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しおりを挟む「オリバー様。」
今日もメイドがやってきた。
胃に優しそうな食事が並んだトレーは1つでは無い、どれでも好きなものを選んでいい。だから食べてくれ。そう、オリバーには聞こえるが ただいつも通り首を振って「いらない」と答えた。
メイドは困った
今度こそ食べさせねば、約立たずとこの役目から外されてしまう。
「どうか、少しだけでも」
それでもやはり首を振る少年、いや、漂う雰囲気は青年と言ってもいいかもしれない。
華奢な身体はここに来た時よりも更に薄くなり、顔色も悪く
その瞳には生きる力が感じられなかった。
息を吸うのも吐くのも、億劫だといったように
「…本日は将軍閣下がおいでになられます。食べなければ」オリバーは、無意識に手の甲の骨が浮き上がる程膝の上で服を握り締めた。バントレン、身が震え上がった
それは怒りか、恐怖か。オリバーは認めたくないのだ
戦争とは、誰かが必ず死ぬ
どちらが起こしたかなども、不毛な論争だ
始まった時から覚悟は出来ていた
失う事も、死ぬ事も
だが、その2つが揃ってやっとの覚悟だということには気づかず、最愛の王だけを失い、自分は生き残ってしまった
その末に残るものはなんだ
「…いらない」
「以前の様に、苦しむことになります」
そう、以前。今日と同じようにまともに食事を取らないままバントレンに激しく抱かれ、高熱を出したが蓄えた栄養など無いオリバーの身体は中々回復しなかった。このまま死ねたらどれだけ良いかと、夢現で王に連れて行ってくれと何度願ったか
しかし。オリバーは死ぬ事が出来なかった
「お前が死ねば、王妃の価値も無くなるな」
あの男を殺してやりたかった。バントレンはオリバーに生きる力を無理やり与えたのだ
今や、あの城から生きて残る人物は王妃しかいない。
王が他国から1人やってきた王妃を気にかけていたことをオリバーはよく知っている。子を望まないと、告げた時の王妃の目が忘れられないと憂いていた事も。
体が回復した後、オリバーは王妃に会った。
だが話すことは叶わなかった
王妃の身体は1度瓦礫に埋まり、重症を負ったまま家臣に連れられ逃げ回っていたのだそうだ。バントレンの部隊が発見した時には既に意識は無く、この国のカラクリに繋がれていなければとっくに死んでいる
この装置を止めるのは、とても簡単な事に見えた
「オリバー様」
メイドは今度は強く促し、一生開かぬ窓際に座っているオリバーの目の前までやってきた。
若いと言えどオリバーより年上のこのメイドの瞳は、何も知らなかった。目の前で最愛の人間が死ぬ所も、祖国が滅ぶことも、両親が生きているかも分からないなんてことは無い。仕事を果たさなければ怒られてしまうという不安しか、無いのだ
なんと幸福に見えることか
「…スープだけ」
「ひっ、…ぁあっ…!」
ギシギシと、上等なベットであろうに軋む音がなるほど激しく求められ、オリバーの意識は限界を迎えていた
「眠るな。オリバー」
「も、むり…です…やめて…」
「まだ足りん」
いくら抱いても足りない。
何度塗り変えればこの身体からあの戦神を追い出すことが出来るのか。
涎を垂らす口に噛み付けば、酷く甘く感じる。肌に触れれば離さないでと吸い付いてくる。柔らかな髪ではあやされ、澄んだ瞳は真っ直ぐに心を抉ってくるのだ
その全てが、あの戦神のものだった
「ひっ、い…やぁっ!そこ、入らないって…!あっあっ…!~っ」
ボロボロと泣きながら訴えるオリバーに、辛くて堪らないから、奥には挿れないでと無駄な願いをされた事を思い出す。
叶える義務がどこにある
この身体はバントレンのものだ
戦が終わった後、王から何か褒美をと言われたった一つ望んだのがオリバーだった
「ふ、うぅ…っもうやだぁ…!」
「オリバー…、オリバー」
バントレンはオリバーによって自分が侵食して行くのが分かる。それは留まることを知らず、全身が染まり終わってからも上からまた侵食が始まるのだ。
愚かな事だとわかっている。
たかが、敗戦国の無様に死んだ王の愛人
貴族でも王家の血筋でも無く、長けた能力も無い。そんなただの子供に入れ込むのは、以前のバントレンからしたら狂気の沙汰だ。
いや、今でもその考えは変わっていない
そうだ。バントレンは狂気に堕ちたのだ
「私を愚か者にした罪を、その身をもって償え」
どこまでも傲慢を地でいくこの男は、その日もオリバーの身体を貪った
*
「陛下、陛下」
オリバーは決して口数が少ないわけではない。だが、柔らかな声音は騒がしさなど感じさせず、控えめな瞳は膝を折って話を聞いてやりたくなる程の力を持つ
だが、王は暇では無いのだ
「オリバーよ。部屋で待っていろ」
振り返りもせず書類を持たせた臣下を引き連れ、廊下を歩く。
オリバーをここに連れてきて半年。
鋼の身体を持つ王に抱かれる事に泣きながら怯えていたのが昨日のことのよう
家族と引き離し自らの父より年上の男に身体を奪われるのだ。恨まれても仕方がないとは思っていたが、
「お前を雛鳥と例えたのは誰だったか」
言いつけても足音を立てずにこっそり付いてくるオリバーに、王は等々振り返った。
手を差し出してやれば、途端に顔を明るくさせ走ってくる。
幼子のように無邪気に抱きついてくるかと思いきや、決して王の寵愛に驕らず、控えめに指先を乗せてくるいじらしさも見せてくる。こういう所はいつも、王を堪らなくさせた
「ぁ、へいか」腕を引いて簡単に抱き上げるとクスクスと笑い声が上がる
王は戦神と恐れられた男だ。
そんな男の腕の中に閉じ込められ、幸せそうに笑うのはこの少年だけだろう
「陛下、陛下」
嬉しそうに呼ばれれば、怒る事も難しい。
だが
「オリバー。臣下の前で私を無能な王にするつもりか」
悪戯気味に叱れば、オリバーは素直に首を振って謝罪をした。
分かっている。同じ年頃の人間も居らず、メイドでさえ貴族の娘であるこの城に居場所が無いのだ。「陛下、ごめんなさい」
同じ年頃の人間を傍に置かないのは、王の指示だった。まだ年若いオリバー、若者を傍に置けば何かが芽生えてしまうかもしれない
王は生まれながらに王だ。欲しいものは手に入れる、それが若き人間の未来を奪うことであっても構わない。
それでも、申し訳なさが無い訳では無い
「昼食は東屋でとる。どうだ」
オリバーは外でとる食事が新鮮なようで、教えてからというもの、昼食は何処でとるのかとよく聞いてくるようになった。
「!」頬を抑えて何度も何度も頷くオリバーの短い髪を、仕事に戻る合図のように梳くと柔く手を握られ、武骨で丸く硬い指先に柔らかな唇が当てられた。
「彼奴、」何処で覚えたのか
逃げるように走り去っていく後ろ姿を見つめた後、王は仕事に戻った
オリバーは胸を抑えて廊下を走っていた
陛下、陛下、お優しいお方
高鳴る心臓は怖い程だった。
傍に行けば、その存在感に圧倒されてたまらなく緊張するというのに、1度名を呼ばれ触れられれば恋しさが溢れ出るのだ。
オリバーは、それの止め方が分からない
仕事中の陛下の邪魔をするなど信じられない、と自分で自分に怒るが、何よりも抱き上げられた事や撫でられたこと。そして指先にキスしてしまったことの恥ずかしさで頭がいっぱいなのだ。
オリバーは若い。初めての恋に舞い上がっていた
「オリバー様、走っては危ないですよ」
「はぁい」
よく面倒を見てくれる年高のメイド達に注意され、ピタリと止まってから歩き直す。
「まぁまぁ、そのように薄着で」
「あらほんと、そうだわ!新作が届きましたのよ。きっと暖かいわ」
この城の人間はオリバーに厚着させたがる。
薄く白い身体はオリバーを病弱に見せ、尚且つその身体で逞しい王を受け止めているとなると心配になるのだろう
だが、オリバーは至って健康体だ
若く代謝もいい身体は暑がりで、出来れば下履なども脱いでしまいたい程
「へ、平気です…!」走ってはいけないと注意された傍から厚着から逃げるようにメイド達に背を向けてしまった
小さな笑い声が背中を撫でた気がする
初めてこの城に来た時と今とでは、抱く感情がまったく違う。
戦神と恐れられた血に塗られた王が支配する恐ろしい城ではなく、恋に身を燃やし、それをあたたかく見守ってくれる優しい城なのだ。
今ではすっかり家に帰りたいなどという感情は薄れてしまった。
陛下のお傍に居たい。出来るならば、永遠に
「何処からきたの?」
バントレンに激しく求められたあと、オリバーは疲れ果てた身体で行儀悪くも床に寝転んでいた。ベットから起き上がり1つしかない窓で日に当たろうとしたが、足腰が言う事をきかなかったのだ。
メイドを呼ぶのも嫌で、そのままそこに座り込んで暫く。
床を這う者に気付いたのだ
「…小さい」
それは見たことも無い、恐らく虫だった。
丸い体に鮮やかな光沢のある赤を纏い、その上には黒い斑点が4つ
不思議な見た目に、オリバーは久しく心が跳ねた。この国はオリバーの祖国よりも寒い
気候が変わると生き物も変わると両親に教わった。
「なんていうんだろう」
そう口に出してから、オリバーは心が一気に冷えた。気になったところで、答えて欲しい人は居ない
部屋の扉をノックされ、オリバーは慌てて起き上がろうとしたがやはり立つ事は出来ない。「失礼致します、…まぁ!オリバー様…!」
やはり面倒な事になった。初めて見る顔の年配のメイドは顔を青くさせて駆け寄ろうとしたが、老人の手では細いとはいえオリバーを持ち上げてベットに戻すことはできないだろう。
「すぐに戻って参ります」と律儀に扉を閉めて去ったのを見て、オリバーはもう1度自分の足腰と格闘するが、やはり言うことをきかない。大人しく、メイドが助けを連れてくるのを待つしかないようだ
しかし、戻って来たメイドが連れてきた人間が良くなかった
てっきり、同じ女のメイドを連れて来ると思ったのだが、年配のメイドが連れてきたのはよりによって男だったのだ。
身に付けているものを見ると、恐らく警備の兵だろうが胸に光るバッチは磨かれて綺麗だ。新しく配属された兵だろう
「だめ…だめ…」
尻餅をついたまま後ずさるオリバーに、年配のメイドは安心させるように微笑んだ「大丈夫ですよ、私の孫です。」
彼らは何も知らないのか
オリバーは男に触れてはいけない
「オリバー様、失礼します」
「だめ!触らないで下さい!」
殺されてしまう、
「…将軍閣下を…!呼んでください!」
「愛い事をするな、オリバー。」
新たに手を貸してくれるメイドではなく、バントレンを呼んだのには理由がある。
オリバーの部屋に別の男が入った事は、瞬く間にバントレンの耳に入るだろう
例え触れられる事を避けたとしても、護衛兵と年配のメイドは罰を受ける筈だ。
最悪は、死を迎えるだろう
それを回避させる事が出来るのは、オリバーしかいなかった。
忙しい身であるバントレンが部屋にくるまでの短くは無い時間、オリバーは床で座り込み、待ち続けた。きっともう立ち上がれる事が分かっていながらも、敢えて立つ事もせず。
部屋に来たバントレンに優しく抱き上げられ、ベットに腰掛けたバントレンの膝の上に乗せられる
髪を柔く梳かれ、熱い吐息が首を撫でた
上機嫌に見えるバントレンに、あの二人の危機は回避出来たとそう思ったのだ
「だが、」びくり、とオリバーの肩が揺れる
「お前の部屋に男が入ったのは許し難い事だ」やはりバントレンの耳に届いていたが、その事に驚きは無い。オリバーは震える手でたくましい胸にそっと手を置いて、控えめに寄り添った。「た、立てない私を気遣って下さったんです…それに、触れられてません…目も合わせていません…」
「そうか、憎い私に媚びを売るほどにあの兵が気に入ったか」
「…違う…!違います!」
裏目に出てしまった。体の底が冷えていく感覚に、オリバーは慌ててバントレンを仰ぎ見た。相変わらず、温度を感じさせない表情だが、その瞳はゆらゆらと熱く燃えていた
「お前の視線1つ、誤れば誰かが死ぬ事を努努忘れるな。」
2度目は無い、と強く瞳を見つめられながらいい聞かせられる。オリバーはぽろりと涙を流した
バントレンはオリバーを哀れに思う
己のような残酷な人間の、制御出来ぬ感情をぶつけられるのだ。この小さな身体でどうして受け止められようか
だが、見つけてしまったのだ。もう遅い
未来永劫、この想いは呪いにまで化し、この少年を離すことは決して無いのだ
「王妃様、今日は雨が降っております」
静か過ぎる部屋には、カラクリから聞いた事のない音が規則正しい感覚で鳴るだけだ。
今日はバントレンが王に付き合って遠乗りに出掛ける日。オリバーはこの日だけ、王妃と面会を許されている
雨足が強くなっているため、もしかしたらバントレンが早く帰ってきてしまうかもしれない。勝利を収めた国は、これ程までに時間が緩やかなのかと唇を噛み締める
「…王妃様、お話がしたいです…王妃様」
変わらず眠り続ける王妃の顔は、とても穏やかに見える。眠っていればきっと、痛みを感じないのだろう
凛とした、王妃の美しい立ち姿はあまりにも王の隣に相応しかった。そこに子供の自分が割り込むのはどれだけ身の程知らずかと、後宮に来たばかりの時は王妃の顔も見れなかった。
「王妃様…」
王妃は目覚めたとしても自らの足で立つことは叶わないだろう。
ベットの上で横になった体は、足の当たりでシーツの膨らみが消えている
「…ッ、」愚かにも、オリバーはつい最近まで知らなかった事だ。
なんて残酷な事をするのかとバントレンに詰め寄れば、むしろ生かす為に必要な切断だったと言われる。
医療の知識が無いオリバーには、それが本当の事かどうかは分からなかった
もし、王妃が目覚めた時
自らの足が無いことに気付いた時
国が負けたと知った時
王が死んだ事を知った時
オリバーはなんて言葉をかければいいのだろう
「オリバー様。将軍閣下がお呼びです」
扉越しに綺麗に筒抜けた声は、中でなんの話をしているか監視をする為に作られた特殊な扉のせいだ。
やはり早く帰ってきてしまったと重い溜息を吐いて、オリバーは椅子から立ち上がった。
「王妃様、失礼致します」
扉を出ればワゴンを押すメイドと、その他に何人かが待ち構えていた。
このパターンは初めての事で、オリバーは困惑した。「将軍閣下は本日東屋で軽食を取られるとの事です。」
東屋。また、オリバーの幸福な記憶があの男に塗り替えられる
「そうですか」冷たい声音が抑えられなかった。むしろ、わざわざ声のトーンを下げる気力が残っている自分にも驚いたくらいだ
「さぁ、オリバー様」
「来たか」
雨の降る日にわざわざ東屋に来るのは何故かと不思議にも思っていたが、到着して納得した。柱しかなく、壁が無いのは同じだが、東屋自体が高床になっており屋根も広い。
地面から跳ね返る雨も風で雨が吹き込んで来ることも無いのだろう。
バントレンは上裸で、メイドに血に濡れた身体を拭わせていた。
緊張で固まるが、傍に置かれた角の生えた草食動物の頭を見てもうひとつ納得する。
「王は獣狩りが趣味なのだ。ただ捌き方が少々手荒な方でな。動脈を切ってしまわれた」バントレンは手を払って頬を染めたメイドを退けさせると、オリバーに手を伸ばした。大人しくその手を取ると、「お前が拭ってくれ」と言った。
メイドが柔らかなお湯で濡らした布を手渡してきて、オリバーはまた大人しく、従った。
逞しく、傷だらけの身体。
筋肉で隆起する腹を布越しに撫でていく
あっという間に真っ赤な染まった布を、差し出された小さな水瓶でまた荒い白くする。
何度かそれを繰り返せば、赤く染ったバントレンの体は褐色の肌を取り戻した。
その間、頭上から視線を感じ続け、早く終われ、早く終われと願っていた
「も、う…いいでしょうか…あっ!んんっ」
離れようとすると、腰を抱かれて顎を掴まれた。噛み付くように口付けられ、オリバーの足は僅かに床から離れる。
汚れは落ちても、鉄のような血の匂いは消せない。なんておぞましいキスか
「下がれ」
オリバーに口付けの合間に、視線だけをメイドたちに向けて言い放った。頭を下げ次々と東屋から出ていき、最後のメイドが城内に続く廊下へのカーテンを閉めた
「ぁっ、いやです…!食事を取られるって…!」立ったまま服の裾を捲り上げられ、まろい尻が露出する。バントレンは何も言わず、オリバーの身体を抱き上げて、その背中を柱に押し付けた。
柱とバントレンに挟まれ、足は浮いている
高床の東屋だ、決して低いとは言えず、落ちれば受け身も取れず痛い目にあうだろう。高い場所という本能的な恐怖に、オリバーは目の前のバントレンに縋る他無かった。
熱い息が首や肩を這い、ぬくり、と後孔に指が入れられる。オリバーはいつ抱かれてもいいように朝の支度でメイドに強制的に潤滑油を仕込まれるのだ
「いや!嫌です!…ぁっあぁ…!んっぅ」
快感を感じる所など、とっくに暴かれている。グチグチと早いペースで指を動かされ、オリバーは喘ぐしか無かった
「ひ、ぃ…ぁっだめ、だめ…!いっちゃ…あぁ」バンドレンは痙攣する身体に構わず指で愛撫を続け、イかせた。
「…は…ふ…いやです…ここはいや……バントレン様」
オリバーが名を呼ぶ時は、その願いをどうにかして叶えてもらいたい時だ。
そして、その願いの殆どが
戦神に関係する
ずんッ、「ひっ…!ぁ……けほ、」
思い切り突き上げられた身体は、異物を出そうとオリバーを咳き込ませた。
可愛さ余って憎さ百倍。名を呼ばれることに青い恋のように心が踊ると言うのに、意中の相手はその名を、名として使っていない。ただ、必死に望みを訴える単語としてその口から吐くのだ
「ひんっ、や、やらぁっ…!んぁっ、あっ、」
「東屋で、戦神に抱かれたのだろう。」
途端に締め付けが強くなり、バントレンの苛立ちは増す。「あっ、つよ…あっあっ!」
「忘れろ、敗北した男の事など」
「ぁあ……っ!」
「機嫌が良いな」
大きな手で不意に耳に触れられ、振り返ると王が一瞬面くらった。そして歯を見せて笑ったのだ。オリバーは持っていた蜂蜜入りのパンをぽとりと落としてしまった。
笑う王は何度も見たが、歯を見せるほど口角を動かしているところは初めて見る
「そのように蓄えずとも、誰もとらん」
どうやらパンを詰め込み、頬をふくらませたオリバーに笑ったようだ。
「…!」恥ずかしくなったオリバーは顔をバッと抑えて俯いた。子供っぽくて、行儀が悪い。「よい、好きに食せ」王は銀のカップでワインをあおる
オリバーは挽回しようと、ワインの入ったピッチャーを取って構えた。王がカップを傾けると、すかさず注ぐのだ。
しかし、「…あ」王は、両手で持っていたピッチャーをオリバーから片手で取り上げた。思わずそれを視線で追ってしまうが、行先はすぐ側のテーブルだ。「陛下?」いつもはピッチャーを空にするほど飲むのに、と不思議に王に視線を戻したが
オリバーは固まる事になる。
「…っ」王が見ている。
ただ見ているだけでは無い
先程の和やかな空気はなりを潜め、オリバーの身体は熱を持った
「オリバー」
「……はい」
膝をついて王の厚い胸板に寄り添えば、大きな手が腰を抱く。それだけで声が漏れそうになってしまうが、ここで抱かれるかどうかも実際分からない。それなのに1人昂らせては恥ずかしい。オリバーは王に伺うように胸板から視線を上げた
「…お前は本当に愛いな」
王は、真っ赤に染ったオリバーの耳を食んだ
「んっ、ぁ…ふっふふ…」
「笑うとはいい度胸だ」
「だ、だって…ふふ…お髭が擽ったいのです」王の整えられた髭はオリバーの特に大好きな所だ。意図的に髭を押し付けるようにして擽られてオリバーは笑いが止まらない。
王はただオリバーを抱くだけで無く、戯れてくれる。それが愛しくて嬉しくて、この世でもっとも幸福なのは自分だと感じさせてくれるのだ。「お遊びはここまでだ。…脱いでみせよ」「……はい」
王の言いつけ通り、少し離れて薄衣を肩からそっと外す。とても恥ずかしい行為ではあるが、手練手管の無いオリバーにとって愛しい王を喜ばせる数少ない行為だと思っている。
王は肌を滑る服を見ながら、ワインを傾けた。はるか昔の話だが、王の祖父に当たる男が女中のストリップを肴に酒を飲んでいた事を、軽蔑していた己を思い出した。
だが今なら痛いほど気持ちが分かる
これ程そそられるものはない
腰の紐をゆるりと解くと、柔らかな尻と腿が顕になる。そこに噛み付きたくなる衝動に、枯れる日はまだ遠いと王は自身を笑った
「へぇ…か……」
「よく出来た」褒めてやれば真に嬉しそうに笑うオリバーは、これがどれだけ淫らな行為か分かっていないのかもしれない。
「へいか、へいか」
裸のまま抱き寄せてやれば身体が見えなくなり恥じらいも和らぐのだろう。
子猫のように擦り寄ってきたオリバーをの腰を持ち上げ、膝の上に跨らせる。
慎ましやかな後孔に武骨な指を滑り込ませれば、中に花の油を仕込んでいたのか簡単に侵入を許す。これをはしたないと叱るか、よく出来たと褒めるか、どちらにせよ愛らしい反応が帰ってくる事だろう。
だが、むず痒そうに腰を揺らす様を見て、取り敢えずは追い上げてやろうと指を根元まで入れてやると大きく喘いだ。
オリバーは途端にパシリと顔を覆う
「んっ……!」そうなのだ
ここは東屋、柱と床のみで形成された建物は無防備で、日除けの薄いカーテンがあるだけ。近くには護衛の兵たちが控えている
「ふむ。抑えておれ」王としても、オリバーの甘い声を男共に聞かせたくは無い。
だが、外で行為に及ぶのは初めての事だ。オリバーは緊張と恥じらい、全てが興奮に繋がっているのかぎゅうぎゅうと王の指を締め付けている。
「陛下、恥ずかしいです…ここでは…ぁんっ!」
膨らみを擦ってやれば簡単に声を上げるオリバーに、王は少し笑った。
しかし、それがオリバーの機嫌を損ねる事になったようだ「もう…!からかって…っ」ぺしり、と胸を叩いてくる。普段ならば余りにも恐れ多い王に とこのような態度は取らないオリバーだが、快感に酔うと距離がぐんと短くなるようで、王はそれも好ましかった
「機嫌を治せ、くれやろう」
「で、ですからここでは…ひっ!んぅ~っ」
昂りをゆっくりと忍び込ませれば、全身を緊張させて声も出せずにいるオリバー。その背を宥めるように撫でてやれば、ぽすん、と上半身を完全に王に預けてきた。
気を遣ったかと覗き込めば、王は今日2度目の笑顔を見せた
「そうむくれるな、」
頬を膨らませ、涙をためた瞳。眉は不機嫌そうに下がっていた
余りにも愛らしい威嚇に、王はオリバーの頭上にキスを落とす
「オリバー、我が心臓よ」
「……陛下、お慕いしております。心から」
「ひっ、んぁ…やめっ、あ゛ぁ!」
様々な体位で貫かれ、どれだけ経ったか。
雨足はもっとも強い時間になり、外から東屋の音は全く聞こえないだろう
グチグチと激しい水音は、こんなにも響いているというのに
「もぅ、やら…しんじゃっ」
「それもよい。私が死ぬ時はこうしてお前を殺してやろう」わざわざ不可能な事を言っては、オリバーに自身の執着の恐ろしさを知らしめる。こうすることでしかバントレンはオリバーを縛れないのだ
「ひっぅ…うっ……」
揺さぶられながら、王の記憶が強く蘇る。
何度も思い出しては目敏く気付くバントレンに追い上げられる。「名を呼べ。私の名を」
もはや首を絞められるような形で背けた顔を抑えられ、そう言われる
「……ひっ、ぐっ…!」
「っ…」
何度注がれたか分からぬ精は、ごぷりと溢れ出した。荒い呼吸を続けたオリバーの手先は震え、感覚が無い
バントレンは頭にも少し獣の血をかぶっていたのだろう、雨による湿度と、激しい行為によって、赤く染った汗が顎を滴り落ちている。この男は、本当に悪魔なのかもしれない
「バントレン様…」
らしくなく、目を見開いた。
初めて、名を名として呼ばれた感覚だった
バントレンはオリバーの瞳を見つめる
「オリバー…私の、」
「バントレン様、恐ろしいお方。
……例えこの身が貴方の剣で貫かれ、そこの獣のように心臓を抉られても、
この心は陛下のものです、永遠に」
殺してやろうと、明確な殺意が芽生えた瞬間だった。
だが同時に、それが出来ない事を思い知った瞬間でもある
バントレンは気付いたのだ。
戦神をひたすらに思い続けるその心こそ、バントレンが胸を灼くオリバーの美しさだと
「…忌々しい」
バントレンは意趣返しのつもりで、痛めつけられる覚悟をしたオリバーに優しくキスをしたが、意趣返しを食らったのは自分だった。
オリバーに優しく触れた時、何故かとても苦しくなったのだ。
軽く衣類を羽織って東屋を去ったバントレンを見て、オリバーはゆっくりと身体を起こした。「…もったいない」一切手をつけられないまま用意された食事の中に、オリバーがここに来てから食べたものが多く並んでいた。
分かっている。バントレンの思いを
だが理由も、行動も全くもって解せない。
人を愛すという行為を、オリバーは今も身をもって経験している。
過去を振り返ってもバントレンの行いに共感出来る事と言えば、1つ。それは不器用な気遣いだった
後宮に入って間もない頃、食事も喉を通らず、家族に会いたいと泣いたオリバーの部屋には沢山の菓子やら服が届けられた。
送ってきたのは王だというのに、礼を言えばそっけない。まだあの頃は距離感を掴もうと若造のように気をやっていたと王に告げられた時、愛しさで胸が弾けたものだ。
それと、これを同じように扱いたくはないが
感じるのだ
バントレンが憎いか否か、憎い
殺してやりたいほどに憎い
だが、戦争とは生きた魔物
その魔物に取り憑かれた人間は、例え善人でも子供を殺す
敵国が祖国を荒らす度、怒ったオリバーに王がよく言い聞かせた言葉だ。
戦神と恐れられた程数多くの戦争を経験した王は、多くの物を見て気付いたのだ。
「オリバーよ。人を憎むな」
それが今もオリバーに呪いをかける
「…陛下を殺した人間を…どうして憎まずにいられるでしょうか」
1人、雨足が弱まった静かな東屋で
オリバーは膝を抱えて蹲った。
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しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
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