九月のセミに感情移入してる場合じゃない

はなまる

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第五話 俺はJ Kに興味はない。ないったらない。

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 ビジネスホテルまで着いて来た克哉が『なんかあったら連絡して』と言いながら、生徒手帳の切れはしに携帯番号とメールアドレスを書いたメモを渡して来た。
 確認するとやはり俺と同じ番号だったが、メアドは使うかも知れないので礼を言って受け取った。

「コンビニはあっち、ファミレスはそっち。携帯ショップは国道沿い、歩いて五分くらいのところにある」

 どうやら克哉は道案内で着いて来てくれたらしい。俺もそこそこ土地勘はあるんだけどな。意外に面倒見が良くて照れ臭い。

「明日は俺も美咲も朝から部活なんだ」

「わかった。俺は朝イチでプリペイド携帯買ってから、事故の相手のこと調べてみるよ」

「部活終わったら連絡する」

「ああ」

 明日の予定を別れ際に確認し合う。……カップルかよ!

 生意気にも『ひとりで大丈夫か?』なんて、心配そうに顔を覗き込んでくる。むしろ頼むから一人にして欲しい。今は克哉の顔を見るのがキツイ。




 ホテルの個室に入り、ベッドに倒れ込む。狭い個室の中の様子は二十年前でもそう変わりはない。

 いっそこのまま、二人の前から消えた方がいいんじゃないか?

 すでに日時などの大切な情報は渡してあるし、喧嘩別れもしないだろう。美咲が祭りに行くのを止めて、安全な場所にいれば交通事故には巻き込まれないはずだ。


 ふと、地元の新聞記事が目の裏に浮かぶ。二十年前の、美咲の事故を扱った記事だ。



 八月六日22時頃、市内新桜橋付近でバイクが歩行者に突っ込む交通事故が発生した。被害に遭ったのは西高等学校二年、森宮美咲さん(16歳)、早川亜紀さん(17歳)。森宮さんは頭を強く打って死亡、早川さんは足や肋骨を折り重症。
 二人は今日から開催されている、七夕祭りに遊びに行った帰り道で事故に遭ったと見られている。
 バイクを運転していた蓮水はすみ達彦容疑者(22歳)は、全身を強く打ち重体。蓮水容疑者はアルコール血中濃度検査から酒に酔っていたと見られ、過失運転致死傷罪で書類送検される予定だ。



 美咲を跳ね飛ばしたバイク野郎は、けっきょくニ、三日後に息を引き取ったはずだ。俺はその新聞記事以上に加害者のことを知らない。フルネームと年齢、それだけだ。情報が入って来なかったのは、当時の俺が腫れ物のように扱われていたせいだろう。

 俺や克哉が、このまま接触しなかったとしたら……。

 蓮水は俺の知る事件そのままに、祭りの初日に酔っ払い運転をするのだろうか?
 泥酔した蓮水の乗ったバイクは、例え俺が美咲を事故現場から引き剥がしたとしても……。蓮水自身とその場に居合わせた人を傷つける。

 今なら俺は蓮水自身も助けることが出来る。

(克哉の言う通り、バイクを壊してしまうか……)

 蓮水に事情を話して説得するのは無理だろう。姉貴や美咲が比較的あっさりと俺を受け入れてくれたのは、克哉を良く知る二人だからだ。面識のない蓮水には、ヤバイやつだと警戒されるのが落ちだ。

 けっきょく俺は『今すぐに二人の前から姿を消す』という選択肢を封印した。蓮水のこともあるが、最悪美咲を守りきれない可能性があるからだ。その場合、事の顛末を知っている克哉は、あの時の俺以上に傷つくことになるだろう。高校生の克哉に全てを背負わせるのは、あまりに酷だ。

「たった三日間だ。美咲だと思わなければ、俺はJ Kには興味ないしな」

 さすがに二十歳も年下の子供に、恋愛感情は湧いて来ない。法律だけじゃなく、俺の倫理感的にもアウトだ。念のためあまり美咲と顔を合わせないでいよう。

 気分を切り替えて、最善までの道筋を探る。まずは蓮水達彦の身元を割り出すことだ。
 

(『蓮水』はそう多くある苗字じゃない。電話帳で探せば見つかるかも知れないな)

 二十年前なら固定電話が健在なはずだ。

 フロントへ電話して、電話帳と軽いツマミを注文する。こんな夜は、飲まなきゃやっていられない。

 ツマミを待たずに部屋の有料冷蔵庫から、思い切って400mlのビールを取り出す。プルトップを開けてから、やっぱりシャワーを浴びてからにすれば良かったと、少し後悔した。

 飲みながら、買ってきた情報誌をペラペラとめくる。自分の記憶の中の二十年前のと、目の前の時間軸の齟齬を埋めようと思ったのだ。
 人気のアイドルや政治の動向、ファッションの傾向、若者言葉や都市伝説……。どれも俺の記憶とそう大きくは違っていない。

 不思議なことに十年前よりも、二十年前の記憶の方が情報量も多く鮮明だと感じる。たくさんのことを、はっきりと覚えているのだ。それだけ印象強い出来事が多かったのか、加齢と共に脳の記憶媒体としての機能が落ちているのか……。

「まあ、今の状況からすると歓迎すべきことだな」

 酔いが回る前に、現状とわかっていることを整理してみよう。俺は薄汚れた大人だが、それなりに苦境を乗り越えて来た自負もある。こういう気分の時は、逃げるより出来ることから片付ける方が建設的だ。


 俺が2021年にいたのは、どの時点までだろう。電車から降りてスマホを使った時は、圏外じゃなかった。そこから、河川敷で美咲を見つけるまで……。
 いったい何がどうすると、二十前まで戻るっていうのだろう? 時空の穴や門らしきものをくぐった覚えもない。

 来た方法がわからない以上、帰る方法もわからないということだ。

「俺の……能力か……⁉︎」

 まだそう飲んでいないはずなのに、酔っ払いの戯言たわごとのようなひとり言が口をつく。バカバカしいとは思うが、今のこの状況も中学生の妄想レベルでバカバカしい。

 俺は土手に上がり河川敷を見渡した瞬間、猛烈な既視感に襲われていた。生々しいほどに、高校生だった感覚に支配された。重い制服のジャケット、履き潰したスニーカーの底の感触、自転車のギアを切り替えた時の、カシャンと小気味良い音。

 そして、より一層のリアルな感覚で蘇ったのが、美咲とのファーストキスの記憶だ。

 あれが発動の条件なのか。それとも時間を遡ったからこそ、蘇った記憶なのか。

 物は試しと、二十年後……俺の元の時間軸の記憶を辿る。残業を終えて、人気の少ない駅のホームで電車を待つ日常。やり甲斐も感じてはいたが、進むべき理由は見つけられていなかった。

 こんなことを感じてしまうのは、おそらく克哉の存在にある。可能性の塊のような高校生は、眩しくて直視するのがはばかられる。自分の二十年が、ひどく価値のないもののように思えてしまう。

「こんな未来を見せつけられた克哉が気の毒だな」

 けっきょくあの時のような、物量さえ感じられるほどの既視感は得られなかった。時間軸の移動は発生しているのか?

 テレビを点けて確認しようとリモコンを手にした時、部屋のドアをノックする音がした。
 ノックの主は、ツマミと電話帳を持って来てくれたホテルの従業員だった。下の時間には戻れていない。


 俺は受け取ったツマミと飲みかけのビールを冷蔵庫に入れ、軽く汗を流すことにした。

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