狐火の市 猫又ニア編

はなまる

文字の大きさ
4 / 10

其ノ四 ダイスケの行方

しおりを挟む
 猫又修行から戻って、一ヶ月が過ぎた。

 ハルカとの生活はなかなか順調だった。ニアは毎日、甲斐甲斐しくハルカの世話を焼いた。

 季節の花を摘んで来て枕元に並べたり、肩や腰をふにふにと揉んでやったり、ハルカの昼寝中に急な通り雨が降れば、こっそりと洗濯物を取り込んだりもした。

 ハルカはだんだん笑うようになり、食欲も少しずつ戻り、アルコールに手を出すこともなくなった。

(一日、一回の笑顔が目標にゃん!)

 ニアは次世代猫又の矜恃プライドをもって、機械文明にも果敢に挑戦した。今は風呂場のタッチパネルに悪戦苦闘している。

『お風呂の設定温度を変更しました』

(ち、違うにゃん! お湯をドバーッと出して欲しいにゃんよ!)

 ハルカはそんなニアを見て、目を丸くしたり、声を上げて笑ったりした。そして『ニア、すごいすごい!』と、必ず褒めてくれた。

 一度ハルカがSNSに動画を投稿したことがあった。
 ニアが玄関でハルカの靴を、履きやすいように揃えている動画だ。

『うちの天才お世話猫、見て!』というタイトルのその記事は、わずか数時間で再生回数百万を超えた。

「可愛い!」
「スゴイおりこうですね!」
「前世がおかん!?」

 数百件に及ぶコメントが寄せられ、とうとうテレビの取材の申し込みまで来た。

 ところがハルカは取材を受けることはなく、その日のうちにアカウントを削除してしまった。
 そして、じっとニアを見つめたり、考え込んだりするようになった。

(にゃーが猫又なの、バレちゃったかにゃん?)

 ニアはハルカになら、バレても良いと思っていた。正体を明かしてしまった方が、お世話の効率が良いとさえ思っていた。

 だが、いざとなると少し心配にもなる。

 猫又だと知ったら、ハルカは怖がらないだろうか? お腹の赤ちゃんに悪影響があると、遠くに捨てられてしまったら?

 けれど、いつまでも隠しておけるはずはない。ニアの変化を、ハルカは確実に気づいている。

(ハルカなら、きっと受け入れてくれるにゃ!)

 そろそろ、本当のことを告げなければ。そう考えていた矢先――。ハルカが真剣な顔をして言った。


「ニア……ううん。ダイスケなんでしょう?」


 最初ニアには、ハルカの言葉の意味がわからなかった。ニアはニアだ。ダイスケであるはずがない。

(どういうことにゃんか?)

 急にいなくなったダイスケ。泣いてばかりいたハルカ……。
 ニアの知っているダイスケは、無口で不器用ではあったが、大きな手の、優しい目をした男だった。

 もしや……!

(ダイスケは、死んでしまったにゃんか?!)

 思い返してみれば、ダイスケは子供が生まれることを、とても楽しみにしていた。産着やオモチャをたくさん買って来て、ハルカに気が早いと笑われていた。

 そんな男が身重のハルカを置いて、どこかに行ってしまうはずがない。

(なんてことにゃん……。ダイスケ……!)


 ハルカはおそらく、死んだダイスケの魂が、ニアの中に入っていると思っているのだ。

 ハルカがニアを抱き上げ、膝の上に乗せた。そして、テーブルの上のノートに震える手で文字を書いた。

『ダイスケなんでしょう?』

『はい』『いいえ』

 猫又は人間の文字が読めるわけではない。手書きの文字に込められた、書き手の気持ちが伝わって来るだけだ。印刷された文字は何も伝えてくれない。

 ハルカがノートに書いた文字からは、強く気持ちが伝わって来た。

(それがハルカの望みにゃんね……)

 ニアは、ハルカの手をすり抜け、テーブルの上に上がると『はい』の文字の上に、そっと肉球を置いた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

処理中です...