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第二章 朱南国
始まりの水面下
しおりを挟む強制的に終了させられた最終決戦から、はや一月。朱南国の長となった私は、忙しない日々を過ごしていた。破壊された建物の修復、分断された国の整備……後から後から出てくる問題は、止むことを知らない。
十二祭冠のうち、隣国の紫西へ行ったのは、父、母、夏能殿。
残る九人で、この朱南国を動かすことになる。
紫西国は、ナルスの負の遺産をあらかた引き受けてくれたようなもの。私は私で、朱南の幹部をどういう布陣にするか考えなくては。
民が混乱している中、私と父が旧ナルスの各地方へ趣き、どこの国の領地になるというのを説明して回った。勿論いきなり戦いに巻き込まれ、犠牲が出た北と東の地方については、民は激怒する者もいれば、こちらに石を投げつけたりする者もいた。当たり前だ。我々中央の血みどろな争いや、二条家の諍いなど知ったことではないだろう。
そこで我々が四カ国の長で集まり、決めた方針。
「これからの一年は、民の各国への移動を制限しない。民は自分の意思で定住先を選んでいい。一年後からは、国境に関所を設ける」
銀朱は民にはなんら興味がないようだし、項品はどう民を利用するか、しか考えてなかったようだ。
国を動かすというのは、長の采配によるところが大きく、当たり前だが民への影響も大きい。実際のところ、国の運営に正解などないのだろうが、私は民にとっての最適解を選べる長でありたい。
「民は生かさず殺さずが鉄則なのよね」
という銀朱の言葉からも、銀朱がどういう運営をするのかはなんとなく察しがつくが、個人的には推奨しかねる。分断された以上、あまり口を出せるわけではないのが歯がゆい。
ナルスだった場所がもう他国なのだという事実は、酷く胸をかき乱した。
ヴィーの本当の目的がなんなのか、正直わからないままだ。白蓮伯父上が、牢獄でも時雨伯父上を見張ってくれているとはいえ、時雨伯父上がこのまま引き下がるとも思えない。
いつ何時、何が起きても、父のように動揺せずに対応できるように。白蓮伯父上のように、考えられるありとあらゆる可能性を考えておかなくては。
ときには、母のような残虐さも必要になるだろう。時雨伯父上のいた洞窟で、肉片と化していたあの千鳥という六芒。肉片から、かすかに母の力の気配を感じた。普段は温厚な母からは想像もできないほど、残虐な一面があるからこそ、母は反逆者や捕らえられた敵の尋問も担当していたのだろうということは、用意に想像がつく。
気を抜けばいろんなことが頭を駆け巡り、処理が追いつかなくなる。気がついたときには手が止まっていて、中々進まない。ため息をつきながら書類を雑に束ねていると、扉を叩く音がした。
「誰だ?」
今は夜中。
寝るにしても寝ないにしても、各自部屋で休んでいる時間だ。
「わしだ、まだ起きておるのか」
「葉季。起きてるわ。貴方、もう傷は大丈夫? センナがボロボロだったんだからまだしばらくは休まないと」
「お主には言われなくないのう!」
眉間にしわを寄せながら部屋に入ってきた彼は足音を大きくたてながら近づいてきた。
時雨伯父上や銀朱との戦いで、私達のセンナは崩壊寸前まで重傷になっていた。それでも私がセンナの状態の割に多少の痛みを感じる程度で済んでいるのは、香卦良と白蓮伯父上から施された寄生型のセンナの魂結びのおかげなのだろう。
「早く休め、急ぎだったわしの分の書類は終わった。お主の方の書類は、明日でも構わんだろう」
書類の束の片付けを手伝ってくれた葉季は、書類を卓に置きながら心配そうに見てくる。
「大丈夫、私は」
「大丈夫なわけがあるか! 寄生型のセンナはまだ解明されていないこともあると、香卦良が言っておったであろう! 大丈夫そうという感覚が無理をしていい理由にはならん。今が国の立ち上げで一番大切な時期。無理をしてお主になにかあっては困る」
歩みを進める葉季は、言い終わる頃には私の目の前まで来ていた。私の手を取れば、ほれ、と促してくる。
「どうせ部屋で寝ろと言っても行かんのだろう。奥の仮眠の寝台で休むぞ」
「え、葉季も一緒に? 今?」
「当たり前だ、休むと言って抜け出し働かれては困る」
昔からこういう強引なところがあるのは知っていたが。観念して抵抗をやめれば、葉季は満足気に頷いて寝台へと手を引いていった。
「数時間でも仮眠を取れば大分違う。ほれ、寝ろ」
基本的に睡眠を必要としない我々は、あまり休むということに慣れていないのかもしれない。しかし、しっかり休むことがセンナの回復を加速させるのは確かだ。寝台へ半ば放り投げられるようにして乗せられれば、もう抵抗の余地もない。さっさと布団をかけられたかと思えば、葉季は寝台の横にある椅子に腰掛けた。
「葉季……そこで寝るの?」
「ん? うむ、気にするな。わしはいつもこんなんだ。ほれ、早う寝ろ」
「一緒にこの寝台使ったら? 別に狭くないし……貴方もちゃんと休まないと」
葉季が目を見開く。
自分の発言を反芻しても、特段葉季が目を見開くようなことを言ったつもりはないが、葉季が髪の毛をぐしゃぐしゃと掻いていた。
「……はぁ。いや、あー、それは、……いや。他の者には言うな、そういうことは、本当に」
「は?」
怪訝そうな顔をすれば、葉季はため息をつきながら重い腰を上げて寝台へ入ってきた。
「ほれ、早う寝ろ」
「うん、貴方も。おやすみなさい」
葉季の匂いがする。
陽だまりのような、暖かくて優しい匂いだ。
安心する香りのおかげか、まもなく眠りについたようで、その後の記憶はない。
葉季共々寝すぎて妲音に叩き起こされたのは、言うまでもない。
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