空のお姉さん

はなまる

文字の大きさ
1 / 1

いつも空にその人はいる

しおりを挟む
 は、僕が物心ついた頃から空にいた。

 ちょうど昼間の月のように、白くぽっかりと空に浮かんでいる。少し寂しそうに見えるのも、昼の月に似ている気がする。

 小さい頃から僕はその人を『空のお姉さん』と呼んでいる。シルエットが夏物のワンピースを着ているように見えるし、肩までの髪は、風に吹かれてふわりと広がった形だった。

 僕には、高校生くらいのお姉さんに見えたんだ。

『雲でも、見間違っているんじゃない?』

 家族や友だちに言うと、大抵そう返された。

 ホラーが苦手な妹はこの話をすると、とても怒る。

『嫌だって言ってるのに! 私には全然見えないし、そんなの信じない!』

 別に、怖くないんだけどなぁ。

 僕にとって月や雲と同じで、いつも空にあって当たりなのが『空のお姉さん』だ。

 両親はほんの幼い頃は、笑って聞いてくれたけれど、小学校に上がる頃には心配するようになった。

 まずは眼科に連れて行かれた。

『飛蚊症』や『光視症』という、実際にはないものが見える病気があるらしい。

 瞳孔が開く目薬をさして検査をした。検査はすぐに終わったけれど、そのあとしばらく視界がぼやけて、なかなか元に戻らなかった。

 周りのものが、全てぼんやりと霞む視界の中で『空のお姉さん』だけはいつも通り、はっきりと見えていた。

 僕は『空のお姉さん』を、目で見ているのでは、ないのかも知れない。

 次に、カウンセラーの先生のところに連れて行かれた。

『妄想癖か、虚言癖があるのかも』

 まあ、そう思われても、仕方ないかなって思う。

『不安に思うことはない?』
『さみしいと感じることは?』
『誰かに虐められたり、嫌なことをされたりしたことはある?』
『ひとりが好き?』
『夜は眠れている?』

 太った眼鏡の女の人に、色々な質問をされた。僕は特に、不満を抱えて暮らしていたつもりはないけれど、正直に思った通りのことを伝えた。

 最後に『空のお姉さん』のことを詳しく聞かれた。

・お姉さんは髪も服も手足も、全て白一色だ
・昇りはじめた月と、同じくらいの大きさだ
・お姉さんは移動はしない
・お姉さんはいつも西の空に見える
・雨の日はいない
・夜もいなくなる
・いなくなる瞬間や出てきた瞬間は、見たことがない
・いつも同じポーズで、手も足も髪の毛も動かない
・どこから見ても、後ろ姿だ

 僕は思いついた順番で、思いつく限りのことを全部伝えた。

 カウンセラーの先生が、どういう結論を出したのか、僕は教えてもらえなかった。そのあと何度か先生のところに通って、いつの間にか行かなくなった。

 次は心療内科へ連れて行かれて、また色々質問され、そして最後には空手の道場に通わされた。

 今なら両親の思考の流れが、何となく分かるけれど、当時は『なんで空手道場?』と疑問に思った。

 そんな風にはじめた空手だったけれど、心療内科やカウンセリングより楽しかったし、友だちもできた。なんだかんだで、結局今も続けていたりする。

 そんな小学生時代を過ごし、僕は『空のお姉さん』ことを、誰かに話すことはなくなっていった。

 心配させるのは悪いなと思うし、次はお寺とか宗教関係の場所に連れて行かれる気がして、それはちょっと嫌だったから。

 中学生になって、部活や勉強が忙しくなったけれど、僕は相変わらず空を見上げていた。お姉さんは少しも変わらずに、そこにいる。

 昼間の月のように少し頼りない風情で、ぽっかりと浮かんでいる。それは僕を安心させた。



 それはある日の、良く晴れた午後のことだった。


 雨でもないのに、お姉さんが空からいなくなった。

 僕はぐるりと、360度回ってお姉さんを探した。こんなことは初めてだったので、自分でも驚くほど動揺してしまった。

 意味のわからない不安に、押しつぶされそうで、自転車のペダルを踏みこむ足が、ガクガクと震えて、冷や汗が背中を伝って落ちて、頭がガンガンと痛み出した。

 僕は逃げるように……空を見ないようにして自宅に駆け込んだ。実際、怖くて空を見上げることなんて、とてもじゃないけれど、出来なかった。

 自宅の鍵を震える手で開けて、後ろ手でドアを閉める。僕は、空から逃げることが出来たのだろうか?

 昼間だったけれど、部屋の明かりを全部点けて歩く。テレビも点ける。

 両親や妹に電話してみた。LINEも送る。Twitterを開き、仲の良いフォロワーを呼んでみる。僕は誰かと関わり合いになって、早く安心したかった。

 誰からも反応がないまま、自分の部屋のドアを開く。




 空のお姉さんは、そこにいた。


 部屋の隅に、置物のように佇んでいた。

 いつも通り後ろ姿で、おおよそ厚みの感じられない、真っ白な身体。僕は声にならない悲鳴を上げて、心の中で繰り返した。


 振り返らないで!!!!


 でもお姉さんは、ゆっくりと……本当にゆっくりと……振り向いてゆく。


 紙細工のようにのっぺらな顔に、スウッと切れ込みが入る。切れ込みはゆっくりと弧を描き、目と、口を形作ってゆく。

 
『ヒャッヒャッヒャッヒャッ!!!!』

 唐突に、何の前触れもなく、お姉さんの口から、狂ったような笑い声が漏れる。

 体温の感じられない……一切の抑揚のない、笑い声。

 僕は両手で耳を塞いで、その場にうずくまった。


 長く、長く続いた笑い声が、ようやく聞こえなくなって、あたりが静まり返る。

 目を開けるのも、顔を上げるのも、怖くて仕方なかった。でも、このままうずくまっているのも、怖くて堪らない。


 僕は目を開き、次に恐る恐る顔を上げた。


 目を開けたすぐ目の前に、お姉さんの顔があった。

「ヒッ!!」

 短く声を上げて、座ったまま後ずさった。


 お姉さんの、切れ込みのような口元が、ニイッと笑い顔を作る。


『おかえりなさい』


 お姉さんは、確かにそう言ったんだ。

しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

ピコっぴ
2019.10.12 ピコっぴ

きょうから同居?

まわりの者の反応もうんうんと読んでて、急にうぇえ!? となりました

2019.10.12 はなまる

 感想ありがとうございます!

 臨場感溢れる感想で、読中、読後の様子を想像して、ふふふっとなりました。

 作者が極度の怖がりなもので、ホラー映画や小説に、関わらないように生きてきました。

 なので、今回挑戦するにあたって、さっぱりわからなかったです。落ちや切り替わりなんかが、難しいですね。

 精進してまた挑戦しようかとも思いますが、書き上がってしばらくゾクゾクして泣きたくなったので、もう無理かもwww

 またどんどん新作書いてゆきますので、機会があれば覗いてみて下さいね!

解除

あなたにおすすめの小説

『お前を愛する事はない』なんて言ってないでしょうね?

あんど もあ
ファンタジー
政略結婚で妻を娶った息子に、母親は穏やかに、だが厳しく訊ねる。 「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

何故、わたくしだけが貴方の事を特別視していると思われるのですか?

ラララキヲ
ファンタジー
王家主催の夜会で婚約者以外の令嬢をエスコートした侯爵令息は、突然自分の婚約者である伯爵令嬢に婚約破棄を宣言した。 それを受けて婚約者の伯爵令嬢は自分の婚約者に聞き返す。 「返事……ですか?わたくしは何を言えばいいのでしょうか?」 侯爵令息の胸に抱かれる子爵令嬢も一緒になって婚約破棄を告げられた令嬢を責め立てる。しかし伯爵令嬢は首を傾げて問返す。 「何故わたくしが嫉妬すると思われるのですか?」 ※この世界の貴族は『完全なピラミッド型』だと思って下さい…… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。 〔2026/02・大幅加筆修正〕

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

予言姫は最後に微笑む

あんど もあ
ファンタジー
ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。 二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。

妹の初恋は私の婚約者

あんど もあ
ファンタジー
卒業パーティーで、第一王子から婚約破棄を宣言されたカミーユ。王子が選んだのは、カミーユの妹ジョフロアだった。だが、ジョフロアには王子との婚約が許されない秘密があった。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。