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EMANON
EMANON3
しおりを挟む帰り道を歩いていると、白くて大きな犬が大福に駆け寄ってきた。
犬種はグレート・ピレニーズだろうか。昔図鑑で見たような覚えがある。
白い犬は嬉しそうに尻尾を振りながら大福に挨拶すると、僕達を一瞥した。
飼い主らしき人は近くにいなくて、犬の首にはしっかりとリードが付いている。
……何処かから脱走してきたのかな?
「あー! いたー!!」
「いたー!」
子供が二人こっちに走ってきた。
二人は白い犬に抱きつくと、わしゃわしゃとその豊かな毛を逆立てながら撫で回した。ついでに大福も撫で回している。
白い犬も大福も嫌がる様子はなく、されるがままになっていた。
子供はひとしきり犬を撫でると、今度はハッとして僕達の方を向いた。
「こんちは!」
「ちはー!」
「おー。こんにちは」
「こ、こんにちは」
手を挙げて挨拶する子供達に僕も挨拶を返すと、二人はニコーッと笑った。
この子達は人見知りしない子供らしい。
ブラッドさんが屈んで白い犬を撫でると、子供達も犬を撫でるのを再開した。
「お前らまた逃げられたのか」
「にげられてないもん! ちょっとよそみしたらはしっていっちゃっただけだもん!」
「そーだよ! にげらてないもん!」
「へーへー。んじゃ次は気ぃつけて行けよ」
ブラッドさんは白い犬のリードを一人の子に手渡すと、立ち上がってヒラヒラ手を振った。
「うん!」
「ばいばーい!」
「転ばないようになー」
「しってるー!」
二人はルイスさんに返事をすると、僕達に手を振って白い犬と一緒に走っていった。
……リード、引っ張られてたけど大丈夫かな。
僕は早くも子供達が心配になった。
「EMANONの近所の子。サンも見かけたら声かけてあげて」
「あ、はい」
「あそこの家、じいさんばあさんしか住んでねーからアイツらが散歩してんだよ」
「そうなんですか……」
「おー。だから余計な詮索すんなよ」
ブラッドさんはそう言うと、革のアタッシュケースを左手に持ち替えた。
「詮索?」
「……親の事だよ。アイツらには聞くなって言ってんだ」
ブラッドさんの不機嫌そうな顔で、僕は色々と察しがついた。
おじいちゃんおばあちゃんがいても、あの子達の両親はいないのだろう。
今ブラッドさんに言われなかったら、次あの子達に会った時、僕は何気なく両親について聞いて二人を傷付けていたかもしれない。
そう思うと僕はゾッとした。無知は罪だ。
「……あの、ありがとうございます」
「は?」
「ブラッドさんが事前に言ってくれたおかげで、不用意にあの子達を傷付けずに済んだので」
「……」
御礼を言うと、何故かブラッドさんは黙り込んでしまった。
「……あの、僕何か変な事言いました?」
「いや?」
僕の問いにルイスさんが答えたけど、ブラッドさんは黙ったまま難しい顔をしている。
不安になってルイスさんの方を見ると、ルイスさんは苦笑を浮かべてブラッドさんを横目に見た。
「あー……サンの天然さに驚いたのかも」
「えっなんですかそれ」
「最下層だと我の強い奴の方が多いから、サンみたいなタイプの人間あんまいねーんだよ」
「はあ……」
「この人悪ぶってるけど根はまあまあいい人だから」
「うるっせェボケ好き勝手言うんじゃねェ」
ブラッドさんは食い気味に言うと、ルイスさんを睨んだ後、僕を睨み付けた。
「つーかお前に礼を言われる筋合いはねェよ。俺は俺のために動いてんだ。さっきのはお前のためじゃねェ」
「はいはい。気にしなくていいからな、サン」
「えっあっはい……?」
「ぅおい! 先輩を敬え!!」
「敬ってますって。早く帰りましょうセンパイ。シェルアさん待ってますよ」
ルイスさんの言葉にブラッドさんは舌打ちを一つすると、先に歩いて行ってしまった。
……僕、やっぱり何か変な事言って怒らせちゃったかなぁ。
“凡人”の僕にとっては“普通”でも、此処の人には“普通”じゃない事が多い。
もう少し僕の頭が良かったらそういうのもわかったかもしれない。
遠くなるブラッドさんの背中を見ていると、大福がブラッドさんの膝裏に突進していった。
ブラッドさんは突進の衝撃で大福に膝かっくんをされた形になって転けそうになったけど、体勢を持ち直して飛び付くなと大福に怒っていた。
「どうした? 俺達も行くぞ」
「わっはい、すみません」
「別に謝らなくていいけど……あ、さっきの気にしてんのか? あの人いっつもあんなだからマジで気にしなくていいぞ。なんだっけ? ツンデレ? とかいう奴らしいから」
「ツンデレ?」
「そう」
「ツンデレ……」
「本人に言ったら怒るから言わないようにな」
「はい」
僕はルイスさんの口から発せられた"ツンデレ"がちょっと衝撃的で、話が頭に入ってこなかった。
ルイスさんの見た目がクール系だから、俗語は言わないと勝手に思っていたのだ。
少し歩くと、割とすぐEMANONの事務所に到着した。
シェルアさん達はもう帰ってきているみたいで、シェルアさん達が帰ってくるまでにお使いを済ませたかったらしいブラッドさんが地味にショックを受けていた。
ブラッドさんがノックをしてドアを開けると、大福は真っ先にシェルアさんの方へと走っていった。
「皆おかえり」
「ただいま帰りました」
「戻りましたー」
「サンもおかえり」
「ぁ、ただいまです」
シェルアさんは穏やかに微笑んで僕が持っていた荷物を手に取ると、手洗いを僕に促した。
ルイスさん達を追いかけて洗面所に向かって、手を洗って応接室に戻る。
戻ってくるとテーブルに飲み物とパンが綺麗に並べられていた。
「帰ってくるの早かったですね?」
「そんなたいした内容じゃなかったからね。切り上げて帰ってきたよ」
ルイスさんの問いに、ロジェさんが新聞を広げながら答える。
ルイスさんはソファに座ると、僕に手招きした。
「ん」
「あ、ありがとうございます」
隣に座るとルイスさんがパンの包み紙を開けて、空いた手で指を差した。
「食わねぇと大福に奪われるぞ」
ルイスさんが指した先には、ドックフードをガツガツ食べる大福がいた。
よもぎちゃんは大福と違って静かにゆっくり食べている。
食べ方に二匹の性格の違いが出ていて、ちょっと面白かった。
僕は目の前に置かれているパンを一つ手に取ると、包み紙を少し剥がした。
ホットドッグだ。僕の記憶の中にある物とは具材が違うような気がするけど、食べてみればわかるだろう。
僕は大きく口を開けると、ホットドッグを一口かじった。
牛肉が入ったチリソースとみじん切りの玉ねぎに、チェダーチーズが上手く混ざっている。
辛いけど美味しい。でも僕が食べた事のあるホットドッグの味ではなかった。
食べ進めていると、早くも自分の分を食べ終わった大福が僕の足元にやって来た。
尻尾を振って上目遣いで見てくる姿はかなり可愛いけど、ダイエット中の大福に人間の食べ物をあげる訳にはいかない。
僕は心を鬼にしてホットドッグを咀嚼した。
「……」
「……」
「サンくんなら貰えると思って来てるんでしょうねぇ」
「そうですねー。私達の方には来ませんし」
「こら大福。サンが食いづらいだろ」
ルイスさんが大福に注意すると、大福は僕の正面から少し右に移動した。
「違う、そうじゃない」
「絶対わかってやってんだろコイツ」
「んっふふ」
「ふふふ」
大福は笑うエッシさんとマリアンネさんに近付くと、首を傾げた。
二人が笑っている理由がよくわからないらしい。
大福はマリアンネさん、エッシさんの順で匂いを嗅いでいくと、何故かブラッドさんの所で立ち止まった。
「おい」
「?」
「俺の足に前足を置くな」
「ワン」
「いやワンじゃねーよ」
コントのようなやり取りを始めた大福とブラッドさんに、僕は笑いそうになりながらもホットドッグを食べ進めた。
目の前では絶対に前足を置きたい大福と、絶対に前足を置かせないブラッドさんの闘いが繰り広げられている。どちらも譲る気はないようだ。
「そういえば犬って順位付けするんだっけ?」
「あーそれ実際違うらしいですよ。人間の接し方次第で犬の性格や行動が変わるって話です」
「へ~、そうなんだ。てっきり同等かその下に見られてるのかと」
「失礼な事堂々と言うなアホ女」
「あんたもねクズ男」
何気ない会話からどういう訳かエッシさんとブラッドさんの間で闘いのゴングが鳴った。
さっきまでブラッドさんと闘っていたはずの大福は、もう興味を失くしたみたいでエッシさんの側で欠伸をしている。
「はいはい、その辺にしましょうね」
マリアンネさんが優しい声で仲裁すると、エッシさんとブラッドさんは顔を歪めた後、何事もなかったかのように食事を再開した。
大福がぴょんとジャンプしてソファに飛び乗る。
大福は伏せの体勢になると、エッシさんの膝に顎を乗せてじっとエッシさんを見つめた。
「なーに大福。怒ってないよ」
「ワウ?」
「そうそう。怖かった?」
「むしろ怖い時しかねーだろ」
「ブラッド」
シェルアさんの咎めるような声に、ブラッドさんがピシリと固まる。
開いたままの口が言葉を発さずにモニョモニョと動いた。
「……スンマセン」
「ほどほどにね。二人が仲いいのは知ってるけど」
「「良くないです」」
ブラッドさんとエッシさんが綺麗に口を揃えて言うと、シェルアさんは控えめに笑った。
僕もシェルアさんと同じで二人は仲がいいと思ったけど、それを言うと同じ言葉を二人に返される未来が予想出来たため、思うだけで留めておいた。
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