九月のセミに感情移入してる場合じゃない

はなまる

文字の大きさ
7 / 25

第七話 俺と克哉は同一人物じゃない

しおりを挟む
 
「……ってことは、あたしと克っちゃん……いつかは別れるってことだよね?」


 ニコニコと人懐こい顔で笑う美咲。質問の内容と表情が噛み合っていない。
 必要以上に愛想よく振る舞ってしまうのは、あまり親しくない人と話す時の美咲の癖だ。自分の感情を隠したい時ほどテンションが上がる。
『デレツン』。当時俺はそう呼んでいた。優等生の仮面を脱いだ美咲は途端に天邪鬼になる。非常に面倒くさい女なのだ。

 つまり美咲は今、かなり無理している。心を許していない相手に、必死で本心を隠して対峙しているということだ。

(バレてないわけないだろう? 俺は……克哉なんだぞ)

 ついさっき自分で『同一人物じゃない』と宣言したくせに、まるで矛盾したことを思ってしまう。
 同時にそのよそ行きの顔を向けられているのが、自分だということにショックを受ける。

 自分の感情が暴走している自覚はある。以前元カノの結婚式に呼ばれた時にだって、こんな気持ちにはならなかったのに。

 相手は女子高生! 二十歳も年下! この美咲は、じゃない!

「君が克哉と別れるかどうかは、二人で決めることだろう? 俺の過ごした二十年と、君たちがこれから過ごす二十年は、たぶん別物だ」

 内心を隠して、ことさらゆっくりと話す。二十の年の差を、見せつけるように。でも、思い知らなければいけないのは、きっと俺の方だ。

「未来は変わるってこと?」



 ここは『分岐点』だ。

 俺という異物が混じったことで分岐し、恐ろしい数の『if』が発生して、この時間軸は元の……俺が過ごした二十年後と、加速度的にかけ離れていっている。

 つまりこの時間軸で美咲が死なずに済んで、俺が元の時間に戻れたとしても……。

 そこで生き返った美咲に会えるわけじゃない。

 なぜなら、美咲が死んだあとの時間が『今の俺』を形作っているから。

「変わると思う。どう変わるかは、俺にもさっぱりわからない」

「うーん、そっか……。ねぇ、イチさんは何であたしと別れちゃったの? いつごろ?」

「勘弁してくれよ。悪趣味だぞ」

 まさか『君が死んでしまったんだ』とも言えずに苦笑する。

「だって、同じ道筋を辿る可能性はあるわけでしょ? だったら聞いておかなきゃ!」

「ぜってー教えねぇ……」

 作り話をする気にもなれず、在らぬ方向を向く。不吉な予感さえ、美咲に抱かせたくない。

「今の言い方、克っちゃんにそっくり! イチさん、ほんとに『克っちゃんだった人』なんだねぇ」

 クスクスと笑いながら、からかうような目を向ける。

「……面白がってるよな?」

「えー、だってめちゃくちゃ面白いよ。SFかファンタジー小説みたい! ねぇねぇ! 未来のこと教えて欲しい!」

「君と克哉に直接関係のないことなら……」

 いいのか? 

「えー、それ難しいよ。何なら教えてくれるの?」

「うーん。これから流行るデザートとか?」

「すっごい当たり障りのないヤツ!」

 あははと美咲が笑う。眉が八の字になり、笑っているのに少し困ったみたいな顔になる。俺はこの顔が好きで、もっと見たくて……よく下らないことを言っていた。

「タピオカブームがまた来る」

「へぇーっ!」

「SMAPが解散した」

「えっ、嘘!」

「ディズニーシーってのが、出来るぞ」

「もうあるよ!」

「任天堂とスクエニが合併した」

「それすごい前!」

 美咲の興味のありそうなことを、適当に言ってみる。

「イチさん、適当過ぎるよ!」

 クスクスと笑う。この顔が見られただけで、二十年の時間を越えたのも悪くないと思う。

「北海道にダンジョンが見つかって、冒険者ギルドが出来た」

「絶対、嘘!」

「犬と猫の翻訳ツールが開発されて、意志の疎通が可能になった」

「えー、ほんと?」

「空飛ぶバイクが流通してる」

「えっ、すごい! 乗ってみたい!」

 美咲の表情がクルクルと変わる。当たり前だ。俺が最後に見た……目を閉じた、冷たくて固い美咲じゃない。


「……さ、気が済んだだろう? 子供は帰って寝る時間だ。克哉に電話して、迎えに来てもらえ」

「えー、ひとりで帰れるよ……」

 美咲がコップの底に残った、薄くなったアイスココアをストローでズゾゾゾーと音を出して啜る。

「ダメだ。こんな夜遅くに、女の子がひとりで歩くもんじゃない」

「喧嘩しちゃった……」

 目を三白眼にして、俺を睨んでくる。克哉と喧嘩したのに俺を睨むなよ……。

「携帯貸して」

「あたし謝らないよ! 克ちゃんがわからんちんなんだもん!」

 わからんちんって……。この時代でも死語だろう?

「謝らなくていいから、携帯貸して。これ以上遅くなったら、親御さんに申し訳が立たない」

 美咲が『イチさん、じじむさい』とか『お父さんみたいな言葉使い』とか、地味に傷つくセリフを吐きながらも、携帯を投げて寄越した。

 そういえば、この時代のガラケーって頑丈だったよな。スマホはこんな扱いはとても出来ない。


 克哉に電話して美咲を迎えに来るように頼むと、二つ返事で自転車をかっ飛ばして秒で来た。ハアハアと荒い息のまま、ホテルのロビーをツカツカと歩いて来る。

 美咲が俺の背中に隠れると、三歩離れた場所にムッとした顔で立ち止まった。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

処理中です...