ネクロマンサーの言葉はすごいものだな。地下神殿中の死霊が集まってくるぞ」

 ジュイユははしゃいだ様子で次々に魔物を撃破していく。

「こんな大規模なパーティーは久しぶりでございますねぇ」

 ヴィラントがうっとりしながら言う。
 死霊たちは救いを求めるように、バルクとリコにも腕を伸ばしてくる。

〈あなたたちの仲間には、なれない。ごめんね〉

 リコは静かに、しかしきっぱりと言った。

〈ずっと考えてた。腐った魂になってしまったママを救うっていうのは、どういうことなんだろうって〉

 バルクはリコを背中に庇いながらその独り言を聞いている。

〈これが、答え〉

 リコはバルクが贈った指輪の宝石にキスした。普段はそこで鮮やかな青が、バルクの魂の色が揺れている宝石が、
真っ黒に染まる。リコが宙に腕を差し伸べると、周囲の闇より一層濃い闇が水柱のように噴き上がった。
 闇は少し離れた場所で凝集し、形を形成し始める。

 リコが苦しげに息を吐いて、身体を傾がせる。バルクは慌てて支えた。魔物たちは突然現れた闇の存在を警戒し、動きを止めている。

 闇が取った姿は、蟷螂だった。ただし、振り上げた両の鎌はトンネルの天井に届かんばかりであり、体は真っ黒で金属光沢を帯びている。目も黒い。闇そのもののような漆黒の蟷螂を、トンネルの朧な光が照らしていた。

「これは……」

〈私が自分の魂の成分で作った、擬似的な闇の精霊〉

 バルクにもたれかかって肩で息をしながらリコが答えた。

〈闇の精霊ほどの力はないけど、ここでは十分だと思う。ただし、すごく疲れる……〉
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