朱色の雫

弦景 真朱(つるかげ しんしゅ)

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第二章 朱南国

紫西を襲う影

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ーーー
紫西しせいで行われる定例会議で、先刻朱己からもらった情報を壮透殿に話す。

「……ということで、朱己から情報提供をしてもらった。壮透殿、なにかご存知か?」
「マヌンの長の能力については初耳だ。だが、ヴィーの長、らい殿については知っている。センナの記憶を改ざんする能力。そして、蕾殿のセンナにはいかなる攻撃も届かない」

 淡々と答える壮透殿が話す内容は、酷く信じがたい内容だった。

「待ってください、センナになにも届かない……?」
「正確には、蕾殿のセンナには何者も触れられない。すべての異常は無効化される」

 全員が目を見開く。
 宇宙界筆頭、ヴィーの長の能力。
 全部の属性の外付けのセンナを身にまとった時雨殿が可愛く思えるほど、途方も無い話に思えた。

「待って、壮透。あのとき、白蓮は時雨に聞いていたわよね。使って。ビライトの長の能力じゃなかったの?」

 妻である薬乃が怪訝そうな顔をしている。当時その場に居なかった自分としては、薬乃が話されていたことを教えてくれることがありがたい。
 壮透殿を見れば、頷きながら口を開いた。

「あれは、おそらく兄上のハッタリだ。記憶が消されたことを理解した兄上が、時雨兄上へけしかけた問い」
「ハッタリ……あの場でハッタリをかましたっていうの?」
「私も記憶が消されていたから、あの時の白蓮兄上の違和感がなんなのか、文献を探してやっと見つけた。改ざんはビライトの長の能力ではない。ヴィーの長の能力だ。なのに時雨兄上が使えたから、今回ヴィーが早く動いたのかもしれん。……他にも理由はあるかもしれんが」
「なるほどね……。文献にマヌンが載ってないのは、比較的新しい国だからかしらね。長の能力……それじゃあ、ビライトの長の本当の能力って?」

 不思議な緊張感が漂う。
 明確になればなるほど、もうあとには戻れないのだと突きつけられる。不可解な能力をもつ、宇宙界相手の戦いから。

「ビライトの長の能力は、相手のセンナを操れる能力だ。文献によれば、だが」
「操る……まさか、時雨が実は操られてましたなんてことないわよね!?」

 薬乃が勢いよく立ち上がった。
 もし黒幕がビライトの長だったら。
 もし、時雨殿が被害者だったら。
 もし。
 考えても仕方のない「もし」という想像が頭を埋め尽くしていく。

「それはない。……おそらく。ともに牢獄に入った白蓮兄上からなにもないのを見ると、今も時雨兄上は特に変わりないということだろう。……もしくは、牢獄の鉄壁に阻まれて、白蓮兄上からはなにも発信できないのかもしれんが」
「壮透、今俺の兄貴もヴィー周辺を見て回ってる。あわよくば白蓮と連絡を取れないか試してるようだし、とりあえず今は兄貴に任せようぜ」

 夏能殿の言葉に頷く壮透殿は、なんとも言えない顔をしていた。
 まだ何か、引っかかることがあるのか。

「壮透殿、なにか」

 気がかりがあるんですか。
 口に出したはずの言葉は、見事に轟音にかき消された。
 けたたましく鳴り響く、建物が破壊されていく音。
 耳をつんざく爆発音。
 反射的に隣りにいる妻を引き寄せて、防御体勢に入る。

「何者だ!?」

 旧ナルスの対能力者用の結界は、ナルスを分割した際に消された。言ってみれば、それぞれが自国に結界を設けない限りは、完全に野ざらし状態となる。
 まだ簡易的な結界しか張ってなかったとはいえ、法華姉上の音波の壁を破って来たってことは、相当の手練。
 旧ナルスの崩壊により生じた、宇宙界の力関係の歪み。あの歪んだナルスに、自分も守られていた一人だということを、むざむざと突きつけられる。
 しばらくすると、先程までの轟音が嘘だったかのように静まり返った。我々のいる、この簡易的な建物の壁を木っ端微塵にした者の姿はまだ見えない。
 ここにいる七人ーー自分、薬乃、空真、壮透殿、姉上、夏能殿、光尽殿ーーは、全員無事なのが目視で確認できた。
 となれば、あとは。
 薬乃の肩から手を離し、臨戦態勢のまま辺りを確認する。壮透殿や姉上たちも、各々周りの気配を探っている。気がつけば、全員背中合わせになるように、中央へ集まっていた。

『皆、お怪我はありませんか』
『姉上、大丈夫です。……全く敵の気配が読めません』

 姉上からの念に答えながら、違和感を覚える。
 全く読めないのだ。
 気配が読めない。本来、気配を消すにしても、必ず糸口は見つかるものだ。
 我々は、今誰一人として敵の気配が読めない。
 人為的なものではないのかもしれない。
 様々な可能性を考えながら、気配の探知をどんどん広げていく。
 その時だった。

「……時限爆弾、ですね」

 姉上が腕を少し動かせば、かすかに光るものが宙を舞った。姉上の弦だ。その先に、なにか引っかかっている。器用にそれを片手で掴んだあと、姉上は頷いて壮透殿を見た。

「壮透。これを」

 姉上が壮透殿に手渡したもの。
 なにかの破片のようだった。

「……時限爆弾……そうか、、物理的な破壊を目的とした爆弾が設置されていた、ということか」
「ええ、そのようです。完全に、私の音波の壁をすり抜けてました」

 皆が破片に注目する。
 誰が。なんのために。

「……朱己に連絡を繋げるか」
「はい」

 朱公へ連絡すると、朱己を呼んでくれた。
 すぐに朱己に声をかけないのは、なにか手が塞がっている状態の場合を考慮しているだけで、旧ナルス内、隣国程度の距離なら、朱己は難なく念を繋げる。
 基本的に、念を繋げる距離は五感の能力の顕出度に比例するため、他国までとなるといくら朱己でも負担が大きくなる。そのため、書簡や密偵等は五感の能力が優勢な朱公、杏奈が行うことが多い。

「陸真殿、お待たせ致しました。……どうされたのですか、建物が!」

 映像で見えているであろう、この悲惨な状況に瞠目している朱己。壮透殿は朱己の様子を一瞥したあと、静かに口を開いた。

「朱己、対物用爆弾を仕掛けられていた。……ビライトへ密偵を送れるか。こちらは、民を含めた安否確認を先にしたい」
「かしこまりました。……爆弾の型は、もうおわかりですか?」
「破片しかないが、センナ浸潤型ではない。乙型だろう」

 乙型? と疑問に思っていると、姉上がこちらを見て微笑んだ。

「ビライト特有の爆弾には、種類があります。甲型と呼ばれる、センナ浸潤型。乙型と呼ばれる、対物型。そして、丙型と呼ばれる、寄生型の三つです」
「……すみません、姉上。甲型と、丙型の違いはなんですか?」

 センナ浸潤型と、寄生型?
 まるで一緒に聞こえる。
 姉上は特に気にする様子もなく答えてくれた。

「甲型は、センナの残量が一定量まで減ったあと爆発し、近くにいて爆発に飲み込まれた者たちのセンナも、もれなく餌食になります。つまり、周りにセンナを持つ人がいる限り、新しく爆弾が増え続けていくということです。対して、丙型は体の一部分に寄生し、爆発するというもの。違いとしては、センナか体か、爆弾が自動的に増え続けるか否かということですね」
「甲型は、枝乃しのを殺した型よ、陸真」

 妻の一言で思い出す。愛娘を失った、忌まわしき事件。
 ビライト。娘の仇の爆弾を作った国。
 気がつけば、固く手を握りしめていた。

「この爆弾を開発したのはビライトで間違いないが、他の国に輸出している可能性がある。それを探れ」
「かしこまりました」

 通信が途切れる瞬間、朱己の顔が、少しだけ曇っているように見えた。
 見えただけだ。
 朱己にとっても、因縁の国だからだろう。
 終わらない戦いを、終わらない連鎖を目の前にしても、ただ手を握りしめることしかできない自分が、酷く惨めだった。
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