5 / 25
第五話 俺はJ Kに興味はない。ないったらない。
しおりを挟む
ビジネスホテルまで着いて来た克哉が『なんかあったら連絡して』と言いながら、生徒手帳の切れはしに携帯番号とメールアドレスを書いたメモを渡して来た。
確認するとやはり俺と同じ番号だったが、メアドは使うかも知れないので礼を言って受け取った。
「コンビニはあっち、ファミレスはそっち。携帯ショップは国道沿い、歩いて五分くらいのところにある」
どうやら克哉は道案内で着いて来てくれたらしい。俺もそこそこ土地勘はあるんだけどな。意外に面倒見が良くて照れ臭い。
「明日は俺も美咲も朝から部活なんだ」
「わかった。俺は朝イチでプリペイド携帯買ってから、事故の相手のこと調べてみるよ」
「部活終わったら連絡する」
「ああ」
明日の予定を別れ際に確認し合う。……カップルかよ!
生意気にも『ひとりで大丈夫か?』なんて、心配そうに顔を覗き込んでくる。むしろ頼むから一人にして欲しい。今は克哉の顔を見るのがキツイ。
ホテルの個室に入り、ベッドに倒れ込む。狭い個室の中の様子は二十年前でもそう変わりはない。
いっそこのまま、二人の前から消えた方がいいんじゃないか?
すでに日時などの大切な情報は渡してあるし、喧嘩別れもしないだろう。美咲が祭りに行くのを止めて、安全な場所にいれば交通事故には巻き込まれないはずだ。
ふと、地元の新聞記事が目の裏に浮かぶ。二十年前の、美咲の事故を扱った記事だ。
八月六日22時頃、市内新桜橋付近でバイクが歩行者に突っ込む交通事故が発生した。被害に遭ったのは西高等学校二年、森宮美咲さん(16歳)、早川亜紀さん(17歳)。森宮さんは頭を強く打って死亡、早川さんは足や肋骨を折り重症。
二人は今日から開催されている、七夕祭りに遊びに行った帰り道で事故に遭ったと見られている。
バイクを運転していた蓮水達彦容疑者(22歳)は、全身を強く打ち重体。蓮水容疑者はアルコール血中濃度検査から酒に酔っていたと見られ、過失運転致死傷罪で書類送検される予定だ。
美咲を跳ね飛ばしたバイク野郎は、けっきょくニ、三日後に息を引き取ったはずだ。俺はその新聞記事以上に加害者のことを知らない。フルネームと年齢、それだけだ。情報が入って来なかったのは、当時の俺が腫れ物のように扱われていたせいだろう。
俺や克哉が、このまま接触しなかったとしたら……。
蓮水は俺の知る事件そのままに、祭りの初日に酔っ払い運転をするのだろうか?
泥酔した蓮水の乗ったバイクは、例え俺が美咲を事故現場から引き剥がしたとしても……。蓮水自身とその場に居合わせた人を傷つける。
今なら俺は蓮水自身も助けることが出来る。
(克哉の言う通り、バイクを壊してしまうか……)
蓮水に事情を話して説得するのは無理だろう。姉貴や美咲が比較的あっさりと俺を受け入れてくれたのは、克哉を良く知る二人だからだ。面識のない蓮水には、ヤバイやつだと警戒されるのが落ちだ。
けっきょく俺は『今すぐに二人の前から姿を消す』という選択肢を封印した。蓮水のこともあるが、最悪美咲を守りきれない可能性があるからだ。その場合、事の顛末を知っている克哉は、あの時の俺以上に傷つくことになるだろう。高校生の克哉に全てを背負わせるのは、あまりに酷だ。
「たった三日間だ。美咲だと思わなければ、俺はJ Kには興味ないしな」
さすがに二十歳も年下の子供に、恋愛感情は湧いて来ない。法律だけじゃなく、俺の倫理感的にもアウトだ。念のためあまり美咲と顔を合わせないでいよう。
気分を切り替えて、最善までの道筋を探る。まずは蓮水達彦の身元を割り出すことだ。
(『蓮水』はそう多くある苗字じゃない。電話帳で探せば見つかるかも知れないな)
二十年前なら固定電話が健在なはずだ。
フロントへ電話して、電話帳と軽いツマミを注文する。こんな夜は、飲まなきゃやっていられない。
ツマミを待たずに部屋の有料冷蔵庫から、思い切って400mlのビールを取り出す。プルトップを開けてから、やっぱりシャワーを浴びてからにすれば良かったと、少し後悔した。
飲みながら、買ってきた情報誌をペラペラとめくる。自分の記憶の中の二十年前のと、目の前の時間軸の齟齬を埋めようと思ったのだ。
人気のアイドルや政治の動向、ファッションの傾向、若者言葉や都市伝説……。どれも俺の記憶とそう大きくは違っていない。
不思議なことに十年前よりも、二十年前の記憶の方が情報量も多く鮮明だと感じる。たくさんのことを、はっきりと覚えているのだ。それだけ印象強い出来事が多かったのか、加齢と共に脳の記憶媒体としての機能が落ちているのか……。
「まあ、今の状況からすると歓迎すべきことだな」
酔いが回る前に、現状とわかっていることを整理してみよう。俺は薄汚れた大人だが、それなりに苦境を乗り越えて来た自負もある。こういう気分の時は、逃げるより出来ることから片付ける方が建設的だ。
俺が2021年にいたのは、どの時点までだろう。電車から降りてスマホを使った時は、圏外じゃなかった。そこから、河川敷で美咲を見つけるまで……。
いったい何がどうすると、二十前まで戻るっていうのだろう? 時空の穴や門らしきものをくぐった覚えもない。
来た方法がわからない以上、帰る方法もわからないということだ。
「俺の……能力か……⁉︎」
まだそう飲んでいないはずなのに、酔っ払いの戯言のようなひとり言が口をつく。バカバカしいとは思うが、今のこの状況も中学生の妄想レベルでバカバカしい。
俺は土手に上がり河川敷を見渡した瞬間、猛烈な既視感に襲われていた。生々しいほどに、高校生だった感覚に支配された。重い制服のジャケット、履き潰したスニーカーの底の感触、自転車のギアを切り替えた時の、カシャンと小気味良い音。
そして、より一層のリアルな感覚で蘇ったのが、美咲とのファーストキスの記憶だ。
あれが発動の条件なのか。それとも時間を遡ったからこそ、蘇った記憶なのか。
物は試しと、二十年後……俺の元の時間軸の記憶を辿る。残業を終えて、人気の少ない駅のホームで電車を待つ日常。やり甲斐も感じてはいたが、進むべき理由は見つけられていなかった。
こんなことを感じてしまうのは、おそらく克哉の存在にある。可能性の塊のような高校生は、眩しくて直視するのが憚れる。自分の二十年が、ひどく価値のないもののように思えてしまう。
「こんな未来を見せつけられた克哉が気の毒だな」
けっきょくあの時のような、物量さえ感じられるほどの既視感は得られなかった。時間軸の移動は発生しているのか?
テレビを点けて確認しようとリモコンを手にした時、部屋のドアをノックする音がした。
ノックの主は、ツマミと電話帳を持って来てくれたホテルの従業員だった。下の時間には戻れていない。
俺は受け取ったツマミと飲みかけのビールを冷蔵庫に入れ、軽く汗を流すことにした。
確認するとやはり俺と同じ番号だったが、メアドは使うかも知れないので礼を言って受け取った。
「コンビニはあっち、ファミレスはそっち。携帯ショップは国道沿い、歩いて五分くらいのところにある」
どうやら克哉は道案内で着いて来てくれたらしい。俺もそこそこ土地勘はあるんだけどな。意外に面倒見が良くて照れ臭い。
「明日は俺も美咲も朝から部活なんだ」
「わかった。俺は朝イチでプリペイド携帯買ってから、事故の相手のこと調べてみるよ」
「部活終わったら連絡する」
「ああ」
明日の予定を別れ際に確認し合う。……カップルかよ!
生意気にも『ひとりで大丈夫か?』なんて、心配そうに顔を覗き込んでくる。むしろ頼むから一人にして欲しい。今は克哉の顔を見るのがキツイ。
ホテルの個室に入り、ベッドに倒れ込む。狭い個室の中の様子は二十年前でもそう変わりはない。
いっそこのまま、二人の前から消えた方がいいんじゃないか?
すでに日時などの大切な情報は渡してあるし、喧嘩別れもしないだろう。美咲が祭りに行くのを止めて、安全な場所にいれば交通事故には巻き込まれないはずだ。
ふと、地元の新聞記事が目の裏に浮かぶ。二十年前の、美咲の事故を扱った記事だ。
八月六日22時頃、市内新桜橋付近でバイクが歩行者に突っ込む交通事故が発生した。被害に遭ったのは西高等学校二年、森宮美咲さん(16歳)、早川亜紀さん(17歳)。森宮さんは頭を強く打って死亡、早川さんは足や肋骨を折り重症。
二人は今日から開催されている、七夕祭りに遊びに行った帰り道で事故に遭ったと見られている。
バイクを運転していた蓮水達彦容疑者(22歳)は、全身を強く打ち重体。蓮水容疑者はアルコール血中濃度検査から酒に酔っていたと見られ、過失運転致死傷罪で書類送検される予定だ。
美咲を跳ね飛ばしたバイク野郎は、けっきょくニ、三日後に息を引き取ったはずだ。俺はその新聞記事以上に加害者のことを知らない。フルネームと年齢、それだけだ。情報が入って来なかったのは、当時の俺が腫れ物のように扱われていたせいだろう。
俺や克哉が、このまま接触しなかったとしたら……。
蓮水は俺の知る事件そのままに、祭りの初日に酔っ払い運転をするのだろうか?
泥酔した蓮水の乗ったバイクは、例え俺が美咲を事故現場から引き剥がしたとしても……。蓮水自身とその場に居合わせた人を傷つける。
今なら俺は蓮水自身も助けることが出来る。
(克哉の言う通り、バイクを壊してしまうか……)
蓮水に事情を話して説得するのは無理だろう。姉貴や美咲が比較的あっさりと俺を受け入れてくれたのは、克哉を良く知る二人だからだ。面識のない蓮水には、ヤバイやつだと警戒されるのが落ちだ。
けっきょく俺は『今すぐに二人の前から姿を消す』という選択肢を封印した。蓮水のこともあるが、最悪美咲を守りきれない可能性があるからだ。その場合、事の顛末を知っている克哉は、あの時の俺以上に傷つくことになるだろう。高校生の克哉に全てを背負わせるのは、あまりに酷だ。
「たった三日間だ。美咲だと思わなければ、俺はJ Kには興味ないしな」
さすがに二十歳も年下の子供に、恋愛感情は湧いて来ない。法律だけじゃなく、俺の倫理感的にもアウトだ。念のためあまり美咲と顔を合わせないでいよう。
気分を切り替えて、最善までの道筋を探る。まずは蓮水達彦の身元を割り出すことだ。
(『蓮水』はそう多くある苗字じゃない。電話帳で探せば見つかるかも知れないな)
二十年前なら固定電話が健在なはずだ。
フロントへ電話して、電話帳と軽いツマミを注文する。こんな夜は、飲まなきゃやっていられない。
ツマミを待たずに部屋の有料冷蔵庫から、思い切って400mlのビールを取り出す。プルトップを開けてから、やっぱりシャワーを浴びてからにすれば良かったと、少し後悔した。
飲みながら、買ってきた情報誌をペラペラとめくる。自分の記憶の中の二十年前のと、目の前の時間軸の齟齬を埋めようと思ったのだ。
人気のアイドルや政治の動向、ファッションの傾向、若者言葉や都市伝説……。どれも俺の記憶とそう大きくは違っていない。
不思議なことに十年前よりも、二十年前の記憶の方が情報量も多く鮮明だと感じる。たくさんのことを、はっきりと覚えているのだ。それだけ印象強い出来事が多かったのか、加齢と共に脳の記憶媒体としての機能が落ちているのか……。
「まあ、今の状況からすると歓迎すべきことだな」
酔いが回る前に、現状とわかっていることを整理してみよう。俺は薄汚れた大人だが、それなりに苦境を乗り越えて来た自負もある。こういう気分の時は、逃げるより出来ることから片付ける方が建設的だ。
俺が2021年にいたのは、どの時点までだろう。電車から降りてスマホを使った時は、圏外じゃなかった。そこから、河川敷で美咲を見つけるまで……。
いったい何がどうすると、二十前まで戻るっていうのだろう? 時空の穴や門らしきものをくぐった覚えもない。
来た方法がわからない以上、帰る方法もわからないということだ。
「俺の……能力か……⁉︎」
まだそう飲んでいないはずなのに、酔っ払いの戯言のようなひとり言が口をつく。バカバカしいとは思うが、今のこの状況も中学生の妄想レベルでバカバカしい。
俺は土手に上がり河川敷を見渡した瞬間、猛烈な既視感に襲われていた。生々しいほどに、高校生だった感覚に支配された。重い制服のジャケット、履き潰したスニーカーの底の感触、自転車のギアを切り替えた時の、カシャンと小気味良い音。
そして、より一層のリアルな感覚で蘇ったのが、美咲とのファーストキスの記憶だ。
あれが発動の条件なのか。それとも時間を遡ったからこそ、蘇った記憶なのか。
物は試しと、二十年後……俺の元の時間軸の記憶を辿る。残業を終えて、人気の少ない駅のホームで電車を待つ日常。やり甲斐も感じてはいたが、進むべき理由は見つけられていなかった。
こんなことを感じてしまうのは、おそらく克哉の存在にある。可能性の塊のような高校生は、眩しくて直視するのが憚れる。自分の二十年が、ひどく価値のないもののように思えてしまう。
「こんな未来を見せつけられた克哉が気の毒だな」
けっきょくあの時のような、物量さえ感じられるほどの既視感は得られなかった。時間軸の移動は発生しているのか?
テレビを点けて確認しようとリモコンを手にした時、部屋のドアをノックする音がした。
ノックの主は、ツマミと電話帳を持って来てくれたホテルの従業員だった。下の時間には戻れていない。
俺は受け取ったツマミと飲みかけのビールを冷蔵庫に入れ、軽く汗を流すことにした。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
Emerald
藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。
叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。
自分にとっては完全に新しい場所。
しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。
仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。
〜main cast〜
結城美咲(Yuki Misaki)
黒瀬 悠(Kurose Haruka)
※作中の地名、団体名は架空のものです。
※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。
※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。
ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる