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第一話 美男子先輩との遭遇
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桜舞う季節。入学式、いくつかのオリエンテーションを終え、高校生として頼りない足で、一歩ずつ歩みを始めた頃。憧れの校舎と制服。期待と希望。未来を一ミリたりとも疑う余地も、余裕もない。無敵感と高揚感に包まれるあの頃。
この時期のホットな話題といえば、部活動の話である。入部する新一年生の数がそのまま、部の規模と、今学期の立ち位置を左右するといっても過言ではない。大きな部活動は学校から多くの支援が受けられるが、人数が少ない部は解体されるか、同好会への格下げが待っている。そんな熾烈な勧誘は一年生のフロアから、昇降口を通って門まで続く。
「ねぇシノくーん。部活はもう決めたの? 私。シノくんと同じ部活に入って、マネージャーでもやろうかな」
「えーなにそれ、抜け駆けする気? そうはさせないから! シノ君、後で私にだけ何部に入るか教えてね」
「ていうかー。これから体験入部でしょ。私も一緒についていこうかなー」
「「「えー、私も行くー!」」」
まだワックスの、オイルの匂いがほんのりと香る綺麗な教室。複数の女子生徒に囲まれているのは、長身でしっかりとした体格、爽やかで甘い顔。明るい茶髪は毛先を遊ばせたかのような無造作ヘア。ほんわかとした雰囲気を纏って、愛想のよい笑顔を振りまく。さながら、人懐っこく愛らしい大型犬のような男であった。
「うーん。俺はオススメしないかなー。運動部ってキツイしさー……あ。もう行かなきゃ。みんなまた明日ね」
男は彼女たちの返事を聞かずに、スクールバックを軽々と肩に背負い、立ち上がる。そして、黄色の声援に爽やかな笑みで応え、そそくさと教室から出ていく。何をしても様になるのは彼の存在感からか。
しかし、彼はその存在感を消し去るように、大きな体を最大限小さくしながら、廊下を小走りする。
もうすぐ、一年生の教室には部活動の勧誘に燃える上級生たちが押し寄せる。この騒ぎに巻き込まれないことこそが、この男の最優先事項であった。階段を颯爽とぐるり降りる。たどり着いたのは下駄箱。
そこには立ちふさがる、一つの人影があった。
小柄で華奢な体を下駄箱に預け、スラックスのポケットに手を突っ込みながら、ヘッドホンで耳を塞いでいる。吸い込まれそうなほどの黒色。おかっぱヘアの切り揃えられた前髪から覗かせるのは、おっとりとした目。昇降口から差し込む光は、その人物のためのスポットライトであるかのようだ。
光の暖かさは、どこか儚げで、この人物のたおやかさを演出している。触れたら壊れてしまうようで、どこか庇護欲を掻き立てられるような外見だ。
女? いや、ズボンを履いてるから男なのか? あれー、うちの高校、制服選択式だったけ。
「ねぇ、君。そこ俺の下駄箱なんだよね。ちょーっと、よけてくれないかな?」
返事はない。音楽にお熱のようだ。男は仕方がないので、肩をポンポンと叩く。大きな掌が小さな肩に触れる。すると、彼または彼女は体の縦ノリを止め、伏していた瞳を男へゆっくりと向ける。大きな目は男のつま先から頭までをすーっと確認した後、しっかりと正面に捉える。そして、片耳だけヘッドホンを外す。
「あ」
ぷるりとした唇から、涼し気な音色が一音だけ飛び出る。
「来た来た。君が噂のポン……イケメンくんだね。昨日はク……本当に面白いものを見せてもらったよ」
ふわりとしたソプラノボイス。続けざまに飛び出した音はどこかノイズ混じりであった。歯切れが悪い。言葉の裏に、別の真意を隠したような言い回しと声質であったが、そんなことがどうでもよくなるくらいに男は動揺していた。目をパチパチとさせて、必死に思考を回しているようだ。
彼または彼女のヘッドホンから、微かに漏れ出る音楽。モコモコとした、淡く輪郭をぼやけさせるような音。そんな不鮮明で曖昧な音にも関わらず、この音の正体がはっきりと分かったようだ。男は耳を、自分を疑った。
「……! お、お前。どうしてその曲を!」
酷く動揺した男に、彼または彼女は、ミステリアスな微笑を投げつける。
──そんなはずはなかった。
他人の持ち物から聞こえていいはずがない音楽。いや、音だ。俺が奥に奥に仕舞い込んだ、あのヘッドホン、あのスピーカーからしか聞こえるはずがない音。それは、明らかに世間で流れている音楽とは違う異音だ。
「ん? え! もしかして、この曲君も知ってる感じだ!」
知ってるもなにも。
「アイリス。まさか君も、この三十人の内の一人だったりしてね!」
彼または彼女はスマートフォンを操作して、画面を男へ見せる。そこにはとある動画投稿サイトの、とあるチャンネルTOPページが映し出されていた。
それは俺が作った曲だ。アイリスは活動名。あと、それを言うなら三十四人である。これはアイリスのチャンネル登録者の数。笑うなよ。これでも俺は真面目に音楽を作り続けて投稿していたんだ。
「それで、キラキラ大注目の長身イケメンくん。おやおや、随分と、お早いお帰りですねぇ。部活勧誘も相当な数がくるんでしょう」
ベトベトに飾られて、嫌味を纏った言葉だ。だが、それについて指摘する余裕などなかった。俺のことなんか今はどうでもいい。それよりも、この信じがたい状況の答え合わせがしたい。バクバクと鼓動する左側を感じながら、
「そ、そんなことよりさ、アイリス。何でそんな全然有名でもない、むしろ底辺。誰も知らないし、聞かないような人の曲なんか聞いているわけ?」
「あ゛? ────もーう、嫌だなぁ。なんでもなにも! 人が音楽を聞く理由なんて、それが好きだから。しかないじゃないですか」
彼または彼女から一音だけ。柔らかな雰囲気からは信じられないくらい、ドスの利いた一音が発されたが、男は答えそのものが放つ衝撃の方に意識を奪われ、気が付かなかった。
それが好きだから?
理解が追い付かない。何度こいつの言葉を咀嚼しても、食べきれない。そんな幸せな料理の前に立ち尽くすような感覚。俺は今、面と向かって自分のファン(仮)から、好きだと伝えられているのか。そんな馬鹿な話はないだろ。
偶然入学した高校に、偶然俺の曲を聞いている奴がいて、偶然そいつが俺の前に現れる。ないない。信じられるわけがない。きっと、これは何かのドッキリに違いない。
「おーい。聞こえてますかー。ボクはさ、君のことをずーっとここで待っていたわけ。部活というか、同好会か。立ち上げようと思っててさ。是非入って欲しいんだ。君、面白そうだし」
結局こいつの正体も部活動の勧誘か。それにしてもアイリスの件、一体どこから漏れたんだ。誰から聞いた? いつ聞いた? さっさとネタバラシしろよ。もうウンザリなんだ。
「……あー。お誘い嬉しいですが、考えさせてください。それと、俺。このあと予定あるので、今日は帰らせてください」
男はそう言うと、彼または彼女の隙間を縫うようにして、靴を取る。
「チッ。────まーだ、何をする同好会かも言ってないでしょー。まぁそれは一旦置いといて。君、まさかあの門を通って帰るんだー。なんてバカなこと言わないよね?」
男は指を差された方へ目を向ける。昇降口を出た先。門へと続く舗道にはびっしりと、人間の花道が形成されている。張り付けられたかのような笑顔。各々がプラカードや道具を持って、自分の所属している部を主張している。ここから出てくる一年生を捕まえようと。今まさに、下校する生徒が網に引っかかったようだ。嬉々として真新しい制服に滲み寄るのは、どんな部活なのか一目で分かる見た目、勧誘の猛者たちだ。裏門が閉鎖されているのは学校側の配慮か。
「果たして君に、あの勧誘を避けることは出来るのかな? それとも、このボクが、直々に抜け道を教えてあげようかなぁ」
「え? 抜け道」
彼または彼女はひょっと、下駄箱に預けていた上体を起こすと、彼の前で首を傾げた。柔らかくふわりと揺れる髪と、恐ろしく端正な顔で彼を見つめる。長い睫毛に大きくふっくらとした瞳。すんとした形の良い鼻。そして、淡くぷるりと色彩を放つ唇。それは今から派手ないたずらでもしそうなぐらい、ニヒルに口角を開ける。
「Rin Nakado. ──中堂 凛だ。」
「So……コホン。志之 聡平」
俺は凛から差し出された手に自分の手を重ねる。壊さないように優しく軽く握手を交わす。凛のしなやかに伸びた指先に隠された、確かな頼もしさ。骨ばった硬さが伝わる。
それから、彼の顔を見る。気品とユーモアを感じる振る舞いと雰囲気。隠しきれない自信や野心が漏れ出したかのような満足げな表情。その上目遣いを自然と脳裏に焼き付けてしまった。
この時期のホットな話題といえば、部活動の話である。入部する新一年生の数がそのまま、部の規模と、今学期の立ち位置を左右するといっても過言ではない。大きな部活動は学校から多くの支援が受けられるが、人数が少ない部は解体されるか、同好会への格下げが待っている。そんな熾烈な勧誘は一年生のフロアから、昇降口を通って門まで続く。
「ねぇシノくーん。部活はもう決めたの? 私。シノくんと同じ部活に入って、マネージャーでもやろうかな」
「えーなにそれ、抜け駆けする気? そうはさせないから! シノ君、後で私にだけ何部に入るか教えてね」
「ていうかー。これから体験入部でしょ。私も一緒についていこうかなー」
「「「えー、私も行くー!」」」
まだワックスの、オイルの匂いがほんのりと香る綺麗な教室。複数の女子生徒に囲まれているのは、長身でしっかりとした体格、爽やかで甘い顔。明るい茶髪は毛先を遊ばせたかのような無造作ヘア。ほんわかとした雰囲気を纏って、愛想のよい笑顔を振りまく。さながら、人懐っこく愛らしい大型犬のような男であった。
「うーん。俺はオススメしないかなー。運動部ってキツイしさー……あ。もう行かなきゃ。みんなまた明日ね」
男は彼女たちの返事を聞かずに、スクールバックを軽々と肩に背負い、立ち上がる。そして、黄色の声援に爽やかな笑みで応え、そそくさと教室から出ていく。何をしても様になるのは彼の存在感からか。
しかし、彼はその存在感を消し去るように、大きな体を最大限小さくしながら、廊下を小走りする。
もうすぐ、一年生の教室には部活動の勧誘に燃える上級生たちが押し寄せる。この騒ぎに巻き込まれないことこそが、この男の最優先事項であった。階段を颯爽とぐるり降りる。たどり着いたのは下駄箱。
そこには立ちふさがる、一つの人影があった。
小柄で華奢な体を下駄箱に預け、スラックスのポケットに手を突っ込みながら、ヘッドホンで耳を塞いでいる。吸い込まれそうなほどの黒色。おかっぱヘアの切り揃えられた前髪から覗かせるのは、おっとりとした目。昇降口から差し込む光は、その人物のためのスポットライトであるかのようだ。
光の暖かさは、どこか儚げで、この人物のたおやかさを演出している。触れたら壊れてしまうようで、どこか庇護欲を掻き立てられるような外見だ。
女? いや、ズボンを履いてるから男なのか? あれー、うちの高校、制服選択式だったけ。
「ねぇ、君。そこ俺の下駄箱なんだよね。ちょーっと、よけてくれないかな?」
返事はない。音楽にお熱のようだ。男は仕方がないので、肩をポンポンと叩く。大きな掌が小さな肩に触れる。すると、彼または彼女は体の縦ノリを止め、伏していた瞳を男へゆっくりと向ける。大きな目は男のつま先から頭までをすーっと確認した後、しっかりと正面に捉える。そして、片耳だけヘッドホンを外す。
「あ」
ぷるりとした唇から、涼し気な音色が一音だけ飛び出る。
「来た来た。君が噂のポン……イケメンくんだね。昨日はク……本当に面白いものを見せてもらったよ」
ふわりとしたソプラノボイス。続けざまに飛び出した音はどこかノイズ混じりであった。歯切れが悪い。言葉の裏に、別の真意を隠したような言い回しと声質であったが、そんなことがどうでもよくなるくらいに男は動揺していた。目をパチパチとさせて、必死に思考を回しているようだ。
彼または彼女のヘッドホンから、微かに漏れ出る音楽。モコモコとした、淡く輪郭をぼやけさせるような音。そんな不鮮明で曖昧な音にも関わらず、この音の正体がはっきりと分かったようだ。男は耳を、自分を疑った。
「……! お、お前。どうしてその曲を!」
酷く動揺した男に、彼または彼女は、ミステリアスな微笑を投げつける。
──そんなはずはなかった。
他人の持ち物から聞こえていいはずがない音楽。いや、音だ。俺が奥に奥に仕舞い込んだ、あのヘッドホン、あのスピーカーからしか聞こえるはずがない音。それは、明らかに世間で流れている音楽とは違う異音だ。
「ん? え! もしかして、この曲君も知ってる感じだ!」
知ってるもなにも。
「アイリス。まさか君も、この三十人の内の一人だったりしてね!」
彼または彼女はスマートフォンを操作して、画面を男へ見せる。そこにはとある動画投稿サイトの、とあるチャンネルTOPページが映し出されていた。
それは俺が作った曲だ。アイリスは活動名。あと、それを言うなら三十四人である。これはアイリスのチャンネル登録者の数。笑うなよ。これでも俺は真面目に音楽を作り続けて投稿していたんだ。
「それで、キラキラ大注目の長身イケメンくん。おやおや、随分と、お早いお帰りですねぇ。部活勧誘も相当な数がくるんでしょう」
ベトベトに飾られて、嫌味を纏った言葉だ。だが、それについて指摘する余裕などなかった。俺のことなんか今はどうでもいい。それよりも、この信じがたい状況の答え合わせがしたい。バクバクと鼓動する左側を感じながら、
「そ、そんなことよりさ、アイリス。何でそんな全然有名でもない、むしろ底辺。誰も知らないし、聞かないような人の曲なんか聞いているわけ?」
「あ゛? ────もーう、嫌だなぁ。なんでもなにも! 人が音楽を聞く理由なんて、それが好きだから。しかないじゃないですか」
彼または彼女から一音だけ。柔らかな雰囲気からは信じられないくらい、ドスの利いた一音が発されたが、男は答えそのものが放つ衝撃の方に意識を奪われ、気が付かなかった。
それが好きだから?
理解が追い付かない。何度こいつの言葉を咀嚼しても、食べきれない。そんな幸せな料理の前に立ち尽くすような感覚。俺は今、面と向かって自分のファン(仮)から、好きだと伝えられているのか。そんな馬鹿な話はないだろ。
偶然入学した高校に、偶然俺の曲を聞いている奴がいて、偶然そいつが俺の前に現れる。ないない。信じられるわけがない。きっと、これは何かのドッキリに違いない。
「おーい。聞こえてますかー。ボクはさ、君のことをずーっとここで待っていたわけ。部活というか、同好会か。立ち上げようと思っててさ。是非入って欲しいんだ。君、面白そうだし」
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「……あー。お誘い嬉しいですが、考えさせてください。それと、俺。このあと予定あるので、今日は帰らせてください」
男はそう言うと、彼または彼女の隙間を縫うようにして、靴を取る。
「チッ。────まーだ、何をする同好会かも言ってないでしょー。まぁそれは一旦置いといて。君、まさかあの門を通って帰るんだー。なんてバカなこと言わないよね?」
男は指を差された方へ目を向ける。昇降口を出た先。門へと続く舗道にはびっしりと、人間の花道が形成されている。張り付けられたかのような笑顔。各々がプラカードや道具を持って、自分の所属している部を主張している。ここから出てくる一年生を捕まえようと。今まさに、下校する生徒が網に引っかかったようだ。嬉々として真新しい制服に滲み寄るのは、どんな部活なのか一目で分かる見た目、勧誘の猛者たちだ。裏門が閉鎖されているのは学校側の配慮か。
「果たして君に、あの勧誘を避けることは出来るのかな? それとも、このボクが、直々に抜け道を教えてあげようかなぁ」
「え? 抜け道」
彼または彼女はひょっと、下駄箱に預けていた上体を起こすと、彼の前で首を傾げた。柔らかくふわりと揺れる髪と、恐ろしく端正な顔で彼を見つめる。長い睫毛に大きくふっくらとした瞳。すんとした形の良い鼻。そして、淡くぷるりと色彩を放つ唇。それは今から派手ないたずらでもしそうなぐらい、ニヒルに口角を開ける。
「Rin Nakado. ──中堂 凛だ。」
「So……コホン。志之 聡平」
俺は凛から差し出された手に自分の手を重ねる。壊さないように優しく軽く握手を交わす。凛のしなやかに伸びた指先に隠された、確かな頼もしさ。骨ばった硬さが伝わる。
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