Talking Rain~4月の雨と君の魔法~

雪村穂高

文字の大きさ
1 / 20

4月14日・未明

しおりを挟む
 巨大な建造物が眼前に聳えている。堅牢な石造りの外壁は所々が黒ずんでおり、見るものに歴史と威容を感じさせる。敷地の内と外とを隔てる壁は万里の長城のように地平線の彼方まで続き、悪魔のツノのように高く屹立した塔は朝方の空に漂う灰色の雲を突き刺している。 

 それが何だかを知らずにこの建造物を見たとすれば、10人中9人は目の前のそれを城か要塞の類だろうと勘違いすることだろう。残りの1人は監獄だと答えるに違いない。 

 しかしてその正体は学校だ。もう1つ加えて言うならば、この学校は普通の学校ではない。この学校で生徒たちが教わるのは科学や一般教養などではなく、魔法についてだ。 

 今、私はそこへ初めて足を踏み入れようとしている。私は立派な魔法使いになるため、今日からこの学校で研鑽を積むのだ。 

 初めての場所に入ることはいつだって勇気が必要だ。ましてや、この見るからに風変わりな学校でうまくやっていけるのだろうかが不安だった。私は唾を飲み込み、唇を固く結んだ。それから頭の上に乗せている大きな帽子を右手で確認した。これを被ったのは今日が初めてなのに、今ではそうとは思えないほど自分の頭に深くなじんでいる。それが相変わらず私の頭上にあることを確認すると、私の気持ちは少し落ち着いた。 

 その帽子は今朝、入学祝いに父から貰ったものだ。真っ黒な色をしていて、つばは広く、てっぺんは威嚇した蛇が鎌首をもたげるように空へと伸びていた。とんがり帽子とでも言うのだろうか、いかにも魔法使いが被っていそうな帽子の形をしている。私はなんとなくその帽子の形状が気に入らなかったが、父に対する配慮もあり、それを被って登校することに決めたのだった。しかし校門をくぐった私はわずか数秒でその事を後悔することになる。 

 なにその帽子! なんでそんなの被ってるの? 

 見るもの全員が口々に私を揶揄する。魔法学校に通う生徒は皆それらしい格好をしているものだと思い込んでいたが、私と同い年くらいの彼らの着ているものは普通の現代的な私服であった。私はひとり、某有名娯楽施設で魔法使いのコスプレをしているお上りさんのように浮いてしまっていた。 

 恥ずかしい。私は逃げるように自分の教室へと向かった。 

 教室に入ると、まるで私が来るのを待ち構えていたかのように、中年の男の先生が目の前に立っていた。その顔には見覚えがある。私が小学生の時にクラス担任をしていた先生だ。彼は私を見ると目を見開き、「早く帽子を脱ぎなさい」と大きな声を飛ばしてきた。 

 私ははじかれたようにそれを脱ごうとする。しかし私がいくら腕に力を入れても、それは強力な接着剤で頭に張り付いたようにびくともしなかった。おそらく誰かが、帽子が脱げないように魔法をかけたのだ。 

 私が帽子を脱ごうとしてもがいている間にも、教室内のざわめきは大きくなってくる。 

「何をしているんだ。早く帽子を脱ぎなさい!」 

 私を叱責する先生の声。 

「だっさい帽子」 

「変なやつ」 

 逃げ道を塞ぐように私を取り囲んだ生徒が私をからかう声。 

 それ以外にも遠くの方から、くすくすという無数の笑い声が無遠慮に私に浴びせかけられる。私が帽子が脱げないでもがいているのを見て、四方八方から聞こえる薄汚い笑い声は勢いを増した。 

 そのうちに、帽子を引っ張ていた両手は、私を嘲謔する声から身を守るように私の両耳の上に置かれる。それでも私を攻撃する声はなおもボリュームを上げ続け、私の両手を易々と貫通し私を内側から痛めつけた。 

 私は目を固くつむり、神様に祈るように呟いた。 

「もうやめて。もう黙って」 

 その瞬間、教室内がしんとした。静寂が数秒間続いたことを肌に感じた私はそっと両耳から手を放し、恐るおそる目を開いた。 

 視界に映ってきたのは、相変わらずこちらを遠巻きに見ながら、あるいは指をさしながら薄ら笑いを浮かべ、口を開いている生徒たちの姿だった。だが無声映画を観ているように、私の耳には何も聞こえてこなない。 

 私は魔法を使い、自分の耳から聴覚を失わせたのだ、と私は直感した。両の掌を見てみると、べっとりとした赤い液体が付いていた。おそらく鼓膜を破った拍子に耳の穴のどこかを傷つけ、そこから出血したのだろう。怖くはなかったが、痛みがないことを不自然に感じた。しかしその不自然だという感情すらも、彼らの声の攻撃を防いだという達成感に上書きされ、すぐに消えてなくなった。かつて私の耳を劈いた彼らの嘲笑も罵声も、今の私には届かない。これなら、我慢できる。 

 気が付けばそこは、私がかつて在籍していた小学校の教室であった。 

 人混みを強引にかき分け、私は自席に着く。教室の最奥、窓際の席だ。これでもう彼らが視界に入ってくる事もなくなった。あとは窓から校庭の様子を眺めていれば勝手に時間が過ぎ、やがて帰りの時刻になる。 

 なんだか勝った気がする。それで自然と笑みがこぼれた。ただ、未だに止まない耳からの流血だけが鬱陶しかった。 

 不意に右肩を2回、軽く叩かれた。私の後ろには誰もいないと思っていたのでとても驚いた。 

 振り向くと、私より背の小さい男の子がそこに立っていた。男の子は前髪を目の上の辺りまで伸ばし、軽く梳いた横髪の間からは耳が控えめに顔を覗かせている。なぜだか彼の顔はかすんでいて、表情まで見ることはできない。 

 彼は無言のまま私の顔に手を伸ばす。とっさのことに、私は反応できない。石のように固まった体で唯一自由に動かせる目だけが彼の動きを追っていた。 

 彼の手はそのまま私の頭に、いや、頭の上のとんがり帽子に伸びていく。あ、と思ったとき、帽子は私の頭を離れていた。 

「――」 

 男の子はその帽子を自分の頭に乗せにっこりと笑うと、私に向かって何か一言口にした。しかし私の耳は何も聞き取ることができなかった。男の子の言葉を聞き漏らしてはいけないと思い、私は自分の両耳に手を当て、自分の鼓膜を修復する。 

 途端にクラス内の喧騒が甦った。しかしその喧騒はこれまでのものとは少し異質に聞こえた。 

 クラスの話題は、これまで通り私の帽子についてであった。しかし彼らは男の子の頭に乗っているその私の帽子を口々に褒めただえている。話題の中心にいる男の子は心なしか得意げに見える。 

 いつの間にか男の子を中心とした人の輪が十重二十重にできていて、その様子を見ていた私はこれまで嫌っていたあの帽子のことがだんだんと羨ましくなってきた。 

 あれは元々は私の物だったのだ。かつての感触を探るように、右手を自分の頭へと導く。するとおなじみの感触にぶつかった。とんがり帽子はまだ私の頭の上にあったのだ。 

 男の子の頭上にある帽子をよく見てみると、形は一緒だが、色は私の物よりも少しだけ茶色がかっていた。あれは私とお揃いの、色違いの帽子だ。きっと男の子は魔法を使って私の帽子をコピーしたのだろう。 

 それで私は少し安心して、再び男の子の方を見た。その時に彼と目が合ったような気がした。 

 彼は人をかき分け私の方へ駆け寄ると、私の手を掴み、輪の中心へ私を引き連れていく。彼の左手に、私の血が付いてしまわなければいいのだが。 

 これまで学校の人から浴びせられる視線は、鋭く、肌に突き刺さるようなイメージであった。しかし彼の横に立って感じる視線は、少しむず痒いものの、感じていて嫌な気分のする視線ではなくなっていた。こういう気分になれるのなら、休み時間も悪くはない。 

 そこで私はふとした違和感を抱いた。 

 いったいいつになったら授業は始まるのだろう。登校してからしばらく経ったのに、まだ授業が始まらないのは何かがおかしい。それにさっきまでそこにいた先生はどこに行った? 

 そこまで考え、ああこれは夢なのだと気が付いたところで目が覚めた。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...