失われた歌

有馬 礼

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第4部 帝都地下神殿篇

22 使命

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――待ってて。迎えにいくから。

 ナナカにそう言ったのは、夢だったか現だったか。
 セストは目を開いた。そこは見覚えがある部屋だった。寺院の寮ではない、どこかの部屋。身体を起こして頭を振る。
 リビングに出て、そこがバルクとリコのアパルトマンだったことに気づいた。
 骸骨戦士のシェフがセストに気づく。

「よう、セスト! 目ぇ覚めたんだな。腹減ってるか?」

「え? あ、ああ……そう言われれば、減ってるかも……?」

「そうこなくっちゃな! 待ってな!」

 骸骨のシェフは鎧をガチャガチャさせながらキッチンに向かう。

「申し訳ない……」

「何が申し訳ねえんだ? 自分で食えねえ俺は、人に食わせるしか楽しみがねえのよ。気にすんな!」

 ガハハ、とシェフは笑った。

「セストよ、完全均衡の魂を見つけたのだな」

 ジュイユがセストに声を掛ける。

「ええ。彼女の魂は肉体に戻ったはずです」

 2人の傍にふわりと少年の水の精霊が姿を現した。

「今、風からナナカが目を覚ましたと……もう、ご存知でしたね」

 水はチラリとセストを見る。

「ああ。たった今な。これで後顧の憂いはなくなった」

 ジュイユが腕を組む。

「セスト、私たちにはまだ最後の仕上げが残っている。お前さんはどうする」

「どう、とは……?」

「お前さんの目的ははあの完全均衡の魂を来訪者から取り戻すことだ。目的は達した。お前さんは無理に私たちに付き合う必要はない」

「いえ……俺も」

「そうか」

 ジュイユはそう言ったきり、もう何も言わなかった。

「バルクたちは……?」

「バルクと骨は先程の後片付けだ。リコは色々あって眠っている。私はリコが妙な気を起こさんように見張っている」

「あの精霊は、闇の精霊であり、彼女の母親でもあったんですね」

「そうだ。まさか『魂食い』で闇の来訪者を殺そうとするとは思わなかった。生きている時も無茶苦茶だったが、死んでからも無茶苦茶な奴だ。……まあ、おかげで完全均衡の魂を取り戻すことができたがな」

「自身と引き換えにナナカを救ってくれたのでしょうか」

「いや、腐った魂はそんなことは考えちゃいまいよ。自分の娘を守るために、来訪者から完全均衡の魂を取り上げる必要があった。それだけさ。気に病む必要はない。リコも承知だ」

「そうですか……」

 リコの過去に何があったのか、それを尋ねても許されるのはおそらくバルクだけなのだろうとセストは思う。
 そうこうしている間に、バルクとヴィラントがヒューゴを連れて戻ってきた。

「様子はどうだった」

 ジュイユが尋ねる。

「や、なんつーか、平和になってました」

 ヒューゴが答えた。

「平和?」

「ええ」ヒューゴの後をバルクが継ぐ。「あの混沌のせいで、魔物たちは力を維持できなかったようです」

「吉報だな」

「表面上は」

 表情を変えずに言ったバルクをヒューゴが見る。

「やっぱ、そうなのかな」

「おそらくね。地下に黄金皇帝と光の精霊と闇の来訪者がいるんだ。闇がいるところには魔物や死霊が寄ってくる。精霊たちはそれを黙って見てはいないだろう。前の状況に戻るのは時間の問題だと思う」

「黄金皇帝はともかく、闇の精霊とは最終的に対決し、倒さねばならんだろう」

 ジュイユが言う。

「でも、倒すったって……」

 あの力を見たヒューゴが戸惑うのは当然だった。

「封印だ」

 ジュイユは黄緑色に発光する眼でヒューゴを見た。

「それしかないことは、わかります。でも、賛成はできません」

 バルクがリコの伴侶として重々しく言った。その場に沈黙が降りる。

「そのことでございますが」

 沈黙を破ったのはヴィラントだった。

「わたくしに考えがございます。おそらく、これのほかに方法はございませんでしょう」

「何だ」

 ヴィラントはジュイユの方を一度見て、そして顔を正面に戻した。

「レイフ様を、ネクロマンサーの言葉『招』で召喚いたします。あの方ならば、あの闇の来訪者を封印できるはずでございます」

「そんなことが可能なの?」

 バルクが尋ねる。

「わたくしがレイフ様に封印され、時を超え、今この時この場所で目覚めている理由は、それしか考えられぬのでございますよ。きっとそのためにレイフ様はわたくしを封印し、あの場に置いたのでしょう。それをさせるために。ただ、成功率を高めるためには、依代となる物体がほしいところではございますが……」

「依代と言ってもな……」

 ジュイユが記憶を探りながら呟く。

「本来であれば本人の肉体の一部、あるいは大切にしていた持ち物でございますが、それは難しゅうございましょう。この場合は、光の属性を持つ何らかの物体があれば」

「光の属性を持つ物……」

 セストがハッとした表情で言う。

「心当たりあんのか?」

 ヒューゴがその呟きを逃さず尋ねた。

「光の属性を持つものが、あったんだ。ナナカが身につけると、他の人にも彼女の姿を認識させることができる大神殿の秘宝だったんだけど、壊れてしまった……。七色に光る、不思議な、宝石みたいな石だった」

 大神殿にも1つしかなかったものが、他にあるだろうかとセストは考える。帝都の大神殿にももしかしたら同じようなものがあるのかもしれないが、それを譲ってもらうためにどこから手をつければいいのか、セストにはわからなかった。古都の大僧侶に話をするか。しかしどれだけの時間がかかるのだろう。

「……待って」

 バルクが小さな声で言う。全員の視線がバルクに集まった。

「それってもしかして」バルクは上着のポケットを探り、いつも肌身離さず身につけている「宝物」を取り出した。「こういう物……?」

 テーブルの上に置かれた、三角形の面で構成された球に近い多面体は、セストが知っている物だった。かつてナナカが身につけていたものよりは小さいが、同種の物であるのは間違いない。

「これだ! でも、どうして……」

「リコだ。リコが以前封印の練習をしていた時、僕のトレーニング用の屑ジェムを試しに封印した時のものだよ。リコは闇属性の精霊使いだけど、封印は光なんだ」

「あの秘宝は、精霊使いが作った物だったのか……」

 秘宝の正体が判明し、セストの心は希望に沸き立つ。

「バルク様、それをお見せいただけますでしょうか」

 ヴィラントはバルクから封印を受け取る。

「ふむ。申し分ございませんね」

「しかしヴィラントよ。もう一度訊くが、レイフを召喚するなど、そんなことが可能なのか。何百年も前に死んだ人間で、しかも光の世界の者を」

「普通に考えれば、そんなことはもちろん不可能でございます。しかし、今の状況は普通ではございません。なにしろあそこにはレイフ様自身の光の精霊と、そしてなによりも、アールト陛下の精霊がおります。必ずレイフ様はわたくしの呼びかけに応じるはずでございますよ」

 ヴィラントは一旦バルクに「宝物」を返した。

 カチャ……

 バルクが背にしているドアが開き、リコが駆け出してきた。振り返ったバルクの胸に飛び込んでくる。周りのことなど目に入っていないかのようだ。

「……」

 バルクは何も言わずリコの髪をひと撫でし、肩を抱いて寝室へ促した。

「……あの腐った魂は」2人の後ろ姿を見送ったヴィラントが口を開く。「なぜネクロマンサーの秘技であるはずの『魂食い』を使えたのでございますか?」

「……自分が食らったことがあるからな。その時に覚えたんだろうよ。リコは天才だが、その才能は母親譲りだったようだな」

 ジュイユがため息混じりに言った。
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