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第四話 交通事故なら阻止するのは難しいことじゃない
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ファミレスで姉貴と別れ、二人で駅前の商店街を歩く。
「なぁ……交通事故って、どんな感じだったんだ?」
叱られた仔犬のような顔をして、克哉が聞いて来た。
「七夕祭りの初日、友だち……早川知ってるだろ? 早川亜紀。二人で行ったらしくてさ……。帰り道の新桜橋を渡りきったところで、酔っ払いのバイクに跳ねられたんだ」
「アンタ……なにしてたんだよ。なんで一緒じゃなかったんだ?」
「俺の時間では、二日前に別れたんだ。喧嘩して。ああ、明日だな。喧嘩するなよ?」
「まじで……。なんで喧嘩したんだ?」
他愛もない理由だ。きっとこの時間軸では起こらない。
「俺が部活のあと、美咲を待たないで帰っちゃったとか、そんな感じだ」
「そんな喧嘩で別れたのか?」
「いつものことで、すぐ仲直り出来ると思ってたんだ」
大切にするってことが、全然わかっていなかった。克哉、お前は間違うなよ。
「そんなで別れて、美咲が死んじまって……そのあと、アンタどうしたんだよ! 好きだったんだろう⁉︎ だって俺は……美咲が好き……だ! 俺がそうなら、アンタだって!」
「ああ……部屋の壁が崩れるくらい、頭打ちつけたりしたな!」
ハハハと乾いた笑いを浮かべたら、ガツンと肩を思い切り殴られた。
「笑ってんなよ! 笑えねぇよ! バカじゃねぇの! 笑うな!」
克哉の剣幕に、笑いが顔に張り付く。そうだな。俺にとっては二十年前の、もうどうにもならない過去だけど、こいつにとっては、これから……起きるかも知れない未来の話だ。
「チクショウ……ぜってー死なせねぇ……」
「……すまん」
「俺も……俺も殴ってごめん。アンタが辛かったの、たぶん俺が一番よくわかる」
本人だもんな。誤魔化しも、隠しごとも何もあったもんじゃない。
「でもさ、交通事故なら、防ぐのそんなに難しくないよな? 明日、祭りに行かなきゃいいんだろ?」
「そう……なのか?」
わかる訳がない。タイムリープの法則とかあるんだろうか。小説の中だと、歴史の強制力みたいなものがあった気がする。
「なぁ、美咲には教えるのか? 事故の話……」
それだよなぁ。自分は三日後に死ぬかも知れない。そんなことを知らされて、動揺しない人はいない。
「できれば内緒にして欲しい。目の前にいるアンタの知ってる未来って、なんか運命っぽくてこえーよ」
「克哉、しばらく美咲から離れるな。何があっても対応出来る距離にいろ。おまえが守れ」
俺には情報を渡す以外に、何か出来ることがあるのだろうか? なんせ、ここには居ないはずの人間だ。
「美咲を死なせたの、どんな奴なんだ? そいつ、どうなった?」
しばらく考え込んでいた克哉が、親の仇でも見るような、凶暴な目をして言った。
どんな奴だったか……。
確か、相手も何日か後に死んでいる。かなり大きな事故だった。
だからこそ、俺の怒りは矛先を見つけられずに自分へと向いた。下らないことで喧嘩をして、勢いで別れの言葉を口にして、意地を張って連絡を入れなかった。
蚊帳の外へと出てしまった俺は、自分とは関係のない場所で起こった事故を、自分が手を離してしまったせいだと感じていたのだ。
葬式で……美咲は棺の中で、前の年に俺と一緒に祭りに行った時と同じ浴衣を着ていた。紺地に白の花模様で、クレマチスという花らしい。姉貴が教えてくれた。
事故の直後と違って髪の毛も綺麗にセットしてあり、うっすらと化粧もしていた。そういうことをしてくれる専門の人がいると、それも姉貴が教えてくれた。
葬式がはじまる前に、美咲の両親が少しの間二人きりにしてくれた。そっと頬に触れたら、嘘みたいに固くて冷たかった。
「おい美咲、何やってんだよ。起きろよ……俺が悪かったからさ。何でも言うこと聞くから許して。もう、こんなの、勘弁してくれよ」
応えがあると思って言ったわけじゃない。こんなに冷たくて固い人間が起き上がったらホラーだ。
でも、言わずにはいられなかった。
「俺は美咲が好きなんだよ。知ってるだろ? 何勝手に死んでんだよ。アホか……」
いばら姫や白雪姫の話を思い出して、唇を重ねてみる。しばらく様子を見て、そりゃーそうだよなと、思う。なぜなら、俺は王子じゃない。
そのあとは美咲の両親が呼びに来るまで、鼻水を啜りながら、馬鹿みたいにずっと美咲の顔を眺めていた。
葬式の記憶はあやふやだ。仏教だったのか神道だったのかすら覚えていない。姉貴と一緒に遺族席の端っこに座らせられて、ボーッとしていたら式は終わっていた。
「イチさん?」
克哉に声をかけられて我に返る。いつの間にか駅前のビジネスホテルの前に、二人並んで突っ立っていた。
「あ……ああ。事故の相手も二、三日後に亡くなったよ。大きな事故だったから」
「そうか……。んじゃ事故を止めれば、相手のためにもなるよな! そいつに会って、当日酔っ払い運転なんかしないように言えば良いんじゃね? それか、こっそり行ってバイク壊しちまうか?」
克哉は、どうしても武闘方面へと舵を切りたいらしい。『美咲を守る』という言葉に、ヒロイックな使命感を持っているのだろう。
だが、それなら俺にも出来そうだ。
「明日プリペイド携帯買いに行って、そのあとそいつのこと調べてみる。克哉は美咲を頼む。部活もバイトも、ちゃんと送り迎えしろよ?」
ここから先を、俺にとっての未知の時間にしなくてはいけない。美咲が事故に遭った状況から少しでも遠ざかること。それが今、思いつく最善だ。
(いっそ美咲を連れて、この街を離れてしまおうか?)
姉貴が両替えしてくれた金があれば、二人分の二泊三日の小旅行くらいなら行けるだろう。
そこまで考えて、愕然とする。
俺はこの時間の美咲と、自分の恋人だった美咲の区別が出来ていないかも知れない。克哉に言った『美咲を頼む』という言葉なんて、まるで自分のものだと言っているみたいだ。
あの美咲は、二十年前に死んだ俺の恋人だった美咲じゃない。俺の後悔や懺悔や、行き場のなかった想いをぶつけていい相手じゃない。
なのに……。
目の前の克哉はあの頃の俺そのままに、詰めが甘く隙も多い。未熟で勢いばかりの若造だ。
気がつけば俺は付け入る方法を数え上げていた。
自分の薄汚さに嫌気が差す。俺は美咲と克哉に関わり合うべき存在じゃない。
今すぐ元の時間へ帰らせてくれと……。
俺は切実に願った。
「なぁ……交通事故って、どんな感じだったんだ?」
叱られた仔犬のような顔をして、克哉が聞いて来た。
「七夕祭りの初日、友だち……早川知ってるだろ? 早川亜紀。二人で行ったらしくてさ……。帰り道の新桜橋を渡りきったところで、酔っ払いのバイクに跳ねられたんだ」
「アンタ……なにしてたんだよ。なんで一緒じゃなかったんだ?」
「俺の時間では、二日前に別れたんだ。喧嘩して。ああ、明日だな。喧嘩するなよ?」
「まじで……。なんで喧嘩したんだ?」
他愛もない理由だ。きっとこの時間軸では起こらない。
「俺が部活のあと、美咲を待たないで帰っちゃったとか、そんな感じだ」
「そんな喧嘩で別れたのか?」
「いつものことで、すぐ仲直り出来ると思ってたんだ」
大切にするってことが、全然わかっていなかった。克哉、お前は間違うなよ。
「そんなで別れて、美咲が死んじまって……そのあと、アンタどうしたんだよ! 好きだったんだろう⁉︎ だって俺は……美咲が好き……だ! 俺がそうなら、アンタだって!」
「ああ……部屋の壁が崩れるくらい、頭打ちつけたりしたな!」
ハハハと乾いた笑いを浮かべたら、ガツンと肩を思い切り殴られた。
「笑ってんなよ! 笑えねぇよ! バカじゃねぇの! 笑うな!」
克哉の剣幕に、笑いが顔に張り付く。そうだな。俺にとっては二十年前の、もうどうにもならない過去だけど、こいつにとっては、これから……起きるかも知れない未来の話だ。
「チクショウ……ぜってー死なせねぇ……」
「……すまん」
「俺も……俺も殴ってごめん。アンタが辛かったの、たぶん俺が一番よくわかる」
本人だもんな。誤魔化しも、隠しごとも何もあったもんじゃない。
「でもさ、交通事故なら、防ぐのそんなに難しくないよな? 明日、祭りに行かなきゃいいんだろ?」
「そう……なのか?」
わかる訳がない。タイムリープの法則とかあるんだろうか。小説の中だと、歴史の強制力みたいなものがあった気がする。
「なぁ、美咲には教えるのか? 事故の話……」
それだよなぁ。自分は三日後に死ぬかも知れない。そんなことを知らされて、動揺しない人はいない。
「できれば内緒にして欲しい。目の前にいるアンタの知ってる未来って、なんか運命っぽくてこえーよ」
「克哉、しばらく美咲から離れるな。何があっても対応出来る距離にいろ。おまえが守れ」
俺には情報を渡す以外に、何か出来ることがあるのだろうか? なんせ、ここには居ないはずの人間だ。
「美咲を死なせたの、どんな奴なんだ? そいつ、どうなった?」
しばらく考え込んでいた克哉が、親の仇でも見るような、凶暴な目をして言った。
どんな奴だったか……。
確か、相手も何日か後に死んでいる。かなり大きな事故だった。
だからこそ、俺の怒りは矛先を見つけられずに自分へと向いた。下らないことで喧嘩をして、勢いで別れの言葉を口にして、意地を張って連絡を入れなかった。
蚊帳の外へと出てしまった俺は、自分とは関係のない場所で起こった事故を、自分が手を離してしまったせいだと感じていたのだ。
葬式で……美咲は棺の中で、前の年に俺と一緒に祭りに行った時と同じ浴衣を着ていた。紺地に白の花模様で、クレマチスという花らしい。姉貴が教えてくれた。
事故の直後と違って髪の毛も綺麗にセットしてあり、うっすらと化粧もしていた。そういうことをしてくれる専門の人がいると、それも姉貴が教えてくれた。
葬式がはじまる前に、美咲の両親が少しの間二人きりにしてくれた。そっと頬に触れたら、嘘みたいに固くて冷たかった。
「おい美咲、何やってんだよ。起きろよ……俺が悪かったからさ。何でも言うこと聞くから許して。もう、こんなの、勘弁してくれよ」
応えがあると思って言ったわけじゃない。こんなに冷たくて固い人間が起き上がったらホラーだ。
でも、言わずにはいられなかった。
「俺は美咲が好きなんだよ。知ってるだろ? 何勝手に死んでんだよ。アホか……」
いばら姫や白雪姫の話を思い出して、唇を重ねてみる。しばらく様子を見て、そりゃーそうだよなと、思う。なぜなら、俺は王子じゃない。
そのあとは美咲の両親が呼びに来るまで、鼻水を啜りながら、馬鹿みたいにずっと美咲の顔を眺めていた。
葬式の記憶はあやふやだ。仏教だったのか神道だったのかすら覚えていない。姉貴と一緒に遺族席の端っこに座らせられて、ボーッとしていたら式は終わっていた。
「イチさん?」
克哉に声をかけられて我に返る。いつの間にか駅前のビジネスホテルの前に、二人並んで突っ立っていた。
「あ……ああ。事故の相手も二、三日後に亡くなったよ。大きな事故だったから」
「そうか……。んじゃ事故を止めれば、相手のためにもなるよな! そいつに会って、当日酔っ払い運転なんかしないように言えば良いんじゃね? それか、こっそり行ってバイク壊しちまうか?」
克哉は、どうしても武闘方面へと舵を切りたいらしい。『美咲を守る』という言葉に、ヒロイックな使命感を持っているのだろう。
だが、それなら俺にも出来そうだ。
「明日プリペイド携帯買いに行って、そのあとそいつのこと調べてみる。克哉は美咲を頼む。部活もバイトも、ちゃんと送り迎えしろよ?」
ここから先を、俺にとっての未知の時間にしなくてはいけない。美咲が事故に遭った状況から少しでも遠ざかること。それが今、思いつく最善だ。
(いっそ美咲を連れて、この街を離れてしまおうか?)
姉貴が両替えしてくれた金があれば、二人分の二泊三日の小旅行くらいなら行けるだろう。
そこまで考えて、愕然とする。
俺はこの時間の美咲と、自分の恋人だった美咲の区別が出来ていないかも知れない。克哉に言った『美咲を頼む』という言葉なんて、まるで自分のものだと言っているみたいだ。
あの美咲は、二十年前に死んだ俺の恋人だった美咲じゃない。俺の後悔や懺悔や、行き場のなかった想いをぶつけていい相手じゃない。
なのに……。
目の前の克哉はあの頃の俺そのままに、詰めが甘く隙も多い。未熟で勢いばかりの若造だ。
気がつけば俺は付け入る方法を数え上げていた。
自分の薄汚さに嫌気が差す。俺は美咲と克哉に関わり合うべき存在じゃない。
今すぐ元の時間へ帰らせてくれと……。
俺は切実に願った。
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