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44 定期報告会
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俺はセレナを伴って、団員たちから離れて木造の武具庫の影へと移動した。ここなら、誰にも話を聞かれる心配はないだろうし、影になっていて俺達のことは見えにくい。
2人きりになった瞬間、張り詰めていた空気がふっと和らぐのを感じた。
「……すまない、セレナ。無理やり呼び出すような形になってしまって」
「ううん、大丈夫よ、カイル」
彼女が『カイル』と俺の名前を呼ぶ。ただそれだけのことなのに、心が温かさで満たされていく……。
「そう言ってもらえると助かるよ。しかし……すごい人気だったな。皆、すっかり君に夢中だ。俺もなんだか誇らしい気分になったよ」
「ふふ、そうね。……でも、カイルが褒めてくれるのが、一番嬉しい」
彼女の素直な言葉に、どうしようもなく頬が緩む。
どんなにがんばっても、頬が緩んでしまうのを止められない。
いかん、話題を変えないと……。
こんな緩みきった情けない顔を見せてはまずい。セレナに幻滅されてしまうかもしれない。
「その……君がここにいるだけで、この殺風景な訓練場も、なんだか華やいで見えるよ。……本当に、会いに来てくれて、とても嬉しい」
「私も……あなたに、カイルに会いたかったから」
「ありがとう、セレナ。俺も……君に会いたかった」
恥ずかしそうに俯いて視線を逸らす彼女の横顔が、陽に照らされて綺麗だった。
公の場では、こうしてゆっくり話すことすら難しい。俺たちの恋は、まだ始まったばかりだが、大きな障害が待ち受けているのだ。
それでも、彼女は俺を選んでくれた。
俺の想いを受け止めてくれた。
その事実が、何物にも代えがたい力になっている。
俺は彼女の細い指先に、そっと自分の指を触れさせた。彼女は驚いたように肩を揺らしたが、すぐに、小さな手で俺の指を握り返してくれる。
「……カイル」
「セレナ……」
見つめ合うだけで、言葉はいらなかった。
今の俺達ができることはこの程度しかない。
こっそりと手を握り、見つめ合うくらいしか……。
早く、何の障害もなく、この手を取ってセレナをエスコートできる日が待ち遠しい。 そして、誰に憚ることなく、君に「愛している」と伝えられる日が来るように。
俺は心の中で、強く、強く思った。
◆
あれから2ヶ月ほどが過ぎた。
カイルとの関係は人目を忍びながらも、穏やかに、ゆっくりとだけど確実に深まっていった。
彼への愛おしさは会うたびに高まっている。
カイルのことを想うだけで……私の世界は幸せで満たされて鮮やかに色めき、小鳥のさえずりですら美しい音楽のような安らぎをもたらす。
私はこの幸せを守るため『婚約破棄計画』を着実に進めていかないといけない。
というわけで、そろそろリュシオンとミレイナの仲も……少しは進展している頃じゃないかしら?
今日はその進捗を確認しようと思うの。
実は、ミレイナをヴァルムレーテ公爵家へ招待したのよね。お茶会という名目の定期報告会よ。
「お姉様、本日もお招きいただき、ありがとうございます」
ミレイナは、明るい声と心からの笑顔で私に挨拶してくる。
うん……いい傾向だわ。
久しぶりに会う彼女は、以前のような陰鬱な雰囲気はすっかり消えていた。肌艶も良く、柔らかな微笑みが似合う乙女になっていた。
私が彼女を救ったことで、彼女に自信と平穏を与えたことは一目瞭然。疑いようのない真実だった。
「全部、全部、お姉様のおかげです。なんとお礼を申し上げたらいいのかわかりません……」
「お礼なんていいのよ。困っている妹を助けるのは姉の役目なんだから」
ミレイナによると、クレフィーヌ子爵領はすべての元凶である継母たちがいなくなったことでクレフィーヌ子爵も正気を取り戻し、領内の状況が改善してきているという。結局はミレイナの父親も被害者だったのかしらね。今ではミレイナとの関係も以前のように良好なものになっているというし。
彼女からクレフィーヌ家の近況報告を聞いた後、私たちは他愛もない世間話をしばらく楽しんだ。
庭に咲く花のこと。
流行のお菓子のこと。
お気に入りの刺繍の柄のこと。
年頃の女子が喜ぶ話題で盛り上った、頃合いを見計らってから本題を切り出した。
「そういえば、ミレイナ。この間の夜会で、リュシオン殿下にお会いしたわよね。あれからどう。何か変わったことはなかったかしら? 例えば……王太子殿下から、何かご連絡があったりとか……?」
私の言葉に、ミレイナは少しだけ表情を曇らせた。
――この反応。何かあったと見ていいわね。
「ええ……その、殿下から何度かお茶会のお誘いを頂いたり。お手紙を頂戴したりは……しております」
ミレイナの言葉は歯切れの悪いものだったが、重要なのはその内容。
リュシオンは餌に食いついていたのよ。
私は心の中で両手を高く掲げた。
やった、順調だわっ!
リュシオンも、なかなかに積極的で最高。
やっぱり、ミレイナのことがタイプなのね。
私は、さも自分のことのように嬉しそうな表情を作ってみせる。
「まあ、素敵じゃない! リュシオン王太子殿下が、ミレイナのことをとても気に入られたのね。紹介したかいがあったわ。それで? 殿下とはお会いになったの?」
ここからが聞きたいところなの。
2人の仲はどこまで進んだのかしら?
しかし、ミレイナから返ってきたのは、全く予想もしない言葉だった。
2人きりになった瞬間、張り詰めていた空気がふっと和らぐのを感じた。
「……すまない、セレナ。無理やり呼び出すような形になってしまって」
「ううん、大丈夫よ、カイル」
彼女が『カイル』と俺の名前を呼ぶ。ただそれだけのことなのに、心が温かさで満たされていく……。
「そう言ってもらえると助かるよ。しかし……すごい人気だったな。皆、すっかり君に夢中だ。俺もなんだか誇らしい気分になったよ」
「ふふ、そうね。……でも、カイルが褒めてくれるのが、一番嬉しい」
彼女の素直な言葉に、どうしようもなく頬が緩む。
どんなにがんばっても、頬が緩んでしまうのを止められない。
いかん、話題を変えないと……。
こんな緩みきった情けない顔を見せてはまずい。セレナに幻滅されてしまうかもしれない。
「その……君がここにいるだけで、この殺風景な訓練場も、なんだか華やいで見えるよ。……本当に、会いに来てくれて、とても嬉しい」
「私も……あなたに、カイルに会いたかったから」
「ありがとう、セレナ。俺も……君に会いたかった」
恥ずかしそうに俯いて視線を逸らす彼女の横顔が、陽に照らされて綺麗だった。
公の場では、こうしてゆっくり話すことすら難しい。俺たちの恋は、まだ始まったばかりだが、大きな障害が待ち受けているのだ。
それでも、彼女は俺を選んでくれた。
俺の想いを受け止めてくれた。
その事実が、何物にも代えがたい力になっている。
俺は彼女の細い指先に、そっと自分の指を触れさせた。彼女は驚いたように肩を揺らしたが、すぐに、小さな手で俺の指を握り返してくれる。
「……カイル」
「セレナ……」
見つめ合うだけで、言葉はいらなかった。
今の俺達ができることはこの程度しかない。
こっそりと手を握り、見つめ合うくらいしか……。
早く、何の障害もなく、この手を取ってセレナをエスコートできる日が待ち遠しい。 そして、誰に憚ることなく、君に「愛している」と伝えられる日が来るように。
俺は心の中で、強く、強く思った。
◆
あれから2ヶ月ほどが過ぎた。
カイルとの関係は人目を忍びながらも、穏やかに、ゆっくりとだけど確実に深まっていった。
彼への愛おしさは会うたびに高まっている。
カイルのことを想うだけで……私の世界は幸せで満たされて鮮やかに色めき、小鳥のさえずりですら美しい音楽のような安らぎをもたらす。
私はこの幸せを守るため『婚約破棄計画』を着実に進めていかないといけない。
というわけで、そろそろリュシオンとミレイナの仲も……少しは進展している頃じゃないかしら?
今日はその進捗を確認しようと思うの。
実は、ミレイナをヴァルムレーテ公爵家へ招待したのよね。お茶会という名目の定期報告会よ。
「お姉様、本日もお招きいただき、ありがとうございます」
ミレイナは、明るい声と心からの笑顔で私に挨拶してくる。
うん……いい傾向だわ。
久しぶりに会う彼女は、以前のような陰鬱な雰囲気はすっかり消えていた。肌艶も良く、柔らかな微笑みが似合う乙女になっていた。
私が彼女を救ったことで、彼女に自信と平穏を与えたことは一目瞭然。疑いようのない真実だった。
「全部、全部、お姉様のおかげです。なんとお礼を申し上げたらいいのかわかりません……」
「お礼なんていいのよ。困っている妹を助けるのは姉の役目なんだから」
ミレイナによると、クレフィーヌ子爵領はすべての元凶である継母たちがいなくなったことでクレフィーヌ子爵も正気を取り戻し、領内の状況が改善してきているという。結局はミレイナの父親も被害者だったのかしらね。今ではミレイナとの関係も以前のように良好なものになっているというし。
彼女からクレフィーヌ家の近況報告を聞いた後、私たちは他愛もない世間話をしばらく楽しんだ。
庭に咲く花のこと。
流行のお菓子のこと。
お気に入りの刺繍の柄のこと。
年頃の女子が喜ぶ話題で盛り上った、頃合いを見計らってから本題を切り出した。
「そういえば、ミレイナ。この間の夜会で、リュシオン殿下にお会いしたわよね。あれからどう。何か変わったことはなかったかしら? 例えば……王太子殿下から、何かご連絡があったりとか……?」
私の言葉に、ミレイナは少しだけ表情を曇らせた。
――この反応。何かあったと見ていいわね。
「ええ……その、殿下から何度かお茶会のお誘いを頂いたり。お手紙を頂戴したりは……しております」
ミレイナの言葉は歯切れの悪いものだったが、重要なのはその内容。
リュシオンは餌に食いついていたのよ。
私は心の中で両手を高く掲げた。
やった、順調だわっ!
リュシオンも、なかなかに積極的で最高。
やっぱり、ミレイナのことがタイプなのね。
私は、さも自分のことのように嬉しそうな表情を作ってみせる。
「まあ、素敵じゃない! リュシオン王太子殿下が、ミレイナのことをとても気に入られたのね。紹介したかいがあったわ。それで? 殿下とはお会いになったの?」
ここからが聞きたいところなの。
2人の仲はどこまで進んだのかしら?
しかし、ミレイナから返ってきたのは、全く予想もしない言葉だった。
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