九月のセミに感情移入してる場合じゃない

はなまる

文字の大きさ
8 / 25

第八話 来た方法すらわからない

しおりを挟む
「美咲、帰るぞ」

 明らかに不機嫌な声で呼ばれて、美咲がますます俺の後ろに引っ込んだ。

「克哉、そう威嚇するなよ」

 美咲の頭をポンポンと叩いてから、少し離れて克哉にだけ聞こえるように声を潜めた。

「俺はな、すごく後悔したんだ。なんでもっと、優しくしなかったんだよってさ」

 こんなの俺の押しつけだよなぁとは思う。協力すると決めた事故のこと以外は克哉と美咲だけの問題だ。俺の口出すことじゃない。でもさ、仲良くして欲しいんだよ。喧嘩してるところなんか見たくない。


「おまえは間違うなよ。頼むからさ」



     * * * *



「で……なんで喧嘩になったんだ?」


「イチさん、聞いてよ! 克ちゃんが、お祭り行っちゃダメって言うんだよ!」

 あー、やっぱりそれが原因か。そりゃ、言うだろうよ。俺だって止める。だけど先走り過ぎた。まだ俺たちは具体的にどう動くかの、話し合いすらしていない。

「ずっと前から亜紀と、浴衣着て行こうねって約束してたのに。おそろいのシュシュだって買ったのに!」

 クレマチスの浴衣。俺が浴衣姿の女性を、直視出来なくなったトラウマのアレか……。

「何でか理由も言わないで、そんなの意味わかんない!」


 揉めた末に、俺も一緒に美咲を家まで送ることになった。黙り込んだ美咲と克哉に挟まれて歩く夜道は、非常に居た堪れない。

 チロリと克哉を見ると、何か俺に言いたそうに口を開きかけ、結局そのままため息をついてそっぽを向いた。

「克哉は可愛い美咲が、可愛い浴衣姿で祭りに行くのが心配で仕方ないんだよ」

 少しからかいの調子を混ぜて、美咲の機嫌を上げにかかる。克哉に『なぁ、そうだろう?』と声をかける。ほら、同意しとけ! それだって本心だろう?

「そうだよ! 心配なんだ。わかれよ!」

 克哉が半ギレで言う。なんでそんな喧嘩腰なんだよ。チワワがキバ剥いてるみたいだぞ? 俺ってそんなに血の気が多かったっけ?

「そんなら克哉も一緒に行けばいいだろう? おまえも約束があるのか?」

 ポンポンと克哉の頭も叩いてみたら、すごく嫌そうに振り払われた。こいつ可愛いなぁ、ハリネズミみたい。俺だけど。

「美咲、俺も祭りの初日、一緒に行く。早川に言っといて」

「えー、うん……亜紀に聞いてみる」

 美咲の煮え切らない態度に、克哉が傷ついた顔をする。

「ほら美咲も。嫌じゃないなら、そんな言い方するなよ。傷つきやすいんだよ男の子は」

 もう、間に挟まれた俺、大忙し。

「嫌じゃないよ。克ちゃんともお祭り行きたいもん」

 克哉が付き添うというのは、案外悪くない案だと思う。帰り道を変えさせるとか時間をズラすとか、必要になるかも知れない。

「イチさんも一緒に行く?」

「いや、俺はいいよ。行くなら最終日かな。花火見たいし」
 
 美咲が事故に遭ったのは、七夕祭りの初日だ。それさえ乗り越えれば、最終日あたりには割と呑気でいられる気がする。

「あっ! ねぇ、イチさん。いつまでにいられるの?」

 あー、ソレ聞いちゃう? 来た方法すらわからないのに、答えられるわけないって……!

 


     * * * *



 翌朝。開店を待って携帯ショップへ行き、予定通りプリペイド携帯を買った。すぐに克哉と姉貴にアドレスをメールで送る。牛丼屋で朝定食を食べていたら、姉貴からメールが来た。頼んでいた卒業アルバムの用意が出来たそうだ。びっくりするほど仕事が早いな!

 姉貴の会社の昼休みの時間に合わせて、ビジホ近くのファミレスで待ち合わせた。

 俺がファミレスに着くと、姉貴はすでに席に座って待っていてくれた。

「悪いな、仕事中に」

「昼休みだから大丈夫。えっと、こっちが卒業アルバム……一応文集も集めておいた。急いで返さなくても大丈夫だけど、大切な物だから失くさないでね」

「ああ、ありがとう。助かる」

「他にも、何か出来ることがあったら言って。車も出せるし、多少ならお金も渡せるわ」

 非常にありがたい申し出だが、俺たちはそんなに仲の良い姉弟ではなかったのにと思ってしまう。ここ何年かは、特に疎遠になってしまった。
 俺の戸惑いに気がついたのか、姉貴が少し照れ臭そうに笑った。

「もちろん克哉のためとか、美咲ちゃんのためもあるんだけど、私はあなた……イチさんも心配。イチさん、すごく年上だけど、確かに私の弟だなって思うの。遠慮しなくていいのよ。姉弟なんだから」

 俺も確かに、この人、俺の姉貴だなって思うよ。

「……ありがとう、姉ちゃん」

 久しぶりにそう呼んだら、やけに照れくさかった。俺より一回りも年下だしな。そしたら『泣くな! 大丈夫だ! 姉ちゃんに任しとけ!』とデコピンされた。


 泣いてねーっての。

 


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

処理中です...