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其ノ四 ダイスケの行方
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猫又修行から戻って、一ヶ月が過ぎた。
ハルカとの生活はなかなか順調だった。ニアは毎日、甲斐甲斐しくハルカの世話を焼いた。
季節の花を摘んで来て枕元に並べたり、肩や腰をふにふにと揉んでやったり、ハルカの昼寝中に急な通り雨が降れば、こっそりと洗濯物を取り込んだりもした。
ハルカはだんだん笑うようになり、食欲も少しずつ戻り、アルコールに手を出すこともなくなった。
(一日、一回の笑顔が目標にゃん!)
ニアは次世代猫又の矜恃をもって、機械文明にも果敢に挑戦した。今は風呂場のタッチパネルに悪戦苦闘している。
『お風呂の設定温度を変更しました』
(ち、違うにゃん! お湯をドバーッと出して欲しいにゃんよ!)
ハルカはそんなニアを見て、目を丸くしたり、声を上げて笑ったりした。そして『ニア、すごいすごい!』と、必ず褒めてくれた。
一度ハルカがSNSに動画を投稿したことがあった。
ニアが玄関でハルカの靴を、履きやすいように揃えている動画だ。
『うちの天才お世話猫、見て!』というタイトルのその記事は、わずか数時間で再生回数百万を超えた。
「可愛い!」
「スゴイおりこうですね!」
「前世がおかん!?」
数百件に及ぶコメントが寄せられ、とうとうテレビの取材の申し込みまで来た。
ところがハルカは取材を受けることはなく、その日のうちにアカウントを削除してしまった。
そして、じっとニアを見つめたり、考え込んだりするようになった。
(にゃーが猫又なの、バレちゃったかにゃん?)
ニアはハルカになら、バレても良いと思っていた。正体を明かしてしまった方が、お世話の効率が良いとさえ思っていた。
だが、いざとなると少し心配にもなる。
猫又だと知ったら、ハルカは怖がらないだろうか? お腹の赤ちゃんに悪影響があると、遠くに捨てられてしまったら?
けれど、いつまでも隠しておけるはずはない。ニアの変化を、ハルカは確実に気づいている。
(ハルカなら、きっと受け入れてくれるにゃ!)
そろそろ、本当のことを告げなければ。そう考えていた矢先――。ハルカが真剣な顔をして言った。
「ニア……ううん。ダイスケなんでしょう?」
最初ニアには、ハルカの言葉の意味がわからなかった。ニアはニアだ。ダイスケであるはずがない。
(どういうことにゃんか?)
急にいなくなったダイスケ。泣いてばかりいたハルカ……。
ニアの知っているダイスケは、無口で不器用ではあったが、大きな手の、優しい目をした男だった。
もしや……!
(ダイスケは、死んでしまったにゃんか?!)
思い返してみれば、ダイスケは子供が生まれることを、とても楽しみにしていた。産着やオモチャをたくさん買って来て、ハルカに気が早いと笑われていた。
そんな男が身重のハルカを置いて、どこかに行ってしまうはずがない。
(なんてことにゃん……。ダイスケ……!)
ハルカはおそらく、死んだダイスケの魂が、ニアの中に入っていると思っているのだ。
ハルカがニアを抱き上げ、膝の上に乗せた。そして、テーブルの上のノートに震える手で文字を書いた。
『ダイスケなんでしょう?』
『はい』『いいえ』
猫又は人間の文字が読めるわけではない。手書きの文字に込められた、書き手の気持ちが伝わって来るだけだ。印刷された文字は何も伝えてくれない。
ハルカがノートに書いた文字からは、強く気持ちが伝わって来た。
(それがハルカの望みにゃんね……)
ニアは、ハルカの手をすり抜け、テーブルの上に上がると『はい』の文字の上に、そっと肉球を置いた。
ハルカとの生活はなかなか順調だった。ニアは毎日、甲斐甲斐しくハルカの世話を焼いた。
季節の花を摘んで来て枕元に並べたり、肩や腰をふにふにと揉んでやったり、ハルカの昼寝中に急な通り雨が降れば、こっそりと洗濯物を取り込んだりもした。
ハルカはだんだん笑うようになり、食欲も少しずつ戻り、アルコールに手を出すこともなくなった。
(一日、一回の笑顔が目標にゃん!)
ニアは次世代猫又の矜恃をもって、機械文明にも果敢に挑戦した。今は風呂場のタッチパネルに悪戦苦闘している。
『お風呂の設定温度を変更しました』
(ち、違うにゃん! お湯をドバーッと出して欲しいにゃんよ!)
ハルカはそんなニアを見て、目を丸くしたり、声を上げて笑ったりした。そして『ニア、すごいすごい!』と、必ず褒めてくれた。
一度ハルカがSNSに動画を投稿したことがあった。
ニアが玄関でハルカの靴を、履きやすいように揃えている動画だ。
『うちの天才お世話猫、見て!』というタイトルのその記事は、わずか数時間で再生回数百万を超えた。
「可愛い!」
「スゴイおりこうですね!」
「前世がおかん!?」
数百件に及ぶコメントが寄せられ、とうとうテレビの取材の申し込みまで来た。
ところがハルカは取材を受けることはなく、その日のうちにアカウントを削除してしまった。
そして、じっとニアを見つめたり、考え込んだりするようになった。
(にゃーが猫又なの、バレちゃったかにゃん?)
ニアはハルカになら、バレても良いと思っていた。正体を明かしてしまった方が、お世話の効率が良いとさえ思っていた。
だが、いざとなると少し心配にもなる。
猫又だと知ったら、ハルカは怖がらないだろうか? お腹の赤ちゃんに悪影響があると、遠くに捨てられてしまったら?
けれど、いつまでも隠しておけるはずはない。ニアの変化を、ハルカは確実に気づいている。
(ハルカなら、きっと受け入れてくれるにゃ!)
そろそろ、本当のことを告げなければ。そう考えていた矢先――。ハルカが真剣な顔をして言った。
「ニア……ううん。ダイスケなんでしょう?」
最初ニアには、ハルカの言葉の意味がわからなかった。ニアはニアだ。ダイスケであるはずがない。
(どういうことにゃんか?)
急にいなくなったダイスケ。泣いてばかりいたハルカ……。
ニアの知っているダイスケは、無口で不器用ではあったが、大きな手の、優しい目をした男だった。
もしや……!
(ダイスケは、死んでしまったにゃんか?!)
思い返してみれば、ダイスケは子供が生まれることを、とても楽しみにしていた。産着やオモチャをたくさん買って来て、ハルカに気が早いと笑われていた。
そんな男が身重のハルカを置いて、どこかに行ってしまうはずがない。
(なんてことにゃん……。ダイスケ……!)
ハルカはおそらく、死んだダイスケの魂が、ニアの中に入っていると思っているのだ。
ハルカがニアを抱き上げ、膝の上に乗せた。そして、テーブルの上のノートに震える手で文字を書いた。
『ダイスケなんでしょう?』
『はい』『いいえ』
猫又は人間の文字が読めるわけではない。手書きの文字に込められた、書き手の気持ちが伝わって来るだけだ。印刷された文字は何も伝えてくれない。
ハルカがノートに書いた文字からは、強く気持ちが伝わって来た。
(それがハルカの望みにゃんね……)
ニアは、ハルカの手をすり抜け、テーブルの上に上がると『はい』の文字の上に、そっと肉球を置いた。
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