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第6話 泥沼トライアングル
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あの夜……。
ルカ君と一線を越えてしまってから、私の日常は静かだけど、確実に崩壊を始めていた。
ルカ君は、以前にも増して私に尽くしてくれるようになった。彼の態度は、まるで恋人に対するそれだった。朝は私の机にそっとキレイな花を飾り、昼休みには手作りだという少し不格好なサンドイッチを差し出してくる。そのひとつひとつが、彼の純粋な愛情からくるものであることは痛いほど分かっていた。だからこそ、私の胸は罪悪感で張り裂けそうになっていた。
「ミリアさん、今度の休み、街に行きませんか? 新しいカフェができたんらしいんですよ」
「……ごめんなさい。その日は、家の用事が」
私は彼の誘いを断るための嘘を、幾通りも用意しなければならなかった。その嘘を重ねるたびに、心が少しずつすり減って死んでいくのを感じる。
一方で、アレクシス課長との関係も続いていた。
あの夜、彼の部屋を飛び出して以来。私たちは少しだけ距離を置いていた。けれど、数日後、彼から「話がしたい」と 短い手紙が届いたのだ。
いつものバーで待っていると、彼は少しやつれた顔で現れた。
「ミリア……その、悪かった」
彼は、私の目を見て、はっきりと謝罪した。
「君を傷つけるつもりはなかった。あの小鳥は……昔、妹にやると約束していたものなんだ。もう……病気で亡くなってしまったがね」
彼の口から語られた事実に、私は言葉を失った。彼の家庭が円満で……私はそれを壊す邪魔者だと思い悩み、そして嫉妬して逃げ出し、彼を傷つけてしまった。自分の浅はかさが恥ずかしくて、顔を上げることができなかった。
「実を言うと……君が、あの新入りと親しくしているのが、気に入らなかった。……みっともない嫉妬だろう?」
自嘲するように笑う彼の横顔は、ひどく寂しそうに見えた。その表情を見て、私は悟ってしまった。
(そうか……この人も、私と同じなんだ)
彼もまた、満たされない何かを抱え、私との関係でそれを埋めようとしている。私達は、傷を舐め合う共犯者なのだ。
そう理解した瞬間、彼への愛しさが、どうしようもなく込み上げてきた。
その夜、私達は以前よりも深く、激しく求め合った。まるで、互いの存在を確かめ合うかのように。
こうして、私の泥沼の二重生活は、より一層その深みを増していった。
昼は、ルカ君の太陽のような笑顔に応えながら、その裏で巧妙に嘘をつき続ける。夜は、アレクシス課長の腕の中で、背徳的な快楽に溺れる。
職場では、私の周りの空気が微妙に変化していることに気づいていた。アンナは、何か言いたげな顔で私を遠巻きに見て、他の同僚たちも、私とルカ君、そしてアレクシス課長の関係を、興味本位の噂話として楽しんでいるようだった。
「ミリアのやつ、課長とルカ君、両天秤にかけてるらしいぜ」
「見かけによらず、したたかな女だよな」
そんな囁き声が、どこからともなく聞こえてくる。そのたびに、私は心を無にして、聞こえないふりをし続けた。
それでも私の精神は、限界に近づいていた。
夜中に悪夢を見て飛び起きることが増え、食事も喉を通らなくなっていく。鏡に映る自分の顔は、青白く、目の下には濃い隈が刻まれていた。
(もう……この関係をやめよう)
何度もそう思った。けれど、どちらの関係も、私には断ち切ることができなかった。アレクシス課長を失うことは、私の拗らせた自尊心が許さない。ルカ君を失うことは、私がずっと求めていた温かい光を失うようで、怖かった。
そんなある日、事件は起きた。
私がアレクシス課長と二人でいるところを、ルカ君が目撃してしまったのだ。
それは、仕事帰りのことだった。アレクシス課長が「少しだけ、話がしたい」と、私を人気のない書庫へと連れ出した。彼が私の肩に手を置き、顔を近づけた、その瞬間。
「……何してるんですか」
背後から聞こえたのは、凍えるように冷たいルカ君の声だった。
振り返ると、彼は見たこともないような、絶望と怒りに満ちた表情で、私たちを睨みつけていた。その手は、固く、固く握りしめられていた。
血の気が、さっと引いていく。
最悪の形で、全てが露見してしまった。
アレクシス課長は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻し、私からそっと体を離した。
「別に? 仕事の話をしていただけだ」
彼のその一言が、ルカ君の心の最後の糸を、ぷつりと断ち切った。
「嘘をつくな!!」
ルカ君の叫び声が、静かな書庫に響き渡った。
私の歪んだ恋愛ゲームは、ついに破綻を迎えようとしていた。3人の視線が絡み合い、逃げ場のない泥沼のトライアングルが、その醜い全貌を現したのだ。
ルカ君と一線を越えてしまってから、私の日常は静かだけど、確実に崩壊を始めていた。
ルカ君は、以前にも増して私に尽くしてくれるようになった。彼の態度は、まるで恋人に対するそれだった。朝は私の机にそっとキレイな花を飾り、昼休みには手作りだという少し不格好なサンドイッチを差し出してくる。そのひとつひとつが、彼の純粋な愛情からくるものであることは痛いほど分かっていた。だからこそ、私の胸は罪悪感で張り裂けそうになっていた。
「ミリアさん、今度の休み、街に行きませんか? 新しいカフェができたんらしいんですよ」
「……ごめんなさい。その日は、家の用事が」
私は彼の誘いを断るための嘘を、幾通りも用意しなければならなかった。その嘘を重ねるたびに、心が少しずつすり減って死んでいくのを感じる。
一方で、アレクシス課長との関係も続いていた。
あの夜、彼の部屋を飛び出して以来。私たちは少しだけ距離を置いていた。けれど、数日後、彼から「話がしたい」と 短い手紙が届いたのだ。
いつものバーで待っていると、彼は少しやつれた顔で現れた。
「ミリア……その、悪かった」
彼は、私の目を見て、はっきりと謝罪した。
「君を傷つけるつもりはなかった。あの小鳥は……昔、妹にやると約束していたものなんだ。もう……病気で亡くなってしまったがね」
彼の口から語られた事実に、私は言葉を失った。彼の家庭が円満で……私はそれを壊す邪魔者だと思い悩み、そして嫉妬して逃げ出し、彼を傷つけてしまった。自分の浅はかさが恥ずかしくて、顔を上げることができなかった。
「実を言うと……君が、あの新入りと親しくしているのが、気に入らなかった。……みっともない嫉妬だろう?」
自嘲するように笑う彼の横顔は、ひどく寂しそうに見えた。その表情を見て、私は悟ってしまった。
(そうか……この人も、私と同じなんだ)
彼もまた、満たされない何かを抱え、私との関係でそれを埋めようとしている。私達は、傷を舐め合う共犯者なのだ。
そう理解した瞬間、彼への愛しさが、どうしようもなく込み上げてきた。
その夜、私達は以前よりも深く、激しく求め合った。まるで、互いの存在を確かめ合うかのように。
こうして、私の泥沼の二重生活は、より一層その深みを増していった。
昼は、ルカ君の太陽のような笑顔に応えながら、その裏で巧妙に嘘をつき続ける。夜は、アレクシス課長の腕の中で、背徳的な快楽に溺れる。
職場では、私の周りの空気が微妙に変化していることに気づいていた。アンナは、何か言いたげな顔で私を遠巻きに見て、他の同僚たちも、私とルカ君、そしてアレクシス課長の関係を、興味本位の噂話として楽しんでいるようだった。
「ミリアのやつ、課長とルカ君、両天秤にかけてるらしいぜ」
「見かけによらず、したたかな女だよな」
そんな囁き声が、どこからともなく聞こえてくる。そのたびに、私は心を無にして、聞こえないふりをし続けた。
それでも私の精神は、限界に近づいていた。
夜中に悪夢を見て飛び起きることが増え、食事も喉を通らなくなっていく。鏡に映る自分の顔は、青白く、目の下には濃い隈が刻まれていた。
(もう……この関係をやめよう)
何度もそう思った。けれど、どちらの関係も、私には断ち切ることができなかった。アレクシス課長を失うことは、私の拗らせた自尊心が許さない。ルカ君を失うことは、私がずっと求めていた温かい光を失うようで、怖かった。
そんなある日、事件は起きた。
私がアレクシス課長と二人でいるところを、ルカ君が目撃してしまったのだ。
それは、仕事帰りのことだった。アレクシス課長が「少しだけ、話がしたい」と、私を人気のない書庫へと連れ出した。彼が私の肩に手を置き、顔を近づけた、その瞬間。
「……何してるんですか」
背後から聞こえたのは、凍えるように冷たいルカ君の声だった。
振り返ると、彼は見たこともないような、絶望と怒りに満ちた表情で、私たちを睨みつけていた。その手は、固く、固く握りしめられていた。
血の気が、さっと引いていく。
最悪の形で、全てが露見してしまった。
アレクシス課長は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻し、私からそっと体を離した。
「別に? 仕事の話をしていただけだ」
彼のその一言が、ルカ君の心の最後の糸を、ぷつりと断ち切った。
「嘘をつくな!!」
ルカ君の叫び声が、静かな書庫に響き渡った。
私の歪んだ恋愛ゲームは、ついに破綻を迎えようとしていた。3人の視線が絡み合い、逃げ場のない泥沼のトライアングルが、その醜い全貌を現したのだ。
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