何度生まれ変わっても結ばれない二人

はなまる

文字の大きさ
1 / 1

いわゆる来世を誓い合った恋人同士ってやつなんだけどさ

しおりを挟む
 俺には前世の記憶がある。

 何度も死に、何度も生まれ変わっている。しかも全ての記憶を抱えたままだ。

 誰かに呪われているのかって?

 確かに! 俺は散々ひどい目に遭ってる。だが『誰に』と問われるならば『自分に』と答える。

 俺にはこんな因果に見舞われた理由に、この上ないほど心当たりがある。



 はるか昔、俺は激動の時代に生きていた。

 大きな権力を持つお屋敷で使い捨ての下人として生まれ、その命はいつか主人のために散らすことが決まっていた。
 俺の飼い主であり、持ち主でもあるお屋敷の一人娘のお嬢さま。今も俺の往生際を悪くしている存在……。それが『彼女』だ。

 あの頃の俺は彼女の盾となり傷を作ることが喜びで、彼女の代わりに死ぬことが望みだった。今考えるととんだ変態野郎だな。身分違いの恋というやつは、どうにもタチが悪い。

 ある晩、敵対勢力がお屋敷に火を放った。

 俺は侵入者を切り捨てながら、燃え盛る屋敷を走り回り、ようやく煙に巻かれてうずくまる彼女を見つけた。

 その瞬間、屋敷の天井が落ちた。

 焼けたはりを背に受け、熱風で潰れた喉で名を呼んだ。せめて近くで死にたいと、お互いに必死に手を伸ばした。

 だが、手は届かなかった。

 それがおそらく俺が転生する理由だ。

「あなたとなら、どこででも生きてゆける」

 そう言った彼女を、なぜさらって逃げることが出来なかったのか。飼い犬として生まれたのは誰のせいでもないが、負け犬のまま死んだのは自分のせいだ。

 届かなかった手を、今も伸ばしている。その先に彼女の手があると信じて。


 最初に転生した時。俺は桜の木で彼女はセミだった。根の先で彼女の存在を感じるだけの四年間。ようやく地表に出て来た彼女は、俺の幹で過ごした。
 煙るような土砂降りの朝も、隣の木が倒れるほどの強い風が吹いた夜も、太陽が真上から照りつけて大音量のセミの声が響く昼下がりも……。

 ただ黙って俺の幹に止まっていた。

 一週間後、他のセミと番うことなくポトリと落ちた彼女は、やがて俺の養分となった。
 泣き叫びたくても、涙の出る目も叫ぶ口もありゃしない。俺には、夏の終わりの風に枝を揺らすことしか出来なかった。

 三度目の転生で、ようやく二人とも人間に生まれた。ところが彼女は俺の双子の妹だった。誰よりも近くで心と身体を持て余して過ごし、けっきょくは生涯を離れて暮らすことを選んだ。あの時ほど人生の長さを呪ったことはない。

 なんとか血縁のない男女に生まれても、間に合わなかったこともある。彼女の誕生を感じた時、俺はすでに八十の坂を越えていた。
 やっと歩きはじめた彼女が会いに来てくれる頃には、もう口も聞けない有りさまで、病院のベッドで管に繋がれていた。

「おしょくなって、ごめんちゃい」

 彼女はベッドによじ登り、舌っ足らずの声で言った。親御さんの目を盗んで、その小さな唇を寄せてくれた時、俺の胸は高鳴り……そして止まった。

 文字通り、天にも昇る心地良さだった。

 笑えない話だって? ははっ、ほんとだな。

 そういえば、外国に生まれたこともあった。あれは確かアメリカ西部の開拓時代。彼女は賞金首のガンマン(男)で、俺は彼女の愛馬(オス)だった。
 彼女のガンアクションは惚れ惚れするほど格好良かったし、俺にまたがっての逃走劇には正直胸が踊った。

 えっ? けっこう楽しそう?

 ああ、彼女の相棒ポジで過ごした日々は、数ある生涯の中でも悪くなかった。互いに独身を貫ぬいて、そのあとまた輪廻の海を漂った。

 俺の転生先には必ず彼女が現れる。それは彼女もまだ、俺を望んでくれている証だと思っている。だからこそ、これまでやって来れた。


 そして今……。彼女は俺の膝の上にいる。

 しなやかで柔らかい身体、うっとりするほど甘い声。俺に身体を寄せて来るその少し照れ臭そうな仕草に、愛しさが爆発しそうになる。

 幸せって、きっとこんな感じのことを言うんだろうなぁ。もう、ニヤニヤが止まらない。

 細いうなじにから美しい曲線を描く背中を撫で、そのまま指を進めると、パシッと柔らかく手の甲を叩かれた。

「ごめんごめん。ここを触られるの、嫌いだったな。でもほら! あんまり可愛いからさ」

 彼女のふわふわの尻尾は、たまらないほど魅力的だ。

 そう、今生での彼女の姿はミルクティーのような優しい色合いのトラ猫(メス)だ。
 ふんっと拗ねたように鼻から息を吐き、改めて俺の腹に顔を埋めるように丸くなる。小さくコロコロと喉を鳴らして、スリスリと頭を寄せて来る。

 今生の彼女も、ため息が出るほど愛らしい。

 ああ……。いっそのこと俺も猫になりたい。ほんとマジで。

 それでも、今生の俺は割と本気で幸せだと思っている。だって猫と飼い主って、恋人同士とそう違わないと思わないか? 猫飼いの知り合いにこの質問をすると、たいてい肯定の答えが返って来る。

 俺の腕で抱きしめることが出来て、誰に遠慮することもなく気持ちを口にすることも出来る。意志の疎通だってそれなりには可能だ。身体で繋がることが出来なくても、そんなのは今までだって同じだった。

「もう、これで充分じゃないか?」

 そんな言葉が思わず口をつく。

 次の転生で、例えば鳥と虫といった捕食者と被捕食者に生まれ変わらないとも限らない。親子や兄妹だった場合の辛さも、もう二度と味わいたくはない。

 だったらここで満足して、この途方もない繰り返しを終わらせた方が良い。それは半ば俺の本心だった。
 たかが身分違いくらいで、ビビって何も出来なかった最初の俺を、ほんと殴り倒したいよ。

 ところが。

 彼女がアーモンド型の瞳をゆっくりと開き、フルフルと横に振る。自分だけ満足するなんて許さない。そう言っているようだ。

 ああ……そうだったな。弱音を吐いてすまん。いつかきっと望む姿を手に入れよう。ロマンチックに出会い、情熱的に結ばれて、大手を振って恋人同士として生きてゆこう。
 朝から晩まで干からびるほど貪り合って、記録に残るくらい子供を作り、地獄の底まで添い遂げよう。

 だから、今は少しだけ……。

「先っぽだけでもいいから、その可愛い尻尾を触らせてくれ!」


 尻尾をめぐる攻防はその晩、遅くまで続いた。


                 おしまい
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

解除

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

ざまぁされるための努力とかしたくない

こうやさい
ファンタジー
 ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。  けどなんか環境違いすぎるんだけど?  例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。  作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。  恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。  中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。  ……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

ヒロインは修道院に行った

菜花
ファンタジー
乙女ゲームに転生した。でも他の転生者が既に攻略キャラを攻略済みのようだった……。カクヨム様でも投稿中。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。