前世魔性の女と呼ばれた私

アマイ

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13男達の攻防戦(シグルド視点)

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「兄上……」

そう言ったきり、ユージンは俯いて黙り込む。俺は書き物をしていた手を止め、ため息をついた。

「ユージン、黙ってちゃ分からないだろ」

頬杖をついて顔を覗き込むと、ユージンはぐっと拳を握り、顔を上げた。俺はおや、と思う。中々良い顔するじゃないか。

「セレイスの……ウラヴィール伯から婚約破棄の打診をされたんだ。それで……セレイスは僕と国を出ようと言ってくれた」

「俺に手を貸して欲しいと?」

ユージンは頷く。

「そうだな……ザハト王国なら伝手はある」

学園時代、ザハトの外務大臣の嫡子が留学生として在学していた。まああれだ、俺の舎弟の一味になっていたがな。

「良いだろう、少し時間をくれ」

「ありがとう兄上!」

「礼にはまだ早い。お前、国を出るからには無能では困る。死ぬ気で使える人間になれ。それが条件だ」

ユージンは唇を引き結ぶと力強く頷いた。甘ったれだと思っていたが、少しは成長したようだ。

俺は早速早馬で手紙を送ると、その足で王宮に向かった。







「というわけで返事が着次第、一週間休みもらうからな」

「……また唐突だね」 

「あまり時間がないからな。ダメだというなら辞表出しとくが?」

「仕方ないね。一週間だけだぞ」

ルクスは組んだ指に顎を乗せると、珍しく渋面した。

「おいルクス」

ルクスは面白くないようで目だけで先を促す。

「お前が本気か遊びかなんてどうでもいい。だがな、お前が何をしようとティアは決して手に入らない」

ルクスは一瞬目を瞠くと、昏い笑みを浮かべた。

「なんだ、気付いてたのか。宣戦布告しようと思ってたのに」

俺はくっと口の端を吊り上げた。

「俺がそれを許すはずがない」

「まあ……悲しいくらい脈がないのは分かってる。全くお前のどこが良いんだか」

「運命だな」

「はっ!朴念仁が運命を語るとはな」

「お前には切実さが足りないんだよ。ティアは俺にとってただ一人の運命だ。彼女を得る為なら俺はそれこそ何でもする。知ってるだろ?」

「そうだったな……」

ルクスは目を伏せた。

「だが……リーティアは不思議な女性だな。近付けばもっとと望むようになる。私は自分の欲を抑えられない。こんな事は初めてなんだ」

「お前の女を見る目だけは褒めてやる。ティアは最高にいい女だろ」

俺のものだがな、と不敵に笑ってやると、ルクスもまた黒い笑みを浮かべた。

「ああ、お前が憎たらしく思える程にな」

俺は鼻先で笑うと、ルクスの心臓に指を突きつけた。

「そろそろいい加減腹を決めろルクス」

ルクスは苦しげに顔を歪めた。

「……分かっている。まさか王族の義務にこんなにも苦しめられる日が来るとは、な」

片手で額を覆い、ルクスはふぅとため息をついた。

「婚姻はしよう。だがそれまでの自由は許せ」

「多少の事には目を瞑ってやる。精々俺を失望させるなよ」

「……ああ」










きっちり4日後に返事が来た。彼――ハインは現在父親の後を継ぐべく、外務補佐官をしているらしい。
ザハトまでは早馬で片道2日、交渉を2日で済ませられれば御の字か。

俺は夜明け前に単身ザハトへ向かった。









「シグルド様!お会いしたかったです!」

喜色満面の笑顔に思わず半眼になる。お前はいつまで舎弟気分なんだ。

「ハイン久しぶりだ。突然すまなかったな」

「いえ!シグルド様の頼みなら何なりと!」

「……安請け合いはどうかと思うが、正直今は助かる」

俺はこめかみを抑えながら出された紅茶を啜る。

「俺の弟と、その婚約者を預かって欲しい」

「勿論構いませんが、賓客としてお迎えすればよろしいですか?」

「いや、お前の下で使って貰う事は可能か?雑用でもなんでもいい。使えなかったら遠慮なく放り出して構わない」

 ハインは暫し思案する。

「弟はザハトの一臣下として扱って欲しい」

「分かりました。シグルド様こちらへはどの位?」

「最長で2日が限度だな」

「ならばその2日を僕に丸っと頂くのを条件に呑みましょう!」

そんな簡単でいいのか?一抹の不安を覚えながらも、俺は話の早いハインに感謝した。

ハインは馬鹿ではない。2日間を最大限有効活用してくれた。
ザハトを知れ、と市中の主要箇所を引き摺り回し、夜会では主要貴族、王族との仲立ちを率先して行ってくれた。

俺は何やらザハト王に気に入られたようだ。社交辞令だろうが王女をどうかと勧められた。当然丁重に断ったが。ティア以外の女は皆同じに見えてどうとも思えないんだ、正直。王女からの熱い視線は見なかった事にした。









「王に気に入られるとは流石です」

「素晴らしい王だな。ザハトは良い国だ」

「あなたのお陰でユージン様はここでの良い素地ができましたね」

「だといいが……何から何まで感謝する、ハイン」

ハインはくすぐったそうに笑った。

「あなたは僕の憧れですから。お役に立てるのが嬉しくて堪りません!」

「そ、そうか」

黒歴史がこんな所で役に立つとはな。人生に無駄なものはないのだとつくづく思い知る。

ハインに何度も感謝を伝え、俺は帰路に着いた。万事予定通り、いや、予定以上の成果だ。王都に着く頃には夜会もある。早くティアに会いたい。俺は晴れ晴れとした気持ちで馬に鞭を入れた。







少し到着が遅れて、俺は結局夜会にティアをエスコートすることが出来なかった。だが先に来ているはずだ。

会場でティアを探していると、部下からセレイスと共に庭園へ向かったと聞かされた。セレイスがティアに何の用だ?俺は逸る気持ちを抑えて庭園へ急いだ。

幸いにもティアはすぐに見つかった。だがセレイスの姿は既に無かった。

「ティア」

ぼんやりと佇むティアの肩を後ろから抱く。ティアは静かに涙を流していた。まさかセレイスに何か?俺はティアの涙を拭いながらどうした、と顔を覗き込む。ティアは遠くを見詰めながら柔らかく微笑んだ。

「何か……美しいものを見た気がしたの。あれは何だったのかしらね」

俺にとって何より美しいものはティアだ。ホロホロと零れる涙ごと俺はそっと抱き締めた。ああ、一週間ぶりのティア。柔らかい感触にクラリとする。きつく抱き締めてしまいそうになる腕を、俺は必死で抑えて優しくその背を撫でた。

「シグルド」

「ん?」

「久しぶりね」

そう言うとティアは俺の背に腕を回した。

「ああ、会いたかったティア」

すりと撫でるように頬に触れると、ティアは濡れた翡翠の瞳を真っ直ぐに俺に向けた。ああ、本当に君はなんて綺麗なんだ――

「……寂しかった」

ほろりと一筋伝った涙に俺の理性は陥落する。気付けば吸い寄せられるようにティアの唇を塞いでいた。甘い。どこもかしこも甘くて柔らかくて愛しい――

柔らかい膨らみに触れて首筋を吸い上げると、ティアの唇から甘い吐息が零れた。

「愛してる」

耳元で囁くと、ティアはビクリと身を震わせた。ティアの何もかもが愛し過ぎて頭がおかしくなりそうだ。

首筋の後ろをきつく吸い上げてぺろりと舐める。今はこれで我慢する。正直欲しくて堪らないけどな。

「ティア、帰ろうか。君の涙の理由が知りたい」

「ふふ……もう忘れたわ」

ティアは俺の手を取ると、ふわりと柔らかく微笑んだ。そして、先ほどぼんやり見詰めていた場所へ目を向けた。

俺にはティアが見ているものが分からなかったが、どこか切なさを孕んだその瞳が、ずっと脳裏に焼き付いて離れなかった。
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