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第二章 朱南国
必死の弁明
しおりを挟む朱南に戻ったあと、物凄い形相の葉季を軽く宥めつつもすぐに紫西と念で画面を繋ぎ、陸真殿、空真殿に報告した。
「おお、良くやった! 無事に同盟取り付けたか」
「はい。……父様から言われたとおり、曲者でしたが」
苦笑いすれば、後ろで朱公と杏奈も笑っている。高能はちんぷんかんぷんな顔をしているし、葉季は般若だ。
「まあ、なにはともあれ、お疲れさん!」
「はい、ありがとうございます。して、ヴィオラからマヌンについて少し気になることを聞きましたので、共有です。……すまない、みんなは席を外してくれるか?」
朱南までの道を歩いているときに、ヴィオラが耳打ちしてきたこと。それは、今はまだみんなには言えない。
ーーー
「朱己、マヌンは思ってる以上に喧嘩っ早いわよ。あんたの弟のところと組んだんだってね。気をつけなさい、相手がうちだろうと、あそこはヴィーとテシィが怒らない限りは何でもするわ」
「ヴィーとテシィには従うってこと?」
ストラさえも迷わず敵に回すというのは意外だ。友好関係を築いていると聞いていただけに、少し気になる。ヴィオラは視線を横に流しながら唇で弧を描いた。
「いや、マヌンじゃ勝てないのよ。あのニ国にはね。……ま、これ以上は有料よ! 聞きたければ対価を寄越しなさい」
ふん、とでも聞こえてきそうな顔で手を差し出してくる。しばらく悩んでから、対価は何がいいのか尋ねると、
「そうねえ。接吻でいいわよ」
「きっ……」
反射的に顔が引きつったが、私の顔が余程可笑しかったのか、笑いながら手を振った。
「仕方がないから頬でいいわよ。今回はね」
まあ頬ならいいかと渋々承諾して、対価とした。
「マヌンの長の能力は、センナの力量、残量に応じて、その者のセンナを等価の材料に変えること。燃料だったり、金貨だったり、金属だったりね。なんでもありよ」
「……マヌンは、資源が豊富だと聞いていたけど」
「その資源は、どこからきたのかしらね。……少し考えればわかるわよね、戦争の捕虜とかよ。うちからスパイにいかせてる臣下が取ってきた情報だから確かよ」
「そんな……! でも確かに、それなら項品率いる青東とは馬が合うかも」
「でしょ? マヌンもそれを目論んだんじゃないかしらね。まあ、これはあたしの推測だけど」
そんなことを小声で話ながら歩いていると、葉季たちが待つところまで辿り着くやいなやヴィオラが耳元で囁く。
「じゃ、対価いただくわ」
ーーー
まさか目の前に葉季がいるときにされるとは思っておらず、しばらく放心状態だったが、後の祭りだ。むしろいないところでされるのもそれはそれで露見したときが問題だし、むしろ見られて良かったのかもしれないなどと頭の中で自問自答していると、目の前の画面から声をかけられた。
「朱己、大丈夫か? 顔色が悪いぜ。とりあえず、その情報は助かる。ありがとな」
「ああ、だが危ない情報だ。マヌンの長の能力は注意が必要。それから察するにヴィオラの能力はセンナの共鳴、不協和音の操作のようだ。良く無事で帰ってきた、朱己」
「はい、陸真殿、空真殿。ありがとうございます。ヴィオラの能力はしっかりとは聞いていませんが、おそらくそうかと。それでいくと、ヴィーとテシィの長の能力が気になりますが……」
等価の物体に変える能力が効かない相手。
もしくは、それが痛くも痒くもない相手ということなのだろうか。
「そうだなー、まあとりあえずはマヌンを注視しておくか。おそらく壮透殿なら知ってるかもしれねえから、聞いておく」
「ありがとうございます」
しばらく世間話もしながら、通話を切った。
悩ましいことに変わりはないが、とりあえず父からの情報を待つことにして、一旦自室へ戻ろうと会議室を出ると、朱公が待っていた。
「朱己様、お疲れ様です。お休みになられますか?」
「ありがとう、今部屋に行こうかと思ってたところ」
返答を聞いて顔が明るくなった彼女は、お部屋にお茶を持って伺いますと言って去っていった。もしかしてお茶のことを聞くために待っていたのだろうかと彼女の気配りに感心しながら部屋に行けば、葉季が待っていた。
「よ、葉季……」
「終わったか、ご苦労だったの」
般若の顔ではなくなっているが、どう見ても彼の背後に黒い何かが見える。朱公の行動の真相はこれか。
苦笑いしながら円卓を通り越して自席へ向かおうとすれば、長椅子に座っている葉季が笑顔で手招きをしてきた。
「朱公から聞いたぞ。あれは対価だったそうだのう」
「……やっぱり、歩いているときに聞かれてたのね」
五感や隠密に特化したあの二人なら、盗聴だってお手の物だろう。さっきは紫西の二人の手前あえて人払いをしたが、実際のところもうすでに彼女たちには聞かれているだろうとは思っていた。
「さて消毒消毒」
葉季の隣へ腰掛けるように促されると、早速布で頬を拭いてくる。痛くはないしふわふわした柔らかい布を選んでくれたのは優しさだろう。
「葉季、ごめんなさい。次からは気をつけるわ」
「気をつけるとは?」
笑顔で布を片付けると、私の頬をやんわりと触ってくる。
「えっと……対価?」
「ほお。国のためなら自分の身を対価に差し出すお主が気を付けると、ほお?」
笑顔のまま頭を引き寄せられて、近づく顔に思わず目を瞑った。ちょうどヴィオラが口付けてきた場所に、ふわりと触れる。
「間接的な接吻だと思うと大変腹立たしいのう」
「ご、ごめんなさい……」
その後も何度か頬に彼の唇が触れた。
目を瞑ってされるがまま、大人しく止むのを待つ。少しだけ体が強張った。
「だから本当は行かせたくなかったのだ」
私の髪の毛を撫でる彼の手は優しい。
そのまま胸に抱きすくめられ、心地よさを味わった。
「もう、わしは失うものがお主しかない」
体を抱きしめる手に力が籠もったのがわかる。
彼の背中を抱き返すと、少しだけ和らいだ。
「葉季、心配かけてごめんなさい。大丈夫、必ず生きて帰る。約束するわ」
「次はわしも連れて行け。必ず。それからもう接吻どこにもは駄目だ。本当に」
顔を上げて笑うと、彼はしばらく私の肩に顔を埋めながら、ため息をついた。彼の背中を擦りながら、視線を扉へ向けると、扉を叩く音がする。
葉季から体を離して、立ち上がった。
「朱公です。お茶をお持ちしましたが、入らぬ方がよろしいですか?」
「ありがとう。いいよ、入って」
気まずそうに入ってくる朱公を見て、葉季も立ち上がりお茶の盆を受け取ってくれた。
「朱公、要らぬ気苦労をかけた、すまぬ」
「いえ、滅相もございません。……葉季様、今回は壮透様から男性は連れて行くなとの助言を賜り、そのようにさせていただきました。確かに、男性だったら殺してるとかそう言う発言がヴィオラ様からあり、穏やかではありませんでした」
正直に話す朱公は本当に申し訳無さそうに眉尻を下げている。
「わかっておる、わしも父上から小耳に挟んだことがある。変わり者だとな。よく同盟を結んできた、すごいことだ」
恐縮です、私は何もしておりません、と頭を下げる朱公の肩に手をおいて、顔をあげさせた。
「そんなことないわ。ヴィオラも言ってたわ、側近も落ち着いているわねって。センナに触れられたときも、二人がいたから堂々と構えられたのよ」
「ちょっと待て。センナを?」
葉季の一言ではっとしたときにはもう遅い。
朱公がものすごい顔でこちらを見ている。
私と同じことを思っただろう。
「つまり、胸の辺りを……ということか?」
私の横にいる彼から溢れ出る何か。
葉季の方を見れない。全身から汗が吹き出しているような気がする。朱公がいたたまれなくなったのか、私と葉季を交互に見やる。顔が青い。
「朱公、すまぬ。朱己と二人にしてもらえるか? ……そして明日朝まで誰も近づけさせるな」
笑顔で、柔らかい口調で言葉を紡ぐ葉季。
全く怒気がない。
それなのに顔が見れない。冷や汗が伝う。
「かしこまりました……!」
風よりも早く朱公は部屋から出ていった。
「さて。朱己?」
「ご、ごめん! 本当に、事故。胸を触られたんじゃなくてセンナを触られただけ! 本当に。いや、そもそも、助けてもらったの、センナを」
「ほお? 事実は体に聞いてみるか?」
まるで白蓮伯父上のように完璧な笑顔。
急いで距離を取るように、円卓を挟んで、笑顔の葉季と対峙する。
「陣」
「まっ!」
その後、弁明と攻防で夜が明けた。
二度と葉季は怒らせまいと誓った。
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