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第一章 ナルス
望まぬ結末(下)
しおりを挟む突き刺さるような冷たい視線は、すべてを黙らせる力がある。
「黙れ、と言っている。罪人は等しく裁く、我々は宇宙界の安寧と、平和のための監視を司る国。我々の法こそがすべて。貴様の父はそれを破った。わかるか?」
銀朱も無言で後ずさりした。
それもそのはず。
ここで下手に動けば、目には見えないが蕾殿の遥か後方にはヴィーの精鋭部隊が構えているのがわかる。
さすがにそれに気づかない銀朱ではないだろう。
かすかに感じる気配だけでも、私や十二祭冠と同等かそれ以上の人たちが、ゆうに五十人程度はいるのがわかる。
間違っても勝ち目はない。
「わかればいい。して、ビライトの長は勿論罰せられるべきだが、元はと言えばナルス国内の軋轢が生んだ惨劇だ。ナルスにも責任は取ってもらう。長、壮透殿。わかっておられるな?」
「異論はございません」
白蓮伯父上の隣にいつの間にか来ていた父が、静かに頷く。
「まっ」
思わず口から出かかった言葉を、白蓮伯父上が視線で制してきた。
「お待ち下さい、蕾殿。元はと言えば、諸悪の根源は五家の血塗られた歴史。それを正せなかったのは、五家会の議長である私に責任があります。先代の長であり、現在も長と同等の権力者でもある。処罰は私が甘んじて受けましょう」
「兄上!」
父が血相を変えて叫んだ。
伯父上は父の方を見ようともせず、蕾殿の方へ歩いていった。
「……良かろう、奥方に似て、国が大切なんですな、白蓮殿」
「まさか……なるほど、そういうことでしたか」
一瞬だけ目を見開いた伯父上は、すべてを把握したように微笑んだ。
時雨伯父上の方に向き直ると、白蓮伯父上はいつもどおりの笑顔で言った。
「鉄壁の牢獄でも、地獄の果てでも、どこまでもご一緒しますよ。兄上」
本当にこれでいいのか。
白蓮伯父上の名を呼ぼうとすれば、時雨伯父上が目を釣り上げて怒りをあらわにした。
「白蓮……!」
白蓮伯父上の笑顔がさらに怒りを駆り立てるのか、鬼の形相で時雨伯父上が襲いかかった。咄嗟に割って入ろうとした私よりも、その人の動きは何倍も早かった。
「罪人時雨。動くなと言っているのがわからんのか」
音もなく、目にも留まらぬ速さで時雨伯父上を張り倒した。おそらくそこにいる誰しもが、何も見えなかっただろう。
「蕾殿。あとは私が引き受けます」
「涙、そうだな、頼んだ。時雨を連れて行け」
蕾殿とともに現れた細身の女性。彼女は涙と言うのか。私を、最初に牽制した人だ。
涙と呼ばれたその女性は、時雨伯父上の腕を後ろへ捻り上げると、時雨伯父上を立たせ歩かせた。
「して、朱己、そして壮透殿。あなた方はこれからやらねばならんことがある」
蕾殿がこちらに向き直る。
まだ気が動転して何がなんだかついていけてないが、とりあえず深呼吸して向き直る。
「このナルスの膿をすべて出しきり、ナルスを立て直せ。そして、ビライトの長へビライトを返還する」
「承知、致しました」
ここまでは想定範囲内だ。
問題はここから。
何かを言われる気がしてならない。
大体こういう嫌な予感というのは当たるのだ。最悪な形で。
「ナルスを四分割しろ」
「は……?」
思わず気の抜けた声が出た。
なぜ分割なのか。
恐らく私の顔にそのまま疑問が書いてあったようで、蕾殿は言葉を続けた。
「ナルスの反乱分子であるお前の弟、そして時雨の娘銀朱。それらと血みどろな争いをして国をこれ以上壊す必要は無い。まずは分国し立て直せ」
「反乱分子に国を渡せというのですか?」
納得できない。そう口から出かけたところを、またも目の前の白蓮伯父上に目で止められ、口を噤んだ。良いから聞け、と言うことか。
「そうだ。一刻も早い再建復興が必要だ。手段は選ばん」
蕾殿の目は体を突き刺すほどに鋭く、予断を許さない。
「四分割、と言うことは、あと一人いるということですか」
口から出た疑問が不安に飲み込まれていく。
反乱分子がまだいるのか。
身内だと思っていた人たちが、身内ではないのか。
焦燥感と諦念。
その時、目の前に薬乃が現れた。
「蕾殿、残りは私達がいただきます。朱己たちの敵にはならない。同盟国としてともに戦いましょう」
そして、歩いて隣に来ると、耳元で囁いた。
「五家の生き残りには、恩を売ってある。頭の硬い面倒な奴らはこっちで引き取るわ。あんたたちは、若者でこれからの理想の国を作りなさい」
思わず顔を上げた。
薬乃は母の顔をしていた。
さっき負傷した民の中には、五家の生き残りもいたのか。それを片っ端から助けてくれた薬乃には頭が上がらない。
それなのに、それなのに。
目頭が熱くなる。
薬乃は笑っていた。
ふわりと抱きしめられ、薬乃の髪の毛からは金木犀の香りがした。
「朱己。生きなさい」
「……枝乃にも、同じことを言われた」
まぶたを閉じれば、すぐそこにいる気がした。
私の本当の姉以上に、私の姉だった。
薬乃も、母と同じくらい、私の母だった。
「ありがとう。……枝乃を、覚えていてくれて」
私の頬はいつの間にか濡れていた。
「決まりだね」
白蓮伯父上の言葉で現実に引き戻させられた。
薬乃から離れ、蕾殿に向き直れば、蕾殿も頷いていた。
「よし。国名はどうする。記録に必要だ」
国名。いきなりのこと過ぎて何も考えていなかった。少しだけ考えて、凝った名前は辞め、単純にすることにした。
「四分割なので、方角で分けましょう。東西南北。あとは……色を」
「では朱己、お前の国はどうする
「南をいただきます。……朱南とします」
南は暖かい気候だ。色も自分の名前から取るのは気恥ずかしいが、腹をくくった。
「良い名だ。他の三つはどうする……銀朱。お前の国は北だ」
「全く納得できないし、勝手に決めてくれちゃってんのよね! でも……黒北にするのよね。銀に毒が触れると黒くなるように、いずれナルス全土を黒く染めてみせるのよね」
黒はすべての色を吸収する。確かに、銀朱が選びそうな色だと思った。
「朱己。閉じ込めている弟をここへ出せ」
光属性の空間に閉じ込めていた項品を連れ出す。ものすごい剣幕でこちらに斬りかかろうとしてきたが、蕾殿に瞬時に止められた。
「弟、項品。長になれ。国の名を決めろ」
突然の投げかけに私が驚きつつ、弟を見れば満面の笑みで拳を握っていた。
「東がいいです。……青東」
蕾殿は頷くと、最後に薬乃を見た。
「お前たちの国はどうする」
「そうね、西……。夫の髪の毛も、私の髪の毛も紫だから紫西でいいです」
「わかった。シュナン、コッポウ、セートー、シセー。これで全て揃ったな。お前たちの歩む歴史は、必ず私が全て書き記す。まずは壊れた国を、それぞれの国で再建せよ」
「御意」
ナルスは国が分割され、荒廃した土地を民とともに立て直すこととなった。
時雨伯父上と白蓮伯父上は、蕾殿と涙殿に連れられ、ヴィーの鉄壁の監獄へ投獄された。
そうして、私達の戦争は予期せぬ幕引きとなった。
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