カガスタ!~元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト~

中務善菜

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第一章:新しい人生

展望は明るい

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「うーん、ファンタジー」
「え?」
「ううん、なんでもない」

 訝るようなママに素っ気なく返す。
 ファンタジーと表現したのはなにも大袈裟なことではない。道行く人々にスーツ姿なんていない、鎧を身に纏った人や魔法使いのようなローブに身を包む人。耳が長くて容姿端麗な男女もいる。
 日本ではおよそハロウィンの時期にしか拝めないような光景が当たり前のように広がっているのだ。非現実が現実に存在する、これをファンタジーと言わずしてなんと言う。
 街並みも見慣れない。ビルが建ち並んでいるのは都会らしさがあるものの、そこら中に巨大な煙突が設置されている。煙突は常に大量の煙を吐き出しており、ミカエリア近郊の空に重たい雲がかかっていたのはこれが原因だったと悟る。

「なんだか煙たいね」
叡煙機関えいえんきかんのせいじゃないかしら」
「えいえんきかん?」

 聞き慣れない単語。当たり前だ。日本でもなければ地球でもないのだから、知らない技術が発展していて当然。
 子供でよかったと思う。パパが補足を始めた。

「ミカエリアは独自の技術で発展した都市なんだ。それが叡煙機関。魔力を含んだ煙を使って遠方の人と話したり、大掛かりな機械を動かしたりね。エルフとドワーフの力を借りてできた技術なんだよ」

 エルフ、ドワーフ。ファンタジーと言えば、というような単語。非現実が実在する世界に私は馴染んでいけるのか、僅かに心臓がざわつく。
 そんな感情の機微を見透かされたか、抱き抱えたミチクサさん……いや、チグサが耳を器用に動かして私の頬を包んだ。

「ダイジョブ!」
「あはは、励ましてくれたの? ありがとう、チグサ」
「ふふ、すっかり仲良しね」
「ここに来る前に拾ってきてよかったな。ハッハッハ」

 ちょっと待って。チグサって拾われたの? 野良犬同然の存在だったってこと?
 さすがにそれは霊魂案内所も容赦がなさすぎる。せめて私が生まれた頃から傍にいる妖精さんでもよかったのでは? 生涯を見届ける役を負わせたなら猶更だ。
 いまこの瞬間に至るまでの彼の苦労は計り知れない。血の気が引くような思いである。なにか、なにか声をかけてあげるべきなのか?

「チグサ……」
「ボクもダイジョブ!」

 そうは言うけれど、後頭部しか見えないけれど。この可愛らしい頭からは哀愁と苦労を感じる。どこの誰に転生したかもわからない私に出会えたのは奇跡としか言いようがない。この出会いにはいずれ乾杯する必要がある。
 お酒を酌み交わすような相手もいない人生だったが、ミチクサさんに関しては酒の席で思う存分吐いてもらった方がいい。
 何年先になるのやら。気の長い話である。

「それで、パパ。ケネットさんのところに行くんでしょう?」
「ああ、ケネットさんに会うのも久し振りだなぁ。四年振りになるか?」
「そうね、アリスちゃんがちょうどいまのリオくらいだったから」
「楽しみだなぁ。アリスも大きくなっただろうなぁ、会うのが楽しみだ!」

 ワッハッハ、と豪快に笑うパパ。しかし私としては思うところがある。

「ねえパパ、どうしてアリスちゃんをケネットさんのところに預けたの?」

 愛がないわけじゃない。それは既に伝わっている。であれば幼い我が子をどうして他人に預けられるのだろう? この世界は日本よりも奔放に生きられるのだろうか?
 パパは「そうか」と目を丸くする。それはママも同様だった。

「リオは知らないな。アレンくんっていう、ケネットさんの息子さんがアリスをいたく気に入ってな。アリスももう少し彼といたかったみたいで、合意の上で預かってもらっていたんだ」
「二人ともお歌が好きだったものね。アリスちゃんも教えるのが楽しかったみたいだから」
「そうそう。いつか二人でアーティストとしてデビューしたりしてな! 夢があるなぁ!」

 わかっていたことだが、うちの両親は子煩悩のようだ。寂しさはないようで、子供に対して大きな期待を抱いているようだった。
 押しつけがましさは感じられない。私やアリスが「これがしたい」「あれがしたい」と言えば尊重してくれるだろう。いい親の元に生まれられてほっとしている自分がいた。

「さ、行きましょっか。アリスちゃん、驚くかもしれないわね」
「そうだなぁ、リオもこんなに大きくなったもんな!」
「うん、私もアリスちゃんに会うの楽しみ」

 牧野理央は一人っ子だったこともあり、姉という存在に少なからず憧れがあった。
 とはいえ年齢差を考えればまだ九歳くらいのはずだ。実年齢三十オーバーの私からしてみれば干支二周程度の差。甘えられるかはわからないが、一度くらい存分に甘えてみたいものである。

 それから私たちはミカエリアの街を歩いた。食材は地球と大きな差はなさそうで馴染みやすい。お土産屋では叡煙機関を用いた玩具なども取り扱っていて退屈しない。
 チグサを抱えながら忙しなく動き回る私にもパパとママは怒鳴らず、近くに来て一緒に楽しんでくれる。これだけでも転生も悪くないと思えてしまう。

 大きな広場に到着するや否や、音楽が流れ始める。それと同時、空気を揺らすほどの歓声が轟いた。何事かと思えば路上でのパフォーマンスが始まったようである。
 それにしては随分華々しい。特設ステージが設えられ、フライヤーも配られている。あっという間に人が集まり、大きな壁を作り出す。
 誰かの手から零れた一枚のフライヤーを手に取ると、なにやらサーカス団のようだ。文字は当然日本語でも英語でもないが、脳が世界に最適化されているのか意味はわかる。

「“スイート・トリック”?」
「お、ちょうど本拠地での公演時期か。ラッキーだぞ、リオ」
「うひゃあっ!?」
「ワーッ!」

 不意にパパが私とチグサを肩車した。背が高いこともあり人垣の向こう側、ステージの様子がよく見えた。

 ――言葉を失った。いい意味で、だ。

 ステージには一人の女性。薔薇のように深い紅色のドレスを身に纏っており、優雅さを感じさせる。
 そして、見惚れる。美しさを極めている。ドレスと同色の髪は顎の辺りで切り揃えられており、出るところは出ているものの全体的に引き締まったシルエット。
 彼女のパフォーマンスはダンスだった。緩急をつけた上体の動き、重力を感じさせないほど軽快で滑らかなステップ。しなやかな肢体は勇ましく薙がれ、ときには撫でるように優しく。指先の動きひとつひとつまで目が離せない。

 アイドルのステージとは全然違う。なのに、見入ってしまう。言葉も出ず、ただ息を漏らすだけ。

「すごい! カッコいいダンス……!」
「ダンスってことはミランダ・キャピュレットだな。あの人はすごいぞ、ダンスだけで世界中を虜にする帝国のスターだ」

 世界に誇るダンサー。うーん、すごく誇らしい。きっと彼女もアイドルと同じで、人々にある種の希望を与えるような存在なのだと思う。
 だって特別な工夫はない。表情を射貫くカメラもなければスポットライトもない。曇天の下、己の身ひとつで人々の心を震わせる。下手をすればアイドル以上のエンターテイナーなのかもしれない。

「帝国ってああいう人たちがたくさんいるの?」
「いや? あそこまで華々しいのはスイート・トリックくらいで、芸能活動はそこまで発展していないんじゃないかな」
「芸能活動で言えばエメラトピア皇国の方が強いわね。世界的に有名なアーティストはみんなエメラトピア出身よ」

 また聞き慣れない国名。現段階でこれ以上余計な知識を入れない方がいいかもしれない。詳細はいずれ自分で調べればいい。し、なによりミカエリアに来た目的からズレてしまう。

「すごい人っているんだね、どこにでも」
「そういうことだ。さ、名残惜しいがここまでにしよう」

 パパが私たちを降ろす。
 確かに名残惜しい。もっとずっと見ていたいと思ってしまう。ただ、少し安心した。殺伐としていて娯楽もないような世界ではなかったようだ。
 ならばきっとアイドルのような存在にも出会えるだろう。もしかしたらどこかで原石にも出会えるかもしれないし。新しい世界も捨てたものじゃない。
 期待が口角を吊り上げる。私たちはパパの先導の下、ケネットさんの家へと向かって行った。
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