Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美

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最下層

最下層9

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 僕はルイスさんと連絡先を交換した後、ついでだからとマリアンネさんの連絡先を教えて貰った。
 マリアンネさんとルイスさんは遅い時間にならない内に隣のアパートへ帰っていった。

 僕はお風呂に入ると歯磨きを済ませて、就寝の時間までリビングのソファで寛ぐ事にした。
 トークアプリを開いて、今日の御礼のメッセージをルイスさんとマリアンネさんに送る。
するとすぐに二人から返信が来て、僕はメッセージを確認した。
 マリアンネさんは丁寧な長文で、ルイスさんは一言だけのシンプルなものだった。
想像通りの文章だったから、僕はちょっと笑ってしまった。

 付けっぱなしのテレビは今話題のアーティストを特集している。
 地上では見た事のない人達ばかりで、なかには奇抜な髪型やファッションの人もいた。
それでもその人達にはたくさんのファンがいて、応援されていた。

——地下ではこれが“普通”らしい。

 人と違う所があっても、それを個性と認める世界だ。
 平凡である“普通”が正しい地上よりも、非凡である“普通”が正しい地下の方が、なんだか僕にはとても輝いて見えた。

 地上には才人の作った物であふれていた。娯楽用品もそうだった。
地上にある便利な機械だって、才人の手によって作られた物だ。
それなのに、僕の好きな本やゲームには最初と最後に必ず注意書きがあった。
 決して才人に憧れないように、そして才人の言動や行動を真似ないように——、と。
 今思い返してみると変だった。だってそれはまるで、才人の作った物全てに悪影響があるみたいだ。
それでも凡人の僕は地上にいた頃、その注意書きに何の疑問も抱かなかった。そういうものだという認識で、作品に触れてきたのだ。

 テレビの中の人が過去を語る。
彼は孤児院育ちで、引き取られた先が優しいおばあちゃんだったらしい。
血は繋がっていなくても大切な家族だと彼は誇らしげに言葉を紡いだ。
 映像が変わって音楽が流れる。
力強いパンク・ロックの曲だった。
 ちょうどサビを聴き終えた所で、リビングのドアが開いた。

「何か面白い番組あった?」
「あ、いえ……付けてあったのそのまま見てました」
「そっか」

 シェルアさんはついさっきお風呂から上がったようで、首にかけたタオルで髪を拭いていた。
ふわふわの髪は濡れて少しまっすぐになっている。

「今日はどうだった? やっぱり緊張した?」
「最初は緊張しましたけど……でも、ルイスさんもマリアンネさんも優しかったので……あ! あと大福とよもぎちゃんも」
「それなら良かった。サンがいい子だから皆会えて喜んでたよ」
「い、いい子だなんて……! 僕は普通ですよ」
「動物に好かれる人は純粋で優しいからっていう説があるけど?」
「それでも僕は普通ですって。大福は僕の匂いが珍しかっただけかもしれませんし……」

 動物に好かれるのは嬉しいけど、あの時大福が僕に近付いたのは多分物珍しさからくる好奇心もあったはずだ。
だからシェルアさんの言うような“純粋で優しい人”は、僕には当てはまらないと思った。
 シェルアさんが僕の隣に腰を下ろす。
 ハーブのような優しい香りが僕の鼻先をくすぐった。

「うーん……仮にサンの匂いが珍しかったからだとしても、大福はちゃんと君に懐いてたよ」
「そうですか?……でも、だとしたらすごく嬉しいです」
「よもぎも懐きはしなくても、サンの事認めてたからね」

 シェルアさんの言葉は僕の心の底にある不安を汲み取ったようだった。
 僕はなんだか全て見透かされているみたいで、恥ずかしいようなむず痒いような、よくわからない感覚になった。
 黙っていると、シェルアさんが口を開いた。

「不安な気持ちは無理に消さなくていいよ。誰だって知らない土地に放り出されたらそうなる」
「……どうしてそこまで僕に優しくしてくれるんですか?」

 “凡人”の僕に優しくするメリットはない。
 この最下層で生きていくには僕はちっぽけな存在で、それこそ誰かの手を借りないと生きていけない脆弱ぜいじゃくさである。
それでもそんな僕に優しくしてくれるのは、きっとシェルアさんが優しい人だからだろう。
でも僕はどうしてもシェルアさんの本音が知りたかった。

「私がそうしたいから、かな」
「シェルアさんが?」
「そう。でも結局私の自己満足なんだよ。だから本当に気にしなくていいんだ」
「自己満足……僕のためじゃなくて?」
 
 シェルアさんが小さく頷く。
 僕は静かにシェルアさんの次の言葉を待った。
 
「全部、私のためだよ。あの日の私は君を放っておけなくて、自分の家に連れて帰った」
「でもそれって、僕のためになるんじゃ……? だって僕、実際助かってますし」
「それは今の君の感情。あの時の君は気を失っていた。意識のない少年を連れ帰った私は見ようによっては誘拐犯だ。そう思わない?」
「ええっ!? ゆ、誘拐ってそんな大袈裟な……」
「結果としては良かったかもしれないけど、私がやった事はただのエゴだよ。利己主義だ」

 シェルアさんは自分のためにやった事だから自分は優しくはないと言いたいみたいだった。
だけど僕はシェルアさんが何故そう言うのかわからなかった。
たとえ僕のためじゃなかったとしても、あの時の僕が救われたのは事実なのだ。

「……そうだとしても、シェルアさんは優しい人です」
「……ありがとう。励ますつもりが、逆に励まされちゃった」
「僕は本当の事言っただけですよ」

……ちゃんと伝えられたかな。

 そんな事を考えていると、シェルアさんに頭を撫でられた。

「ふふ。今日はよく眠れそう?」
「あ、はい。それはもう」
「眠れなかったら私の部屋においで。読み聞かせでもしてあげる」
「え゛っ」

 僕はシェルアさんの発言に目を剥いた。
仮に僕が眠れなかったとしても、シェルアさんの寝室に男の僕が入るのは駄目だろう。

「遠慮します!」
「はっきり言うなあ」
「はい! おやすみなさい!」
「おやすみ」

 僕は逃げるように二階に上がった。
 シェルアさんには失礼だったかもしれないけど、あの場にいたら上手く言いくるめられそうで無理だった。
 僕は自分の部屋に行くと、枕元の照明を点けた。
このまま寝ても良かったけど、もう少しだけ起きていたくてスマホの画面に指を滑らせる。
 僕はマップを開くと、今日行った店の場所を調べた。
どれもシェルアさんの家からそう遠くない場所にある。
 今日行った店の名前を覚えている限り検索すると、レビューに星が並んでいて、どの店も評判が良い事がわかった。
僕が食べたスフレチーズケーキはなかなか人気らしく、色んな人が美味しいとコメントしている。
 カフェは一週間毎にメニューが変わるらしい。
 僕は次に、自分の現在地を調べた。
 地域の名前はなく、アルファベットと数字の羅列のみが表示されている。
 僕は不思議に思って、近くの家や店を調べた。
 結果はさっきと全く同じで、意味を持たないアルファベットと数字の羅列だった。

—— XX区。

 それがこの場所の名前らしい。
 川の名前も山の名前も海の名前も、アルファベットと数字しかなくて、なんだか機械的だ。
名前の由来について調べてみても誰かの考察ばかりで、本当の事はわからなかった。
地上ならちゃんとした名前があるけど、地下はこういう表記らしい。

 気付けば日付が変わりそうな時間になっていた。
 僕はスマホの電源を落とすと、目覚まし時計のアラームをセットして、布団をかぶった。
 明日はシェルアさんが言っていた例のお医者さんに診て貰う予定だ。

——記憶喪失ってフィクションだと何かのきっかけで記憶を思い出したりするけど、僕もそんな感じで思い出すのかな。

 眠気が少しずつ襲ってくる。
 不安はあったけど、この状況に悲観はそれほどしていなくて、案外僕は楽観的な人間なのかもしれないと笑った。
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