失われた歌

有馬 礼

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第4部 帝都地下神殿篇

28 約束

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 レイフと黄金皇帝の精霊は、しばらく無言で見つめあっていた。

「アールト」

 レイフが精霊の許に歩み寄る。
 今にも泣き出しそうな表情で微笑んだレイフは、そっと精霊の頬に手を伸ばした。

「おじいちゃんに、なってる……」

「ああ」

 精霊はグローブで包まれた手をレイフの手に重ねた。

「アールトは、責務を果たしたんだな」

「ああ」

「願いを、叶えてくれたんだな」

「いや……。それは、どうだろうか。そなたの唯一の願いだったが……」

 精霊は言葉を切る。レイフがその首に腕を回して、肩に顔をうずめたからだ。
 精霊もレイフの背に腕を回して、しっかりと抱きしめ、レイフの髪に顔を寄せる。
 次に顔を上げた時、精霊は最早老人ではなかった。レイフが知っていた、若く美しい皇帝の姿になっている。

「ありがとう、アールト。約束を、果たしてくれて。ありがとう。願いを、叶えてくれて」

 そう言うレイフの声には、涙が滲んでいた。

「どうということはないさ。ただ愛する者の願いを叶えたかっただけだ」

 2人はもう一度固く抱き合い、唇を重ねた。
 名残惜しげに唇が離れ、精霊の顔を見たレイフは驚きに目を見開く。精霊の姿が変わっている。

 驚いたのはレイフだけではなかった。
 そのやりとりを寄り添いあって見守っていたバルクとリコも驚きに声が出ない。

「そうか……今は、そうなんだ」

 レイフはもう一度精霊の頬に触れた。精霊は目を閉じる。

「今度は、レイフが約束を果たす番だ。待っていて。必ず、見つけるから。だから今は、一緒に来て」

 レイフは精霊の手を取り、バルクとリコに目を向け、微笑んだ。そうしてもう一度精霊を見つめる。
 光が強くなって、視界が白一色になる。リコは思わず目を細めた。
 次に視界が色を取り戻した時、彼らの姿はなかった。

 「……」

 膝の力が抜けて、リコはぺたりと地面にへたりこむ。
 バルクが膝をついて、リコを抱きしめた。

「終わったの……?」

 実感が湧かないまま、バルクに尋ねる。

「そうだよ」

 バルクはリコの肩口に顔をうずめる。

「バルク、助けてくれてありがとう。バルクが治癒法を練習してなかったら、きっとわたし、死んでたね」

「……」

 バルクはリコを抱く腕にもう少し力をこめた。リコはその背中に手を置く。

「夢を見てたの。真っ暗闇の中に立ってる夢。誰かがわたしの手を引いて、バルクのところに連れて行ってくれた。そして、狼のバルクの後をついて行ったらここに帰ってこられたの」

「きみを僕のところに案内してくれた人、多分僕も見たよ」

 バルクはリコの肩から顔を上げ、涙を堪えて赤くなった目でリコを見つめた。

「バルクも?」

 バルクは頷く。

「あれ、きっとパパだった。わたしを、ずっと守ってくれてたんだ。姿は見えなくても。あの時、それがはっきりわかったの。わたしを励まして、力を貸してくれた。負けるな、頑張れって」

 バルクはもう一度深く頷き、2人は抱きあった。さまざまな思いが胸をいっぱいにし、涙となってあふれる。

「リコ、やったね!」

 地下神殿に闇の精霊とジュイユが現れる。
 闇の精霊は七色に光る柱を見上げた。それは七色に光り輝く純粋な光の柱だった。封印された闇の来訪者の姿はなかった。

「これで、帝都は平和になるのかな」

 闇の精霊がジュイユに言う。

「いや、そうはならんだろう」

 ジュイユは腕を組んだ。

「……見事なもんだな」ジュイユは黄緑色に発光する眼で光の柱を見る。「だが、人がいる限り腐った魂も混沌も生まれ続ける。これは避けられない流れだ」

「じゃあ、リコが戦ったのは何のためだったの?」

 闇の精霊がくってかかる。

「流れそのものを変えることはできない。しかし、破滅的に急激な変化は回避することができた。それで十分だ。この先、ゆっくりと世界は変化し続ける。そこに生きる者もまた、自らをそれに合わせて変化させ続けるだろう。私はその変化に興味がある」

「……」

 リコはバルクの腕の中から立ち上がった。

「……お別れなの?」

「ああ」

 ジュイユは枯れ木の樹皮のような顔で僅かに笑った。

「遊びに来てもいい?」

「いつでも来なさい。私はこの場所を守っている。黄金皇帝に代わって」

「ありがとう、わたしのもうひとりのおじいちゃん」

「お前さんのような、才能あふれる麗しい孫娘がいて、私は幸せだ。……バルク、リコを頼む」

「言われるまでもありません」

 バルクは力強く断言する。

「リコを悲しませたら殺す」

 ジュイユは微笑んだ顔のまま言った。

「わかっています。その言葉が比喩や誇張でないことくらい」

 バルクは挑戦的に笑った。

「わかっていれば、よろしい」

「大丈夫だよ」

 リコが地面に膝をついたままだったバルクに抱きついて答えた。
 ジュイユは仲睦まじい恋人たちを見て微笑んだ。


***


 メトロで起こった魔物災害に帝都はしばらく混乱していたが、被害が思ったより小さかったことが明らかになってくると徐々に平静を取り戻し始めた。夜には止まっていたメトロが全線運転を再開した。明日にはみな、何事もなかったかのように日常を送ることだろう。リコの土の精霊は文句を言いながらも良い仕事をした。誰も気づいてはくれないが。

「ほんとに助かった、ありがとうな」

 安全確認が終わってメトロの運行再開が決まったところで、バルクとリコはヒューゴの指示で警察署に戻ってきていた。最近では彼らの専用ブリーフィングルームと化している貧相で狭い会議室に集まる。

「リコの精霊のおかげで人間の刑事を魔物と戦わせずに済んだし、あいつ、土の精霊がぶつくさ言いながらトンネルの補修をしてくれて、被害も小さくて済んだ。風のおかげで命拾いした人たちも大勢いたしな」

「間に合ってよかった」

 リコは笑って言う。

「闇の来訪者とかいうのは、やっつけたのか?」

 ヒューゴの言葉にリコとバルクはどちらからともなく顔を見合わせた。

「どうした? 決着はつかなかったのか?」

「ううん、闇の来訪者は、封印したよ。もう現れることは……ないと思う」

 リコの含みを持たせた言い方に引っ掛かりを覚えてヒューゴが詰め寄る。

「じゃあなんだってんだ?」

「色んな存在の協力が必要だった。黄金の騎士とその恋人の光の来訪者、リコの父親。色んな存在のね。言葉では言い表すのは難しい。そういうことだよ」

「……ふうん」

 バルクの言葉にヒューゴは一応納得したふりをして、追及の手を緩めることにしたようだった。
 言うなと言われたわけではない。しかし言えなかった。再び変化した黄金皇帝の精霊が――ヒューゴの顔をしていたとは。

「あ、セストが来るよ。風が連れてきてくれるみたい」

 目に見える数ということで言えば、今日、一番人命を救ったのは間違いなくセストだった。救援部隊が到着した後も、第一線に留まって治癒法を使い続けた。どうやらそちらもひと段落ついたらしかった。
 リコの言葉が終わるか終わらないかのタイミングでセストを伴った風の精霊が現れた。

「よ、お疲れさん。ありがとな」

「僧侶としてやるべきことをやっただけだ。まあちょっと……さすがに疲れたけど」

「セスト導師が結界術で地上への出口を全部塞いだおかげで魔物が地上に出なかったのよ。それも、治癒法を使いながらよ。すごかったんだから。知らないでしょうけど」

 風が言う。セストははは、と照れ笑いした。

「今日のところは解散してくれ。俺はまだ待機命令が解除されてないから残るけど。またメシにでも行こうぜ。上司の奢りで。じゃな」

 ヒューゴは白い歯を見せて笑い、会議室を出て行った。

「帰ろうか」

 バルクがパイプ椅子から立ち上がる。

「そうだね」

 リコも立ち上がって、風の精霊を見た。

「セストを送っていってあげて」

「ええ。わかってるわ。行きましょ、セスト導師」

「あ、ああ……」

 ここ最近はバルクとリコのアパルトマンに間借りしていたし、そうでないときはヒューゴの部屋に居候していたので、いったいどこへ送ってくれようと言うのかとセストは訝しむ。

「でも、バルクとリコもアパルトマンに帰るんじゃ……?」

「やあねえ」風がセストの肩をはたく。「決まってるじゃない」

「え……?」

 セストは風のバイザーに隠された顔を見て、次にバルクとリコを見た。2人とも笑って頷いている。

「さ、行くわよ」

 風がセストの肩に手を置く。

「あ……え、あの……」

 戸惑っているセストの姿が掻き消える。
 バルクとリコは顔を合わせて微笑みあった。
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