オイラはブラックサンタクロース〜聖夜の黒い悪戯坊や〜

第二話 イブの日のお留守番

　あの日は……ミーナが生まれて、初めてのクリスマス・イブだった。

　ママは朝から大忙しで、たくさんのご馳走を作ったり、クリスマスツリーを飾ったりしていたっけ。

　なんだかソワソワして、じっとしていられなかったオイラは、ママの後ろをついて歩いたり、サンタさんが来ていないか、玄関と煙突を何度も見に行ったりしていた。

　そうして、夕方近くになった時、ママがオイラに留守番を頼んだんだ。



「よく寝てるから起きないと思うけど、ミーナをお願いね？　マーケットで牛乳買って来るだけだから、五分くらいで帰って来るから！」

　ママがオイラの頭を撫なでながら言った。

　任せてよ！　オイラ、ミーナのお兄ちゃんだもん。お留守番なんて朝飯前だよ！

　玄関でママを見送ってから、オイラは走ってミーナのいる部屋に戻った。

　初めてミーナと一緒のお留守番だ！　ちゃんとやり遂げたらママは『さすがお兄ちゃんね！』って言ってくれるかな？

『悪いやつが来たら、パンチとキックだ！』とか『いや、噛みついたほうが良いかな？』とか考えながら、ベビーベッドの周りをぐるぐる回る。

　ミーナは両手を耳の横で握って、穏やかな寝息をたてている。時々思い出したみたいに、おしゃぶりにちゅくちゅくと吸いつく。

　うん！　いつも通りだ。問題ないな！

　オイラがいるから安心してしてるんだ、きっと。へへへっ！

　オイラはベッドの柵を乗り越えて、ミーナの横に座った。

　甘いミルクの匂い。洗いたてのタオルの匂い。こもった汗と、髪の毛の匂い。天井でゆっくりと回る、小鳥のついたオルゴールメリー。

　ほっぺをツンツンとつついてみる。ミーナのふにゃふにゃのほっぺをつつくのは、とっても気持ちがいいんだ。

　うーん、全然起きないや。目、開かないかなぁ。ミーナは起きてる時はすごく可愛いんだぞ！　寝てると猿みたいだけど……！

　まあ、起きてたって『あだー』とか『あぶー』とか、言うだけなんだけどな！

　時々オイラの顔をじーっと見つめて、ふにゃふにゃって笑うんだ。もう、ほっぺにかぶりつきたくなっちゃう。

　やらないよ？　だってミーナは、オイラのお姫さまだもん！

　オイラがミーナのほっぺをぷにぷにしたり、頭のうぶ毛を鼻息で揺らしたりしたいたら、突然ベッドの柵が『ガコーン！』と大きな音を立てて外れた。

　そして、まだ寝返りも打てないはずのミーナの身体が、ズルズルと動きだしたんだ。

　あっ！　落ちたベッドの柵に、クマの布団が引っかかってる。布団と一緒に、ミーナが落ちちゃう！

　オイラは必死で布団を引っ張った。

　オイラのせいだ！　オイラが乱暴に乗り越えたから、柵が外れちゃった！

　ふにゃふにゃで柔らかいミーナ。まだ首がぐらぐらしていて、パパが『壊れちゃいそうで抱くのが怖いよ！』って言っていたミーナ。

　ママの代わりに、オイラがちゃんと守ろうと思ったのに……！


　布団とミーナは、オイラの手をすり抜けて落ちた。

　それだけじゃない。オイラの爪は、ミーナのふにゃふにゃのほっぺに、赤い筋を作ってしまったんだ。

　見る見るうちに傷口の端に、真っ赤な血の玉ができる。

　赤い玉がポトリと落ちるのと同時に、ミーナが弾けるように泣きはじめた。

　オイラはミーナの周りを走り回った。ミーナがベビーベッドから落ちたのも、ほっぺにひっかき傷を作っているのも、顔を真っ赤にして泣いているのも……！

　一から十まで、全部オイラのせいだ。もう、どうしたらいいかわからないよ！

　ごめん！　ごめんよミーナ！　オイラお兄ちゃんなのに……！　ママにミーナを頼まれたのに！！

　ミーナに抱きついて、オイラも一緒に大声で泣いた。

　ママ！　早く帰って来て！！　オイラじゃミーナを泣き止ませてあげられない。



　ママはすぐに戻ってきた。でも玄関の開く音と『ただいま～』って声を聞いたら、急に怖くなった。

　叱られる……ママに嫌われちゃう！！

　そう思ったら、もうなんにも考えられなくなって……オイラはミーナの泣き声に慌てているママの横をすり抜けて、少し開いていたドアの隙間から逃げ出した。

　走りだしたら、もう振り向くことも立ち止まることも出来なくなって、ママがオイラを呼ぶ声が、聞こえなくなるまで走った。

　気がついたら、何度かママと通ったことのある、取り壊し中の教会の前だった。長い階段を一番上まで登って、クリスマスイブの街を見下ろす。

　いつのまにか雨が降り出していた。冷たい雨で、街の灯りがぼんやりと霞んで見える。キラキラ光ってキレイだけれど。


　なんだか壊れて捨てられちゃった、おもちゃみたいだ。



　日が暮れて、雨はだんだんと激しくなって、オイラの吐く息が白く煙る。

　今日はこんな天気じゃ、サンタさんは大変だな。

　サンタさん、ミーナのところにちゃんとプレゼント、届けてくれるかな？　ちっちゃいからって、忘れられたらかわいそうだ。

　オイラのところには……。

　オイラは悪い子だから、きっとサンタさんは来てくれない。だってほら、その証拠にママも迎えに来てくれない。

　ミーナもオイラの顔を見たら、怖がって泣くかも知れないなぁ。

　良い子は今頃はみんな、ごちそうとケーキを食べて、暖かい部屋で楽しく過ごしている。こんなボロボロの礼拝堂で震えているのは、オイラが悪い子だからだ。

　ああ、はらへったなぁ。寒いなぁ。


　クリスマスなんて、なくなっちゃえばいいのに。


　クリスマスなんてくだらない。


　バカみたいだ。誰も彼も、浮かれてバカみたい。楽しく過ごさないと損だとでも、思っているの？　みんな少しは困ればいいんだ。


　クリスマスなんて、くだらない。クリスマスなんて、大嫌いだ！！




　そうして、オイラは黒サンタになった。