婚約破棄に応じる代わりにワンナイトした結果、婚約者の様子がおかしくなった

アマイ

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長年の違和感

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 それはフレデリックと婚姻契約書を交わしてから三日後のことだった。
 あの日以来フレデリックと顔を合わせることもなかったので、順調に気力も体力も回復し、この日のセシルはすこぶる気分が良かった。
 無性に外へ出たくなったセシルは、ラースを誘って中庭のガゼボで差し向かい、ティータイムを楽しむことにした。

「そういえば結婚式は三月後だって? ずいぶん急なんだな」
「うん、特にゾフィー様が張り切ってくださってて……」
「そっか……いよいよセシルも覚悟を決めたのか」
「少し回り道したけど元々行くべき道だったのよ、覚悟だけならとうにできていたわ」
「ふむ、俺は賛成だ。兄貴分として応援してやるぞ」
「ふふ、ありがと」

 励ますようにガッツポーズを取るラースの姿に、ふっと笑みが零れる。

「あ、応援といえばさ」
「ん?」
「いや、この間ネルツ公子を馬車まで送っただろ?」
「ああ……その節は本当にありがとう」
「いいってことよ。それより今思い出したんだけどさ、あの時ネルツ公子が言ってたんだよ。チェスター公子は一定の酒量を超えると本音が聞けることもあるって。だからあの日はかなり飲ませたらしい。結局酔い潰してしまって聞きたいことは聞けなかったみたいだけどな」
「本音……?」

 あのやたらと可愛くなってしまうフレデリックは本心を告げていたというのだろうか。
 だとしたら……心の奥ではセシルに甘えたい願望を秘めている?

(いや、あのフレデリックがまさかそんな、ね?)

「ネルツ公子はチェスター公子が本当に好きなんだな。捻くれてて素直じゃないけど根は悪いやつじゃない、結婚したらセシルのこともきっと大事に……っておい、そんなブスくれた顔するなよ」

 段々と表情を険しくするセシルにラースは苦笑する。

「あのね、ネルツ公子様にはそうでも私には違うわ。あの人私のこと本当に嫌いなんだから。でもいいの、結婚は契約なんだし」
「そうそう、政略結婚なんて上手くいくヤツらのほうが希少なくらいだもんな」

 あっけらかんと言ってのけるが、ラースの両親も仲睦まじい間柄とはいえなかった。それでも子沢山だったし、セシルの両親ほど冷え切ってはいないようだったけれど。
 身近に幸せな夫婦を見る機会のなかったセシルにとって、結婚とは世の乙女達のように夢を見る甘いものではない。
 それでも……互いの体にだけでも魅力を感じられていることは幸いなのかもしれないと思う。

 まったく意図はしていなかったが、こうしてフレデリックを翻意させる一助になったくらいなのだから。
 遊び人のフレデリックとしても、決して束縛をしないセシルは都合がいいだろう。
 まあそれでもこの先、フレデリックが本気で妻にしたい女性と出会ったなら、セシルは速やかに身を引くつもりだ。
 それまでにセシルがしたいことは、父を母の墓前に跪かせ謝罪させる――それだけでいい。

 本当は徹底的に破滅させてやりたい気持ちもあるけれど、家臣達を路頭に迷わせたくはないし、軍事面にだけは天才的な男なのだ、悔しいが喪失は国益を著しく損ねることになる。
 だから多くは望まない。
 母への謝罪の言葉だけでも聞けたなら、本当の意味で自分だけの人生を歩いていけそうな気がするから。

「ありがとうラース、あなたが幼馴染で本当によかった」
「なんだよ改まって……っ!」

 突如弾かれたようにラースが立ち上がりセシルの背後に向かって深々と頭を下げたので、何事かと振り返ったセシルも、慌てて立って淑女の礼をする。

「お久しぶりです、チェスター公爵様」
「二人とも楽にして、偶然通りがかっただけなんだけど……邪魔をしてしまったかな」
「とんでもありませんわ、お会いできて嬉しいです」

 磨き上げたよそ行きの微笑を浮かべながら、どうして公爵――ロイド・チェスターがここにいるのだろうかと怪訝に思う。
 宰相を務め政務に忙しいロイドは、基本的に皇宮で寝泊まりをしているので、昔から公爵邸で顔を合わせることは滅多にない。

「セシルは会うたびに美しくなるなぁ」
「まあ……恐縮ですわ」
「ここに来て急ピッチで婚姻の話が進んでるらしいね、妻からその件で呼び戻されたんだよ」
「そうでしたか……お忙しい中申し訳ありません」
「いやいや、ゾフィーもようやく念願叶って感慨ひとしおじゃないかな。君が生まれる前からこの日を楽しみにしていたくらいだからね」

 ロイドの言葉にセシルの頭は疑問符だらけになったが、一切面には出さず微笑をキープする。

(念願叶って? 生まれる前からってどういうこと?)

 この婚約はフレデリックと年頃と家格が釣り合う令嬢を、とのゾフィーの強い意向によりセシルに白羽の矢が立ったことになっている。
 だが今のロイドの話ぶりでは、まるで生まれる前から定められた予定調和のように聞こえる。
 もしかしたらこの婚姻には、セシルの知らない裏でもあるのだろうか。

「おっと、少し話しすぎてしまったようだね。今日は久しぶりに皆で夕食を共にしよう」
「ええ、是非」

 満面の笑みのセシルに柔和な笑みを返し、ロイドは手を振りながら屋敷のほうへ去っていった。
 その姿が見えなくなるまで見送ってから、セシルはふっと糸が切れた人形のように椅子に倒れ込む。

「セシル、大丈夫か?」

 ラースが慌てて駆け寄ってくる。

「……ええ、大丈夫よ」

 力無く笑いながらセシルはふるっと頭を振った。
 常に温和な物腰なのだが、ロイド・チェスターという男は昔から本当に腹の底が読めない。
 考えすぎかもしれないが、いつも何かを試されているなような気持ちにさせられ、対峙するたび精神が消耗するのだ。
 ラースはゾフィーの厳格さを怖がっているが、セシルからしたら得体の知れない闇を感じさせるロイドのほうがずっと恐ろしい。
 これまで特に何をされたわけでもないというのに。

「まさかお前、公爵のことが怖いのか?」

 セシルはラースを見上げ、弱々しく頷く。

「何がって聞かれても答えられないわよ、私にも分からないんだから」
「ふぅん……気になることがあるなら調べてやろうか?」

 セシルはふと考え込む。
 これまで父やゾフィーから聞かされた婚約の経緯と、先ほどのロイドの言葉はどちらが真実なのだろう。
 ロイドは表向き恐妻家でゾフィーの言いなりだが、頭の切れる人だ、本心は計り知れない。
 先ほどの言葉はうっかりなどではない、きっと何か意図がある。
 もしかしたらセシルに知らしめたいことでもあるのだろうか。

(誘導された? なら調べてもいいってことよね?)

「ラース、この婚姻には何か裏がありそうなの。それを無理のない範囲で探ってみてくれる?」
「お、探偵みたいで面白そうだな、いいぞ」

 明らかに面白がっているラースに苦笑しつつ、セシルは宮殿のように聳える屋敷へと目を向けた。
 大したことではないのかもしれない。
 でも……父への惜しみない援助、ゾフィーの行きすぎた寵愛、フレデリックから向けられる嫌悪と憎悪……深く考えることを避け続けてきた違和感にいよいよ向き合う時が来た――セシルはそんな思いに囚われていた。


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