これが恋だというのなら、

池代智美

文字の大きさ
21 / 40
変化の兆し side

変化の兆し side:知与

しおりを挟む

 お兄ちゃんは秘密主義者だ。
 恋人が出来ても教えてくれないし、ほとんどが事後報告である。
 私はお兄ちゃんと付き合っている彼女さんと仲良くなりたかったけど、お兄ちゃんはかたくなに私が彼女さんと接触するのを拒否していた。
だから前の彼女さんで唯一知っているのは彼女さんの名前だけだ。
その彼女さんの千里さんが亡くなったのも、私はしばらく知らないでいた。
知ったのはヒロさんが家に遊びに来た時で、話の流れでこっそり教えてくれた。
 私はなんだか信用されていないみたいでモヤモヤしたけど、一番辛いのはお兄ちゃんだってわかっていたから何も言えなかった。
 お兄ちゃんがたまに塞ぎ込むようになって、見かねたお母さんがお兄ちゃんを実家暮らしに戻した。
お父さんは何も言っていなかったけど、心配していたと思う。
でも最近のお兄ちゃんは前に比べて楽しそうで、私は少し安心していた。


 
 大学の講義が終わって家に帰ると、玄関に知らない靴があった。
 玄関でお兄ちゃんにお客さんが来ているのか聞いても返事がない。
 嫌味っぽくいるなら返事をしろと言いながらリビングの扉を開けると、お兄ちゃんの隣に知らない女の人がいた。
 いつの間に彼女が出来たのと問いかけると、お兄ちゃんは否定してバイト仲間だと答える。
 女の人は控えめな様子で私の服を借りている事を謝った。

……ただのバイト仲間を、わざわざ家に呼ぶ?

 雨が降って濡れたからお兄ちゃんが私の服を貸したのだろうけど、そこまで親切にするのかと疑問に思った。
 数秒女の人の様子に見とれて、私は一つ咳払いをすると自己紹介をした。
 女の人は八重野文恵さんというそうで、礼儀正しく私に挨拶をした。
だけどお兄ちゃんは文恵さんの言葉を途中で遮ると、ゲームをするぞと文恵さんに言った。
 私もしたいと言うと、お兄ちゃんは文恵さんに許可を貰えと返事をする。
私はすぐに文恵さんに自分もゲームに参加していいか聞いた。
 文恵さんは呆気に取られていたけど、はいと了承してくれた。
 手を洗ってくると言って、私は急いで洗面所へ走った。
 だってこんな機会そうそうないのだ。
お兄ちゃんが女の人を家に連れてきて、ゲームをするなんて。
 バイト仲間とお兄ちゃんは言っていたけど、言葉通りの関係なら家に招いたりしないだろう。
 私はお兄ちゃんが連れてきた文恵さんがどんな人か知りたかった。

 手洗いを済ませてリビングに戻ると、テーブルに私の分のコーヒーが置いてあった。
 お兄ちゃんと文恵さんの間に座ると、文恵さんは何とも思ってないみたいだったけど、何故かお兄ちゃんが驚いていた。

「私がおすすめするゲームなんですけど、これオンラインとローカルで協力プレイと対戦プレイが可能なんですよ!」
「そうなんですね」
「それでえっと、私このキャラのレベル上げたくて……協力プレイで遊んでもいいですか?」
「? はい、勿論」

 お兄ちゃんは一瞬嫌そうな顔をしたけど無視した。
 いざゲームが始まると、お兄ちゃんはアイテム拾いに勤しんでいた。
 私が回復してと言っても忙しいからと取り合ってくれなくて、代わりに文恵さんが私を回復してくれた。神対応だった。
 文恵さんに御礼を言うと、お兄ちゃんはどうせまた瀕死になるから助けなくていいなんて失礼な発言をしたため、つい口悪く言い返してしまった。
 ゲームはそんなにしないと言っていたけど、文恵さんは結構上手だった。
 敵のボスが出てきたところで、着信音が鳴り響く。
 お兄ちゃんが電話に出ると、ゲームは一時中断となった。
 何か話さなければと、お兄ちゃんが女の人を家に連れてきてびっくりしたと言う。
 千里さんの事ずっと引きずっていた事を話すと、文恵さんは眉を下げて悲しそうな顔をした。
 
 私はお兄ちゃんが文恵さんと恋人でも恋人じゃなくても、正直どっちでも良かった。
 ただお兄ちゃんが元気になるなら、文恵さんに側にいてほしいと思ったのだ。
 お兄ちゃんをよろしくお願いしますと言うと、文恵さんはゆっくり頷いてくれた。

「私お兄ちゃんの事ずっと心配してたんですよ。千里さん亡くなってから元気ないし……でも最近は前みたいに軽口叩くようになって、安心しました」

 皆さんにもよろしく伝えてくださいと付け足すと、文恵さんは何故か私をいい妹だと褒めた。
 そんな事ないですよと返事をしても、優しいし可愛いと文恵さんはまた私を褒めた。
 私は嬉しくて、頬がゆるゆるになった。

「あ! 私大学生なんです! 今日は講義が終わったから早めに帰ってこれて」
「そうなんですね」
「で、今日の講義ドイツ語だったんですよ。結構面白くて……」

 大学の話をしていると、タイミング悪くお兄ちゃんがリビングに戻ってきた。
 誰からの電話か聞くと、予想通りヒロさんだった。
 ヒロさんもまあ過保護だけど、内容を話そうとしないお兄ちゃんも意地っ張りだ。
 お兄ちゃんは私が笑ったのが気に入らなかったのか、すぐにゲームを再開した。  
 こっちはコントローラーすら握っていなかったから攻撃の避けようがなかった。
 無惨に飛んでいく推しキャラに悲鳴を上げると、お兄ちゃんは笑っていた。
 こんな奴お兄ちゃんじゃなくて鬼いちゃんだ。
 むかついたけど、色々やっていく内に楽しくなって、普段やらないクエストをたくさんこなした。

 あっという間に時間は過ぎて、気付けば夕方になっていた。
 文恵さんは脱衣所へ着替えに行くと、私の服を持ってきた。

「あの、知与さんの服家で洗って返しますね。ありがとうございました」
「えっ! そんなの家で洗うからいいですよ! それよりまた遊びに来てほしいです!」

 文恵さんの持っている服を取って、さっき書いた連絡先の紙を渡す。
 文恵さんは戸惑っていたけど、ちゃんと受け取ってくれた。
 雨はもう止んでいて、私は玄関先まで文恵さんを見送った。
 また来てくださいと念を押して言うと、文恵さんは丁寧に御礼を言って頭を下げた。
 お兄ちゃんはしれっと文恵さんを駅まで送ると言って出ていく。
 手を振ると文恵さんが手を振り返してくれて、すぐにお兄ちゃんを追いかけていった。
 
——帰ってきたら、絶対問い詰めてやる。

 私はリビングに戻ると、お兄ちゃんの帰りと文恵さんの連絡を待った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...