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第四章 砂漠の旅とパラシュ

第三話 商人が運ぶもの、風が運ぶもの

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 次の日の朝、珍しくロレンが朝から宿屋に来た。そして凄い事を言った。

「ヒロト、うちの商会と私の名前で、ナナミさんの情報を行商人から集めます。海辺の教会の他に、何か手がかりがありますか?」

 そうか。そういう方法があるのか。

 この世界には、街以上の大きな行政機関ぎょうせいきかんがないらしい。そして当然のように行方不明者の捜索そうさくなんかしてくれない。だから俺は、直接探すしかないと思い込んでいた。

 この世界で商人が運ぶのは、金と商品、そして情報だ。

 ナナミまでの道が、一気につなががったような気がした。

 俺はロレンに頭を下げた。もう、このまま上げられないような気持ちになる。

「依頼に、させて」

「身内を相手に商売はしませんよ。ただ、情報をくれた商人にはお礼を渡しますから、それはヒロトが払って下さい」

 フイと、顔を背けて言う。ロレンは自分がお人好しだということは、短所だと思っている節がある。まあ、商人としては長所とは言い難いのかも知れない。

 ハルがロレンに抱きついて、

「ロレンありがとう。お母さんを探してくれて」

 と言った。

 ロレンがハルの頭を撫でながら言う。

「まだ見つかっていませんよ。見つかるまで頑張りましょう」





「へぇ、ナナミさんはお医者さまなんですか」

「医者違うけど、治療できる」

「治療師さまですね? なるほど。他に特徴は?」

「耳なし」

「それはちょっと。情報に乗せるにはリスクがあります」

「小さい。これくらい」

 俺の肩くらいを手で示す。

「ナナミさんてーー」

大人オトナ! 中身は大人!」

 見た目も別に子供じゃない。そして探偵でもない。




「どの程度情報が集まるかわかりませんから、調整しながら進めましょう」

 ロレンは大まかな打ち合わせを済ませると、そう言って忙しそうに帰って行った。キャラバンで、街や村に立ち寄った時、一番忙しいのは、間違いなくロレンだろう。

 俺も今日は忙しい。ナナミを探す大きな助力をもらったとしても、キャラバンの旅は続くのだ。俺も自分で出来ることを、放り出すつもりはない。


 まずは朝メシと馬の世話を済ませ、教会へと向かう。

「行方不明の妻を探しています」

 俺、この台詞、何回目だろう。この言葉だけは、発音も文法もネイティブ並みに完璧かんぺきだ。

 色々説明して、ナナミの似顔絵を貼ってくれるようお願いする。ナナミについての情報は何もなかったが、諦めなくて良い材料は、充分にロレンが用意してくれた。

 連絡先にはロレンの商会と名前を使わせてもらった。大岩の家より通りが良いだろう。あの家は秘密基地仕様だからな。

 図書館に向かいながら、素材屋通りを歩く。画材屋と染料を扱う店を何軒か見つけたが、色鉛筆は売っていなかった。

 図書館では、耳なしについての伝承を調べるつもりだ。

 受け付けで聞くと、伝承や言い伝え、むかし話のコーナーに案内してくれた。何冊かピックアップもしてくれる。お礼を言って、ハルと閲覧コーナーの隅っこへ向かう。

 この世界の文字はローマ字や仮名文字のように、言葉の発音をそのまま表記する。八十七個を丸暗記すれば、書く事も読む事も出来る。俺もハルも一応八十七個全部を覚えた。だがしかし、スラスラもサラサラも程遠い。

 俺とハルは、顔を見合わせて頷き合った。後でゆっくり読もう。耳なしについて書いてある部分を、スマホのカメラでこっそり撮る。相変わらず、なんか悪い事してる感がぬぐえないが、書き写す事は禁止されていないので、ギリギリセーフだろう。たぶん。

 図書館を出て、少し早いがパラヤさんの家に向かう。今日は歩いてばかりだな。


「出来てるわよ」

 パラヤさんは俺たちが顔を出すなり、挨拶もせずに言った。俺がつい吹き出して

「ドヤ顔が爺さんそっくり」

 と日本語で言うと、

 顔を赤くして、あら、そうかしら、と笑った。そのうふふ笑いが今度はさゆりさんに似ていて、ハルと二人で顔を見合わせて笑った。

 パラヤさんの刺しゅうは、この世界では見たことのないものだった。

 色のついた小さなガラスの欠片を、刺しゅうの中に縫いこんであるのだ。動物の目や花びら、葉や羽の一部に、色ガラスを抱き込んだようなその刺しゅうは、どこかハルの影絵にも似て、ノスタルジックな味わいがある。

 刺しゅうの事も、シャレオツな装いにも無縁な俺でも、素直にとてもきれいだと思った。色ガラスはガラス細工職人である、旦那さんが一枚一枚切り出して、磨いてくれたらしい。

「きれい! とても、ステキ!」

 ハルがくるりと回ると、ポンチョがふわりと揺れ、陽の光がガラスに映ってチラチラとまたたいた。

 ハルくん、それ初めてドレス着た女の子がやるやつ。



 俺たちの日本語混じりの会話を、ニコニコと聞いていたパラヤさんの旦那さんが、ふと席を立ち笛を持って戻ってきた。

「旅の無事を祈る曲を、吹かせてもらってもいいかい?」

 ぜひ、お願いしますと言うと、少し照れたように笑いながら何本もつらなる笛に息を入れる。

 それは風の音だった。柔らかくかすれた風の音が、どこかで聞いたメロディをかなでる。

 ああ、チョマ族の歌だ。宴の最後に聞いた、渡り鳥の曲だ。

「旦那さん、チョマ族の人?」

 パラヤさんは俺の質問には答えずに、

「あの笛の音色は、サラサスーンの風の音なの。ドルンゾ山から吹き下ろして、赤い大地を駆け抜ける風の音。チョマ族は、その風に乗って空を舞うのよ」

 素敵でしょ? と言って悪戯いたずらっぽく笑った。
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