九月のセミに感情移入してる場合じゃない

はなまる

文字の大きさ
6 / 25

第六話 俺の左手に指輪はない

しおりを挟む
 シャワーを浴びて、ホテルの備え付けの部屋着を着る。いつも思うのだけれど、なぜこんな手術着みたいなデザインなのだろう。せめてTシャツと短パンにしてくれれば良いのに。
 二十年経っても変わらないということは、マストデザインということなのだろうか? 解せぬ。

 髪の毛の水気を備え付けのタオルで拭き取りながら、冷蔵庫からツマミと飲みかけのビールを取り出す。少し気が抜けたビールも俺は嫌いじゃない。

 フロントから借りた電話帳をめくる。さすが二十年前だけあってけっこう分厚い。印刷と紙の臭いが、なんだか懐かしい。最近は電子書籍ばかりで雑誌すら買わなくなった。

『蓮水』の苗字はすぐに見つかった。市内に三件のみだ。これなら総当たりしたとしても、二、三時間あれば回れる。

 でもそれよりも……。

 部屋着を着替え、住所のメモを取り部屋を出る。

 ホテルのロビーで公衆電話を使う。元の時間軸ではとんと見かけなくなった緑の電話だ。姉貴の番号をプッシュする。姉貴も確かずっと番号を変えていないはずだ。

「あ、俺」

 短く伝えると『克哉?』と返ってきた。

「うん、そう俺」

 まるでオレオレ詐欺のような受け答えになる。姉貴の言う『克哉』は俺ではないのだろうが、それでも返事は『違う、克哉だよ』なので大して変わらない。

「イチさんなのね、克哉かと思った……。なんで番号知ってるの?」

「姉貴の番号、二十年後も変わってないからな。あのさ、頼みがあるんだ」

『蓮水達彦』は二十二歳。姉貴と同級生だ。住所から通っていたであろう中学校は予測できる。卒業アルバムがあれば、顔写真付きで『蓮水達彦』を特定できるはずだ。

「手に入れて欲しいものがある」

 声を潜めて言ったら『なんなの? そのスパイ映画みたいなセリフ!』と吹き出された。公衆電話を使うのなんて十年数年ぶりで、やけに人の目が気になってしまうのだ。

「中学の卒アル……うん、なんとかなると思う。桜坂中と、梅田中と、桃山中ね。急ぐんだよね?」

「ああ、出来れば明日の昼過ぎまでには欲しい。あまり時間はないんだ」

「えっ、ほんとに急ね……。でもそうよね……なんとかするわ」

「ああ、頼むよ」


 電話を切ったらガチャンと使わなかった分の十円玉が戻って来た。そういえばこんな仕様だったな。懐かしい。

 部屋に戻って部屋着に着替え、ぬるくなったビールを口にする。妙に慌ただしくて落ち着かない。身の置き所に困る感じだ。

 これは俺がこの時間軸の住人じゃないせいなのか? いや、この気持ちは馴染みのものだ。毎年夏の終わり頃になると感じていた。祭り囃子ばやしを聞いたり、浴衣を着た女性を見るたびに湧き上がる。後悔と、罪の臭いだ。

 時が過ぎるつれて薄れていたはずのその感覚は、はっきりとした輪郭を伴ってしまっている。まるで足元から這い上がるように。

 ふと自分の足元に視線を移すと、ホテルの部屋着からニョッキリと生える中年男の脛が見えた。
 気の抜けたぬるいビールが気管に入り、ゲホゲホとせ込む。

 ビジホの部屋着はシリアスには不向きだな。細く息を吐いて、気分を切り替える。

 スマホを取り出し、充電しながらスケジュール帳を開き、明日から三日分の俺の知っている出来事を細かく記入する。

 


     * * * *



 テレビを点けて、眠くなるまでの時間を潰す。二十年前の番組が懐かしくてつい見入っていると、『トントン』と部屋のドアが控えめにノックされた。
 電話帳の回収に来たフロントの人だろうと思い、部屋着のまま細くドアを開けた。

「イーチさん!」

 細い隙間から顔の半分を覗かせて、ニコニコと笑う美咲がいた。思わず時計を確認すると、もう夜の9時を回っている。
 当然克哉も一緒だと思い、招き入れると美咲一人だった。

「どうした?」

 狭い部屋の中で立ったまま用件を聞く。若干素っ気ない口調になってしまったのは、俺の倫理感がこのシチュエーションを危機的状況と判断しているせいだろう。

「それ、ホテルの部屋着なの? 浴衣じゃないんだね」

 美咲がくすりと笑いながら言った。こんな格好が似合うアラサー男はいない。

「フロントで待ってて。着替えて行くから」

 こんな時間にわざわざ一人で来たということは、克哉に内緒の話でもあるのか? 何にしても部屋に二人っきりはヤバイ。この格好もヤバイ。

『えー、外は暑いよ!』などと渋っている美咲を部屋から追い出し、急いで着替えてフロントへと向かった。



「こんな時間に、一人で男の部屋になんか来るもんじゃないぞ」

 ロビーに併設されている小さな喫茶店で向かい合い、開口一番、説教してしまった。

「だって、どうしても聞きたいことがあったんだもん」

 美咲が口を尖らせて言った。

「それに……イチさんは克っちゃんでしょう?」

「俺と克哉は同一人物じゃない」

「えっ、違う人なの?」

 そうじゃなくて……。くそっ! 自分でもよくわからないことを人に説明するのは難しい。

「二十年も経てば、別人みたいなもんだ」

「そう……なんだ?」

「じゃあ、俺にキス出来るか?」

 俺に少しの警戒心も抱いていない美咲に、少し意地の悪い質問をしたくなる。女子高生相手に大人気ないな。

「えっ、うーん。どうだろう、イケるかも……」

「えっ⁉︎」

 てっきり拒絶されると思っていたので、俺の方が慌ててしまう。危うくコーヒーを吹きそうになった。

「イチさん、けっこうイイよ。甘えさせてくれそうだし……。包容力っていうの? 克ちゃんにはない魅力だよね!」   

「おまえ……それ克哉に言うなよ? 可哀想に……。包容力がなんて17歳の子供にあるわけないだろう? 美咲に大人の色気がないのと同じだ」

「えー! イチさん、ひどい。私、色気あるもん!」

「そういうところだ」

「えへへ! でもさ、克ちゃんがそんな風に、頼れる感じの大人になるなんてびっくりだよ! お腹も出てないし、ハゲてなくて良かった!」

 どんどん話が逸れてゆくな。もういいやめんどくせぇ。

「で……、聞きたいことってなんだ?」

「う……ん。イチさんって結婚してるの?」

 チラチラと左手を見ながら言う。結婚指輪を探しているのだろう。

「してないよ」

「……ってことは、あたしと克っちゃん……いつかは別れるってことだよね?」

 ヤバイ質問が来た。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

Emerald

藍沢咲良
恋愛
教師という仕事に嫌気が差した結城美咲(ゆうき みさき)は、叔母の住む自然豊かな郊外で時々アルバイトをして生活していた。 叔母の勧めで再び教員業に戻ってみようと人材バンクに登録すると、すぐに話が来る。 自分にとっては完全に新しい場所。 しかし仕事は一度投げ出した教員業。嫌だと言っても他に出来る仕事は無い。 仕方無しに仕事復帰をする美咲。仕事帰りにカフェに寄るとそこには…。 〜main cast〜 結城美咲(Yuki Misaki) 黒瀬 悠(Kurose Haruka) ※作中の地名、団体名は架空のものです。 ※この作品はエブリスタ、小説家になろうでも連載されています。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。 ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【1/20本編堂々完結!】自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

処理中です...